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回顧 ーカイコウー4



 私が再形成を始めると同時、再生のためカフカの首の断面付近にヘドロが集まり始めた。ちぇ。やっぱりちょん切らなきゃ駄目かな。でもそしたら間違いなくこっちに注意が向いちゃうんだよねぇ。という考えが果たして頭に浮かんだのかというほどの一瞬でそのヘドロは成り立ちつつあった形を失って液状に戻った。

 視界の隅に莉乃の姿が見えた。これでもかってくらい大きくて厚い剣を持って胸へと一直線に向かっている。そりゃあカフカも注意するってものだ。

 再形成完了。と同時にカフカの左腕も再生が完了したようだった。莉乃迎撃用らしく大きく振りかぶった状態だ。

 硬化された巨大な拳が莉乃へと振り下ろされるタイミングに合わせて足場を蹴って急降下する。

 そして、カフカの身体に刀を突き刺した瞬間、硬い物同士がぶつかり、そしてどちらかが粉砕したような鈍い音が響いた。

 核を破壊した手応えはあった。でもその音は明らかに別種のもの。

 カフカの動きは止まり、曖昧ながらも身体の形を保っていたヘドロが溶けて蒸発していく。

 それを確認してから周囲に目を向けて莉乃を探した。さっきの鈍い音は莉乃とカフカが衝突したものだと思ったから。

 でもいくら辺りを見ても莉乃の姿は見えない。そんなに吹っ飛ばされちゃったのかな。

 まさか、死んじゃったわけじゃないよね。うん、それなら死体は残る筈だし。

「流華」という聞き慣れた平坦な声が響いたのはそんなことを考えていた時だった。

 振り返る。声の大きさからしてそんなに距離は離れていないと思ったけど、莉乃の姿はやっぱり見当たらない。

 うん? と首を傾げていると、歩いて視界に入ってきた麗さんが腰を曲げて地面から何かを拾い上げた。

 ビー玉サイズの白い球体。

 核だ。と思い至ると同時に麗さんが私に向けて核を放った。両手で受け止めてから眺めていると、さっきと同じ「流華」という声が聞こえた。

「わ。やっぱり莉乃なんだ。大丈夫?」

「うん。なんとか」

「再生出来ないの?」

「ここまでやられると出来ない」

「でも喋れるんだ?」

「うん。目も見える。流華、右のほっぺたが汚れてる」

 手で触れるとぺチャリと少量のヘドロが指先に付着した。本当に見えてるんだ。不思議な生き物だなぁ、徒花って。

「私の顔が見えてるってことはここら辺がお尻?」

 りのを置いている手の指を曲げて反対側の曲面を撫でてみる。

「触られてる感覚がないからよく分からないけど多分違う。向きを変えなくても上下左右好きな方向を見れるし、やろうと思えば全方向を同時に見ることも出来るから、どこが目とかお尻っていうのはないんだと思う」

「ふぅーん」

 まぁ三百六十度を見渡すっていうのは普段の徒花わたしたちでもできないことはないけど、身体っていう枷がない分その状態の方がやり易いのかもしれない。

「二人とも大丈夫?」

 足音と共に聞こえてきた声に顔を上げると樹里亜ちゃんが小走りで駆け寄ってきた。その後ろにはフラフラ歩いてくる恵さんと、それを呆れた表情で見ている麗さんの姿。

「うん、大丈夫。莉乃もなんとか大丈夫だって」

「そっか。よかった」と樹里亜ちゃんは笑った。いつもの強気なものとはまた違った雰囲気の笑顔だった。

「初任務で中型、大型を撃破」

 樹里亜ちゃんの後ろまで来た麗さんが静かに言う。

「大金星ね」

「あはは。どーもどーも」

 麗さんは口許に笑みを浮かべてから私の両手を見下ろした。

「見えてるわね? 眠気はない?」

「少しだけ」

「なら寝なさい。その方が回復も早いから」

「はい」

 その返事を最後に莉乃の声は聞こえなくなった。寝息が聞こえるかもと思って耳を近付けてみたけど何も聞こえなかった。

「さて、流華」と少し強い口調で言葉を発したのは樹里亜ちゃん。「確かにお手柄だけど、今回みたいな場合は核の消耗を狙うのがセオリーだよ。周りに一般人はーー生きてる一般人はもういなかったんだから勝負を急ぐ必要もなかった。たまたま上手くいったけど、流華の意図に気付いた莉乃が敵の目を引き付けていなかったら十中八九返り討ちになってたよ」

