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出会い ーデカデブー



 立派な家が建ち並ぶ閑静な住宅街。通りすがりに広い庭を覗くと、つば広帽をかぶったお上品そうな奥様が花の手入れをしている。私の視線に気付いたのか、不意に顔を上げてこっちを見た。

「あら、流華ちゃん!」明るい声をあげて立ち上がり近付いてくる。「あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます」

 身体の前で手を重ねて深くお辞儀をする。

「今年に入ってから会うのは初めてよね。年末年始流華ちゃんが帰ってこられないってお母さん寂しがってたわ。今日はお仕事休みなの?」

「はい」

「そう。お父さんとお母さんも喜ぶわ。あ、少し前まで色々噂が立って大変だったでしょう? でもね、おばさんやここら辺の人はみんな流華ちゃんの味方だからね」

 驚いたけど、嬉しさが沸き上がってきて思わず顔が綻んだ。

「ありがとうございます」

 そんな演技をして深く頭を下げる。

 顔を上げると奥様はニコニコと満足そうに笑っていた。

 それから近所の人達に声を掛けられながらも実家に到着。

 住宅街のほぼ中心にある、白を基調にした一軒家。煉瓦色のシャッターが下ろされているガレージ。その横にある木造の小さな門扉を抜けて短い階段を上り、玄関に立つと違和感に気付いた。

 ドア越し。近くに誰かの気配。磨りガラスに姿が映ってないから物陰に隠れてるっぽい。ひそひそと話す声。一人じゃないな。お父さんとお母さん? ならドアを開けてくれても良いのに。

