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回顧 ーカイコウー5



 中一の三学期に入った頃には、男子からの告白は日常茶飯事となっていた。特にもう少しで卒業という時期のせいなのか同校に限らず三年生からの告白は多く、私と莉乃はそれらをことごとく断り続けていた。

 告白のそんな時でも近くにいた私と莉乃だけど、流石に学校生活でずっと一緒にいることは出来ない。

 例えば選択授業。中学二年生に上がって、私は美術、莉乃は家庭科を選択した。莉乃が家庭科を選んだ理由は推察するまでもなく、私が美術を選んだ理由は楽そうなイメージだったから。

 夏休みを間近に控えた七月の涼しい日。

 その日の選択美術は私が望んだ楽なもので、時間いっぱい使って校内の好きな場所を書くというものだった。

 楽器の音色があちこちで響いている校内を一般生徒ともだちと二人で「どこにしよっかー」なんて話しながら歩く。

 そんな時だった。楽器の音に混ざって、『莉乃』という言葉がどこからか聞こえた。聞き慣れた声。

 思わず足を止めると、一般生徒ともだちは不思議そうに私を見た。当然、この声は一般人には聞こえないだろう。

「隠れて」と一般生徒ともだちの袖を掴んで壁際にしゃがませる。

「ど、どうしたの、流華」

「しっー。ゴリラの足音がする」

「えぇっ」

 ゴリラというのはゴリマッチョオヤジの体育教師。悪い大人じゃないんだけど馴れ馴れしくて暑苦しい(そして不細工だ)から女子生徒には不評。会ったら絶対に話し掛けてくる。最悪付いてくる。まぁ足音はもちろん嘘だけど。

 静かになった一般生徒ともだちの横にしゃがんで耳をすます。さっき聞こえてきたのはやっぱり摩耶の声だった。他に一、二、三……多いなぁ。四人か五人。複数の声。多分摩耶達がいるのは角の教室。選択授業は音楽のはずだから、楽器ごとに別れて練習しているのだろう。いや、お喋りしてて練習はしてないみたいだけどね。

「そうそう。戸舞もそうだけど紋水寺もかなり調子乗ってるよね」

 うん?

 知らない声だけど、それよりも気になったのは会話の内容だった。

 調子に乗ってる? 莉乃が? どこが。ないない。子供の頃から、調子に乗った莉乃なんて見たことないもん。

 でも教室内の人達にとってはそうじゃないらしい。同意の声が次々と上がっている。その中に摩耶の声はなかったけど、どんな顔してその場にいるのか想像出来なかった。

「家じゃあどんな感じなの、摩耶。紋水寺とか、告白とかされても、何も興味ありませんーって顔してるけど」

 くすっ、と摩耶の小さな笑い声。

「なーんにも変わらないよ。本当に興味ありませんーって感じ」

 それは真実だけど、どこか嘲りが込められていた。

「なにそれ。マジで調子乗ってんじゃん」

 なんで? 興味ないものに興味を示さないと調子に乗ってるの? そりゃあ莉乃は愛想が良いとは言えないけど、でも調子に乗ってなんかない。大体、私達は告白を全部断ってるんだから、それを後から話題にして楽しむ方が性格悪いじゃん。

「なに? じゃあ三学期に井川いがわ先輩に告白されたときも何も反応なし?」

「もちろん。興味ありませんーって感じ」

 誰だよ。知らないよ。

「ムカつく。なにお高くとまってんのって感じなんだけど」

 同意の声が上がる。

 その後も誰それ先輩の時~~誰それの時~~という問いが続き、そして同じ数だけ怒りと嘲りの声が繰り返された。

「る、流華?」

 すぐ横で聞こえた一般生徒ともだちの声に顔を向けると何故か怯えた表情をしている。

「どうしたの? その、すごい怖い顔してる……」

「う、ウソ?」

 慌てて両手に顔を当てて暗闇の中で笑顔を作った。

 両手を離すと一般生徒ともだちは安心したように、だけど、どこか気遣うように笑った。

 多分、すごく下手くそな笑顔だったんだと思う。悲しい時に笑うのは簡単だけど、怒ってる時に笑うのはすごく難しいから。

 莉乃を馬鹿にするのは、傷付けることは許さない。

 殺してやる。

 でも殺せない。一般人を殺すことは腐化に直結するから。カフカになったら莉乃を守れない。

 摩耶も殺せない。徒花どうるいだから。カフカの本能がそれを許さない。

 でも、腐ったら別だ。腐ればいいのに。摩耶は腐ればいいのに。そしたら殺せるのに。腐ればいいのに。

 あ、井川先輩だっけ?