 その説教臭い言い方に少しだけムッとした。麗さんに誉められていい気分だったのに。

「莉乃なら分かるって思ったもん。ここまで大きなダメージを受けるのはちょっと予想外だったけど……」

 叱るような表情で口を開こうとした樹里亜ちゃんを麗さんが片手を上げて止めた。

「樹里亜、これ以上は口論にしかならないわよ。それに、個人的には早めに決めてくれて助かったわ。初の大型相手だったせいか恵の動きが悪くてね」

「す、すいません」と俯く恵さんの両足はプルプル震えている。

「戦いが終わった途端気が抜けてこんな状態だし」どこか愉しそうに溜め息を吐いてから再度私を見る。「まぁ確かに、樹里亜が言った通りセオリーには反した行動だったわね。まぁそれを反省しろとは言わないわ。次に生かせば文句はないから」

 頷く。麗さんは話が分かるなぁ。麗さんと組みたかったなぁ。

「あなたが反省すべき点があるとすれば、さっき自分で口にしたことね」

 はて、と首を傾げる。なんか言ったっけ?

「ここまでダメージを受けるのは予想外だったんでしょう?」

「あ、うん。莉乃ならもっと上手く避けたり防いだり出来ると思ったから……」

「そうでしょうね」

「莉乃の実力を見誤ったってこと?」

 麗さんは首を横に振る。

「この子にそれが出来ると思ったっていうことはあなたにも出来るということでしょう?」

「うん。私なら楽勝で。だから莉乃にも出来るって思ったんだけど」

「なら出来ると仮定して、なんでそれをしなかったと思う?」

「えぇ?」

 出来たならするでしょ、フツー。そんな仮定成り立たないよ。

 心の中で文句を言いながらも一応思考を巡らせてみる。莉乃の立場に自分を置いて、私の立場に莉乃を置く。

 前方斜め上からの攻撃。後方に避けることも懐に飛び込むことも、微妙に位置をずらすしてから防御することで最低限のダメージでやり過ごすことも可能。

 可能、だけど。

 あぁそっか。

「回避をしたらカフカの視点が動く。防御をしたら追撃をしようとする。そしたら、万が一にも莉乃ーーーーじゃなくて、私の気配に気付いてしまう、あるいは攻撃の妨げになってしまうかもしれない」

 カフカは見た目よりもずっと視界が広いとされている。そのうえ、私達と同じように空気の揺らぎや微かな音から生き物の気配を感じることが出来る。

 私はあのタイミングではセンサーに引っ掛かっていなかった。でも、莉乃が動いたらその範囲内に入った可能性もある。

「それしか考えられないわね。もちろん、あなたがこの子の実力を見誤ったってだけかもしれないけど」

 その言葉には無意識に首を横に振っていた。そんなわけない。莉乃はそんなにノロマじゃない。普段はぼーっとしてるけど。

「まぁそうだと思うのなら反省するのね。あなたが無茶をすれば、その子はきっとそれ以上の無茶をするわよ」

 頷いてから掌の中の莉乃を見た。私の足元ではヘドロが少しずつ集まり、核に帰りたそうに背伸びをしている。

 少し離れた場所に支部のワゴン車が二台停まった。後処理班と私達の迎えだ。

「核は地面に置きなさい。その方が回復が早いわ」

「うん」

 そうして初任務は終わり、それからも(無茶はあまりしないようにしながら)仕事をこなして実績と人気を築いていった。

 入隊から半年が経ったくらいで私に『全能』、莉乃に『万能』という異名が付いて。

 そして同時期に、樹里亜ちゃんが殉職した。

 それは突然で、任務が終わると同時に樹里亜ちゃんが地面に膝をついて腐り始めた。私達はビックリしたけど、本人はあまり驚いてなくて、諦めたみたいに笑った後に自分を殺すよう言い、そして莉乃がそれに応じたらお礼を口にしながら死んでいった。