 あぁ、もしかして。

 鍵を開けてからドアノブを下ろしゆっくりと引く。

 一見誰もいない玄関。

「ただいまー」

「流華ちゃんおかえりなさい!」

 横っ飛びで出てきたのは今年四十になるお母さん。

「わっ! ビックリしたー」

「ふふ。ドッキリ大成功」

「もー。お母さん、いい歳してなにやってるの」

「うあ、ヒドい! 流華ちゃんまでお父さんと同じ事言うなんて……!」

 おいおいと泣き真似をし始めたお母さんの横でお父さんがひょこっと顔を出した。

「おかえり、流華」

「ただいまー。お父さん、今日仕事は?」

「もちろん休みをもらった。せっかく流華が帰ってくる日だ。さ、荷物を置いてきなさい。店を予約してあるんだ。着替えたら早速向かおう」

「はーい。お母さん、もう泣き真似はいいから」

「冷たい……」

綾乃あやのは流華の服の用意を。着せたいものがあると言っていただろう?」

「あ、そうだった! 流華ちゃん、楽しみにしててね! この前お買い物に行ったら流華ちゃんに似合いそうなワンピースを見つけたのよ!」

 嬉々と言うお母さんに笑みを返してから階段を上がる。廊下を進み、自室の扉を半分くらい開けて、そこから右腕だけ中に入れてポイっと鞄をベッドの上に放り投げた。

 階段を降りてリビングに行くとお母さんがヒラヒラの黒いワンピースを両手で広げて待ち構えていた。

 黒かぁ。なんかお葬式っぽい。スカートと袖の部分に付いてる白い花柄模様はちょっと可愛いけど。

「どう? どう? 可愛いでしょ?」

「うん! すごくカワイイ! でもちょっと丈が短くない?」

「またお父さんと同じ事言ってー」後ろでソファに座っているお父さんが苦笑を浮かべる。「大丈夫よ。流華ちゃん可愛いんだから」

『スカートが短いんじゃないか』っていう問いに『可愛いから大丈夫』っていうのは答えとしてちょっと分からないけどまぁいいや。正直、制服のスカートの方が短いし。

「それに諸山もろやまさんの息子さんもいらっしゃるそうだから、可愛い格好していかないと」

 やっぱり『スカートが短いんじゃないか』という問いの答えにはなってない。脚見せて誘惑しろってこと? っていうか、

「諸山さん?」

「あぁ」と答えたのはお父さんだった。「最近仕事でよくお会いしてる人だ。流華の話をしたら会ってみたいというものだから、食事のついでにね」

「そうなんだ」

 どっちがついでなんだか。

「嫌だったか?」

「ううん。ちょっと緊張するだけ」

 眉を下げて笑って見せる。お父さんも柔らかく笑った。

「緊張する必要はないさ。前と同じように、訊かれたことに丁寧に答えればいいんだ」

「うん」

「それと、夜は取引先のパーティーに招かれているんだ。そこで着るものも買いにいこう」

「これじゃ駄目なの?」

 お母さんが持ってるワンピースを指差す。

「昼と夜で同じ格好をしてるなんてどこかで知られたら恥ずかしいだろう」

 日を跨いで同じ格好をしてることもある沙良さらさんを思い浮かべながら「そだね」と頷いた。



 タクシーで二十分ほど走って着いたのは以前にも来たことのある和食店だった。値段の割に美味しくなかった印象だけどお父さんは気に入ってるのかな。それともなんでもかんでも『すごく美味しかった』って言ってる私自身のせいかな。近場に完全個室の店って意外と少ないからそこが気に入ってるのかも。

 店に入ると和装のおばちゃんに『いつもご贔屓にしていただき』的な挨拶を受けてから座敷に通される。諸山一家はまだ来てないらしい。私お腹空いてるんだけどなぁ。

「流華ちゃん、お腹空いた?」

「ううん。どうして?」

「お母さんが空いてるから流華ちゃんもかなーって」

 どんな理屈だろう。しかも当たってるのが悔しい。

「最近お仕事の方はどう?」

「変わらず順調だよ。美織とも仲良くやってるし」

「それはいいことだな。また妙な噂でも立って大事になると大変だ。今回の子は長続きしそうなのか?」

「うん」

 もしかしたら、莉乃よりも長く。

 そんなの許さないけど。

「莉乃ちゃんは?」

「え?」

 お母さんの急な問いに思わず聞き返した。

「莉乃ちゃんは元気にしてる?」

「うん。元気だよ。いつもと変わんない。ボーッとしてる」

 そう言うとお父さんとお母さんは可笑しそうに笑った。

 そんな面白いことを言った覚えはないけど。

 ううん。面白くて笑ってるわけじゃないことくらい分かってる。

 二人は莉乃が好きだ。私と同じように。

 それはすごく嬉しいことなんだけど。

 その笑顔を見るともやもやする。

 嫉妬してるのかなぁ、私。

 だとしたら、莉乃とお父さんお母さん、どっちに嫉妬してるんだろう。


 諸山一家はそれから十分後くらいにやってきた。

 最初に入ってきたのはバランスボールみたいな体型の中年チビ親父。垂れ下がった顎がたぽんたぽん揺れている。触ってみたいようなみたくないような。顔は文句なしの不細工。ゴリラとカバをミックスしたような顔立ちで、しかも頭はつるっつる。

 次に入ってきたのは美人なおばさん。お母さんと同年代くらいかな。麗さんみたいな美魔女的雰囲気じゃなくて、年相応に綺麗な人って感じ。痩せてるし、身長もチビ親父より高い。

 諸山息子には全然興味なかったんだけど、この時点で少し会うのがーーというか見るのが楽しみになった。この二人のハイブリッドとかどうなるんだろう。息子は母親に、娘は父親に似るとかいうけど。

 そして最後に息子が入ってきた。

 うん、身長は高い。百八十以上はありそう。

 でもそれ以外が残念すぎる。っていうかそこ以外はまんま中年親父じゃん。いや、頭に生えてるのは流石に地毛だろうけどさ。むしろ身長高いせいでちょっと怖いよ。中年チビ親父の方がまだ愛嬌がある。

「いやぁー、お待たせしまして申し訳ありません」チビ親父は一月なのに汗が滲んだ額をハンカチで拭きながら座敷に腰を下ろした。「これ、家内の尚美なおみです。その隣のデカイのが息子の義明よしあき。高校二年ですわ」

 優雅に頭を下げるおばさんに、それを見て慌てて真似するデカデブ。っていうか私と一つしか歳違わないの? 見た目三十代のおっさんじゃん。小さな子供がいても違和感ないよ。