「そういえばさ、○○○は井川先輩って知ってる?」

 校庭でスケッチ中、何気ないフリを装って一般生徒ともだちに尋ねてみた。

「井川先輩って今年卒業した?」

「うん、多分」

「もちろん知ってるよー。サッカー部でカッコよくてファンクラブまであったもん。摩耶ちゃんも会員だったらしいし」

「へぇー……」

「まさか流華知らなかったの?」

「え?」

『調子に乗ってる』という言葉が脳裏をよぎる。

「あ、うん。実はね。あはは、ごめん」

「え? なんで謝るの? 有名な先輩だったから知らないのはビックリだけど、徒花の人は仕事で忙しいんだからしょうがないよ」

「う、うん。ありがとー」

 そうだよ。この反応が普通だ。調子に乗ってるなんて言葉は最初から悪意がないと生まれないでしょ。

 そう。さっきの人達は、摩耶は、莉乃に悪意を向けている。普段は敵として見ているカフカでさえ徒花わたしたちに向けることのない、薄汚い悪意を。

 どっちが敵か、なんて考えない。

 どっちも敵だ。

 カフカは人として。

 摩耶達は私、戸舞流華としての。


 こんなことをーー、良くも悪くも衝撃的な出来事を、なんで忘れてたんだろう。

 当時、敵だと認識した摩耶は約一ヶ月後に殉職した。

 なんで死んじゃったんだっけ?

 あぁ、そうだ。任務中に腐化したんだ。

 あれ、でも記憶に莉乃はいない。

 森の中。山の中? 木に囲まれて日差しも届かない薄暗い場所で。

 私と摩耶がいる。

 摩耶は腐ってる? 記憶は全体的にぼんやりしていて分からない。でも摩耶には左手がなかった。

 右手で患部を押さえたまま摩耶が口を開く。

「な、なにするの、流華ちゃん。どうしたの?」

「摩耶、動かないで」

 私が刀を構えると摩耶はヒッと喉を鳴らした。

「なんで、わ、私……」

「摩耶はもう腐ってるんだよ」

「く、腐ってないよ! 私はまだ……!」

「さっき言ったでしょ? 私ね、井川先輩と付き合ってるの。まだ付き合い始めて一週間だけど、手も繋いだしキスもしたしエッチもしたの」

「そ、それが何!? なんでそんなこと私に言うの?」

 喋っている間に摩耶の左手が再生した。一瞬で間合いを詰めて、代わりに両足を切断した。痛みはないはずなのに摩耶は悲鳴をあげる。

「これを聞いたら摩耶は腐るって決まってるの。だからもう、摩耶は腐ってる。腐りきる前に殺さなきゃいけない。しょうがないでしょ?」

「腐ってないって言ってるでしょ! 腐ってないし、流華ちゃんと井川先輩がキスしようと何しようと私には関係な

「あるよ。だって、井川先輩のファンクラブに入ってたんでしょ?」

 その問いに答えは必要なかった。

 言葉と同時に胸へと刀を突き刺す。

 核が砕ける感触と共に記憶は鮮明になり、口をパクパクさせている間抜けな摩耶ちゃんの顔が浮かんだ。

 私を見て何か言おうとした。

 でも聞きたくないから首を跳ねた。

 胸と首から溢れたヘドロが身体にかかる。

 身体から離れた両足と首はヘドロに戻りかけていたためそのまま蒸発して、胴体の方は溢れたヘドロが硬化していい感じに腐化中っぽくなった。

 莉乃や隊長には介錯を躊躇っているうちに腐化が進んでしまい、こんな状態になったと言った。

 それでおしまい。

 おしまい。


 初体験の記憶はあまりない。

 でも、すごく満たされていたことだけは覚えている。

 それはきっと、相手が好きだったからとか、上手だったからとか、私が痛みを感じないからとかは関係ない。

 先輩のことを好きな人がいるという事実だけが、私に快楽をもたらした。

 だから完全に私のものになると魅力が薄れた。むしろ、誰かが好きだった先輩と付き合った挙げ句簡単に捨てることに魅力を感じた。

 大丈夫。私は普通。調子に乗ってないし、悪意もない。ただ魅力的な方を選択しているだけ。

 そっか。それから付き合った人達。○○先輩、△△、□□君。みんな、摩耶達が話していた人だ。名前は思い出せないけど顔はぼんやりと浮かぶ。

 みんな気持ちよくしてくれた。でも長続きはしなかった。私と付き合っている相手を、それでも好きだって言える女の子がいなかったから。

 そして、私のことを好きだって言ってくれるひとは、彼氏と両親だけになった。

 どうでもよかったけど。

 もともと大衆からの薄っぺらな好意は求めていなかったから。

 徒花という種の繋がり。その中でも深い莉乃との繋がり。親子としての繋がり。恋人としての繋がり。

 愛情。

 でも現在いまは。

 足りない。

 いや違う。足りていると、今まで錯覚していただけだ。

 恋人なんて私にはいなかった。

 恋はしていなかった。

 じゃあ恋ってなんなの? そう考えると、自然と答えが出た。出せるようになっていた。

 徒花どうるいを二人殺した私が。

 今更、恋を知ってしまった。



 

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