 たまに説教臭かったりするところもあったけどやっぱり悲しくて、でも涙は出なかった。莉乃も泣いてなかった。

 そうして糸氏班は無くなり、それから間もなく吸花の佐古山さこやまちゃんを三人目に迎えて戸舞班が結成された。

 佐古山ちゃんは気弱で優しくてどじっ子(と言っても二十歳の大人だけど)で、もうどこからどう見ても戦いには向いていない、というよりそもそも残酷な光景が当然のように目に入る戦場に来るべき人じゃなかった。一般人の死体に一々、そして多分カフカと戦うことにも同じくらい胸を痛めていた。

 戦場は地獄だ。誰でも知っていること。でも多分、佐古山ちゃんは誰よりも強くそう感じていたのだと思う。

 佐古山ちゃんは、私と莉乃が中学に上がる少し前に腐ってしまった。新学期から暮らすマンションを探している途中のことだった。

 その代わりはすぐに見つかった。まるで予め見当を付けていたみたいに。

 佐貫さぬき志保しほちゃん。もちろん恨み耐性持ちの吸花だ。

 中学生活は出来る限り問題を起こさないよう一般人の生徒ともそつなく仲良くなりながら何事もなく過ぎていった。もちろん徒花わたしたちのことをどうしようもなく嫌っている人もいて、そんな人達と仲良くはなれなかったけど、少なくとも悪いイメージを増やさないようにした。でも親しみやすさを全面に押し出したせいか男子からの告白が急増した。この頃は同級生より先輩からの告白が多かったように思う。興味がなかったから全部断ってたけど。

 あ、そういえば一般生徒ともだちとの会話で沙良さんの話題になったことがあった。

 当時沙良さんは部隊に所属していないフリーの徒花で、近所の人から嫌がらせを受けながら暮らしていた。興味がなくて見に行ったことはなかったけど、ここら辺に住んでるなら誰もが知っていることだった。あれ、じゃあなんでその子は知らなかったんだろう? 引っ越してきた子だったんだっけ?

 まぁとにかく、その子は世界にカフカが現れたあの日、沙良さんに妹を助けてもらったとのだと嬉しそうに話した。その様子から当時の沙良さんの状況を知らないことは明白で、莉乃も志保もどこか気まずそうに黙っていて、私も面倒なことは言いたくないから何も言わずに聞き役に徹した。結局、後で莉乃が教えたらしいけど。

 志保が死んじゃったのはそれから間もなくのことだった。時期的にそろそろかな、そろそろだろうなぁ、とは考えていたけど、同年代の、それも一学期、二学期と同じマンションに住んでご飯も一緒に食べていた子が死んじゃったのは今まで以上に悲しいことだった。涙は出たっけ。覚えてない。莉乃は泣いていなかった。

 二人きりの戸舞班のまま冬休みに突入して、それからすぐ三人目が加入した。

 あれ。

 えっと。

 あ、三ノさんのみや摩耶まやちゃん。

 そうだった。ずっと思い出せなかったのこの子だ。順を追って記憶を辿ったから思い出せたのかな。ていうかなんで忘れてたんだろう。

 えっと、えっと、どんな子だったっけ。

 ぼんやりと浮かんでいた顔が徐々に鮮明になる。

 人見知りが激しくて。

 内気で。

 大人しくて。

 優しいから一般生徒の友達も多くて。

 ていう仮面を被った、

 性悪で、

 陰湿で、

 最低の、

 クソ女だった。


 あれ。



 

 

 

 




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