 お父さんは会釈を返してから口を開いた。

「戸舞健作けんさくです。こちらが妻の綾乃。隣が娘のーーーー」

「流華さんでしょう。あんたの娘さんを知らん人間はこの国にはおりませんよ」

 お辞儀をするタイミングを見失った。まぁいいや、とチビ親父の言葉に合わせて頭を下げる。

 顔を上げると息子ーーやば。名前なんだっけーーと目が合った。すぐに逸らされたけど。

 互いに紹介を終えたところで店員さんが料理を運んできた。一人用の小鍋の他にはお刺身やら天ぷらやら。鍋はなんだろう、と思っていると、向かいの席でデカデブが蓋を少しだけ開けて中を覗いた。うわ、蟹だ。私蟹嫌い。ついでに言えば刺身もあんまし好きじゃない。でもお寿司は好き。

「では冷めてしまう前にいただきましょうか」というお父さんの言葉でそれぞれが箸を取った。刺身を口に運んで内心顔をしかめていると、不意にチビ親父と目が合った。

「いやはや申し訳ない。テレビなどで何度も見てはいたんだがねぇ、実物はそれ以上に可愛らしいからつい見とれてしまったよ」

 照れたように言うチビ親父に、お父さんとお母さん、おばさんが可笑しそうに微笑した。私も照れたフリをしながら軽く首を横に振った。可愛いと言われたら一度は否定すること。これ鉄則。それから照れながらも嬉しそうな感じで微笑むとなお良し。

「あら。笑うと一層可愛らしいわ」

 おばさんがニコニコ笑いながら言う。

「本当だな。お前の若い頃そっくりだ」

「いやだ、あなたったら」

「噂通りの鴛鴦夫婦ですね。私達もあやかりたいものです」

 あはははは、と予定調和みたいな笑いが室内に響いた。気持ち悪いなぁ。一緒に笑ってる私が言うのもなんだけど。

 笑ってないのはデカデブだけ。無表情のまま周囲にチラチラ視線を向けながら料理に箸を伸ばしている。そんな挙動不審な息子に母親が顔を向けた。

「ねぇ義明、流華さん、とても可愛らしいわよね」

「ん、うん」

 コクリと頷きながらの肯定。人見知りが激しい小さな子供みたいな反応。大丈夫なのかな、この人。学校でいじめられたりしてない?

「流華ちゃん、仕事の方はどうなんだい? 学校通いながらは大変だろう?」

 チビ親父の質問に柔らかい表情で「はい」と答えた。「でも、新年を迎えてカフカ出現数も減ってきたので、なんとかなるようにはなってきました」

 辿々しく答える。もちろん演技。私みたいな子供は小慣れている感じを出したら生意気っぽくて駄目だから。

「そうか。そりゃあ何よりだ。あぁ、でも去年は本当に大変だったろう。プロウダのことなんかも重なって、殆ど毎日テレビに出て謝りっぱなしで」

 困った感じの笑みを浮かべる。

 殆ど毎日は言い過ぎだと思うけど。デートする余裕くらいはあったし。

「おじさんアレはちょっと見てられなかったよ。黙ってるように言ったのは上の人間なんだろう? そう命じられちゃあ現場は何も言えないもんなぁ。おじさんもね、今こそこうして社長なんかやってるけど、元は現場の人間だからよぉーく分かるんだよ。うん。実際に会ってみて確信した。流華ちゃん達現場の徒花はなぁにも悪くない。悪いのは全部上だ。大体そうなんだよ、大きな不祥事っていうのは。どこも尻尾を切るために末端が悪いようにするけどさ」

「耳が痛いですね」お父さんが笑いながら言う。

「何を言ってんだ、戸舞さん。あんたはしっかりやってるよ。だから俺もあんたとこうして太く繋がっていきたいと思ってるんだ」

「あなたったら、もう酔ってるの?」

「まだ一杯しか飲んじゃいねえ。酔っちゃいねえよ。でも陶酔しちまうくらい出来る男なんだぜ、この戸舞健作はよぉ」

 バンバンとお父さんの肩を叩くチビ親父の顔はタコみたいに真っ赤になっている。

 なんだ、意外といい人だ。不細工って大人子供関係なく屈折してる人多いのに。第一印象から勝手に決め付けていたけど、おばさんも金目当てで結婚したわけじゃないのかも。

「もうあなたったら失礼ですよ。すいません、戸舞さん」

「いえいえ。そこまで言っていただけるとは光栄です」

 お互いに頭を下げ合って一段落。ご飯くらいもっと気軽に食べたいなぁ。

 視線を感じて前を見る。またデカデブと目が合って逸らされた。なんだろう。私のこと好きなのかな。

「でも流華ちゃん、そんなに可愛いんじゃあ男にモテるだろう」

「えっ」驚く。フリ。「い、いえ、そんな。全然です」

「この子は徒花の仕事をしていますから、同年代の子と比べるとそもそも異性との出会いが少ないかもしれませんね。北校ほどになると勉強が忙しくてなかなか恋愛をしている時間はないと聞きますし」とお父さん。ナイスフォロー!

「いやいや、恋愛なんて暇だからするもんじゃないでしょう。特に若い頃なんかビビっとくればもう恋に落ちてるもんだ」チビ親父は引き下がらない。「告白とかはされたことあるでしょ?」

「そ、それは……はい」

「えー、初耳! 流華ちゃん、いつされたの? お相手は?」

 お母さんのテンションが上がってしまった。でも嘘だと分かる嘘を吐くわけにもいかないからしょうがない。

「こ、高校に入った頃、同じ学校の先輩に。全然知らない人だったから断ったけど……」

「それ一回だけかい?」とチビ親父。ガンガンきやがる。

「はい」

「えぇー。そうかぁー……。おじさんが同年代なら塵になるまで当たって砕けるんだけどなぁ。ニュースとかでやってるような……草食系? ああいう男が本当に増えてるのかねぇ。義明、お前はそんな男になるなよ。好きな女が出来たらガンガン当たっていけ!」

 やめたげてよ。絶対怖いって。せめてもうちょっと痩せて、あと堂々としてれば雰囲気だけでもまともになりそうなのに。

「あ、あの……」

「はい?」

 デカデブの声に首を傾げる。でもあまりに小さな声で私以外には聞こえなかったらしい。

 お母さんが不思議そうに「どうしたの?」と訊いてきた。前を見るとデカデブはさっきより深く俯いていたから「ううん、なんでもない」と返した。

「え? じゃあアレか、流華ちゃん、彼氏いないんだ」

「あなた、近頃はそういうことを聞くのもセクハラになるんですよ」

 おばさんの言葉に苦笑しながら頷いた。これは嘘じゃない。孝介とは一昨日別れたから。それで、三日前に告白してきた気になる男子と明日デートする予定。だから今は本当にフリー。

 自分の学生時代について語り始めたチビ親父の話を聞きながら食事を続けた。海老の天ぷらがすごく美味しかったけど、食事中、前方からずっと向けられていたネバネバした視線が気に障って美味しさ半減だった。

「失礼いたします」と言ってふすま扉を開けた店員さんがタクシーの到着を告げたところでその日はお開きとなった。

 全員揃って店を出て、軽く別れの挨拶を交わしている時だった。おばさんと何かこそこそ話していたデカデブが私の前に来て無言のまま一枚のメモ用紙を差し出してきた。そこに書いてあるのはメールアドレス。うわ、今日はこの展開ないと思ってたのに。

 笑顔を作って受け取るとデカデブは踵を返してドシンドシンとタクシーに入っていった。なんやねん。なんか言えや。

「よかったらメールしてあげてね」

「はい」

 おばさんに笑みを返す。チビ親父はこっちの動きを知ってか知らずかまだお父さんと別れの挨拶をしていた。

 去っていくタクシーを見送ってから私達も帰路についた。タクシーの中でお母さんに「メールしてあげてね」と言われたから「うん」とだけ返した。

 あー、めんどくさ。夜のパーティーでこれ以上増えないことを祈るしかない。

 ていうか今時普通のメールってのも珍しい。もっと便利なアプリなんて山ほどあるのに。教えてくれる友達もいないのかな。




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