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恋 ーコイー2



 莉乃の追及をなんとかかわしながら大型ディスカウントストアに到着。まずはここで眼鏡とかウィッグといった小物を買う予定。まぁ私なんかは髪が長いし、いつもは大体下ろすかポニーにするかだからちょちょっとまとめたうえで服の系統を変えれば徒花マニア以外には気付かれない自信がある。ニワカには分からんのですよ、ってやつ。まぁマニアもお化粧でどうとでも騙せるし。

 莉乃の場合は逆に普段からそういうことに無頓着だからウィッグでもつけて少しお化粧をするだけで………………あ、駄目だ。もっと可愛くなっちゃう。目立っちゃう。でも面白そうだな、莉乃にお化粧するの。可愛い特化の私と違って莉乃は綺麗可愛い系の顔だからやり方次第でどっちにも出来そうだし。

 まぁいいや。それは帰ってからのお楽しみに取っておこう。

 入り口の近くにあったウィッグコーナーへ入る。テキトーに試着品を手に取っていると疑問がふと浮かんだ。

「ねぇねぇ、健君って今度の劇でウィッグ付けたりするの?」

「いえ、ナチュラルスタンスっす」

 どして英語。最近習ったのかな。いや、でも健君三年生だよね?

「でも前の劇ではかぶってたっすよ。ロングのカツラを」

「ロングぅ!?」

 目の前の坊主頭を見上げながら頭が勝手に想像を始める。

「ぶほぉっ!」

 思わず吹き出してしまった。でも仕方ない。あの莉乃だって俯いたうえに顔を両手で隠して肩を震わせている。

「ちょ、ちょっと、これかぶってみて……!」

 笑いを堪えながらストレートロングのウィッグを手渡すと、健君は「別にそんな面白くないと思うっすけど……」と言いながらウィッグをかぶった。

「ぶほぉーっ! あははははは! 見て見て莉乃!」

 莉乃は顔を両手で隠したまま首を横に振る。そうはさせまい。人差し指と中指を手で掴んでこじあける。僅かに見えた瞳が大きく見開かれて莉乃の身体全体が震え始めた。この動きを電力に変えたらこの国のエネルギー問題が大幅に改善されるんじゃないかって夢を抱いてしまうほど激しい震え。震度五は確実に越えている。そんなレベルの地震なんか体験したことないけど。

「じゃ、じゃあ次これ……! ロングのゆるふわウェーブ……。ゆ、ゆるふわ……。ぶふー!」

「想像だけで笑わないでください! っていうか俺じゃなくて先輩達の変装道具を買いに来たんすからね!」

「ご、ごめんごめ……ふふっ」

「人の顔見て笑わないでください!」

「ごめ……ふふっ」

「せめてもう少し堪えましょう!」

「っていうか、それ外してよ……」

 健君の頭に乗ったままのウィッグを指差す。ツッコむたびに毛先が揺れるのが面白くてたまらない。

 多少の後遺症(思い出し笑い)を残しながらも一分ほどで笑いは治まった。

 ていうかただ『えーっ!?』って言うだけのちょい役にそんなキャラ付けが必要なのだろうか。備品が余ったからウケ狙いでやったとしか考えられない。

 その後は莉乃に色々なウィッグをつけてもらったけど、

「わー、これいい! 健君、似合ってると思わない!?」

「思うっす!」

「じゃあ次こっちー。おー、まぁまぁ?」

「最高っす!」

「そう? じゃあ続いてはこれ! んー……これはイマイチかな」

「いえ! 似合ってると思うっす!」

「そう? じゃあこれーーーーは、流石にナシだね」

「全然ありっすよ!」

 という具合に莉乃特有と思われた役立たず現象が健君にも表れたからウィッグ自体ナシにした。当日は髪型変えればいいでしょ。どうせ私も美容院行くつもりだったし一緒にイメチェンしよう。

 続いてコスプレコーナーへ向かう。目立たないようにするという今回の目的には適さないグッズしかないけど、まぁ楽しそうだし。

 ナース服やらチャイナ服というメジャーなものから、どっかで見たようなーーーーおそらく有名なゲームとかアニメの服があった。

「あ、着ぐるみとかもあるじゃん」

 熊とか兎とかの着ぐるみ。しかもお値段は三万円とリーズナブル。

「いっそのことこれ着て行こうよ。目立つけど絶対バレないじゃん」

「視界狭そうだし演劇見るのには向いてないんじゃない?」

「っていうかそれなら仮面でいいっすよね」

「あ、確かに」

 髪型も服装も変えるわけだしね。

 仮面を探してコーナーを回る。

「でも仮面着けたままじゃ学校に入れないんじゃない?」と莉乃。

「そうかもしれないっすけど教師に話してみます。お二人には何度もお世話になってますし協力してくれるとは思うんすけど」

「まぁ最悪変顔しながら行動すればいいでしょ」

「それ普通に不審者っす」

「あっ、仮面見っけ」

 お祭りで売ってるようなお面だけど。狐、鬼、ゾンビ、有名キャラクター等々。まぁ仰々しいものよりこれくらいの方が文化祭には溶け込めそうだ。しかも高くても二千五百円というリーズナブルな価格。大体どの仮面にも目の部分に大きな穴が開いてるし。

「莉乃どうする?」

「これにする」

 そう言って莉乃は狐の面を手に取った。

 私的には『ホントにお面かぶる作戦でいく?』という問いだったんだけど、莉乃がその気なら別に反対する理由もない。

 んー、私はどれにしよ。

「ねぇねぇ健君、私どれが似合うと思う?」

「流華先輩っすか。悪魔のお面とか似合いそうっすけど」

「悪魔?」

「はい、流華先輩小悪魔っぽいんで!」

 発想が安直すぎないかな。しかもこんなところで売ってる悪魔系のお面なんて全部無駄に精巧な作りのおどろおどろしいものばっかりだし。

「私動物系がいい」

「じゃあ猫っす!」

 よく言われる。

 まぁいいや。他にこれといったものもないし。

 アニメっぽくデフォルメされた猫のお面を手に取り、顔に着けて莉乃と健君を見る。

「どう?」

「可愛い」

「いいっす!」

 顔を隠してもこの評価っていうのは素直に喜べないような気がする。いや嬉しいけどね、うん。

 狐と猫のお面を買ってお店を出る。

「じゃあ次は服だね」

 そう宣言した時、駐車場に停まっていた車から人影が飛び出してきた。反射的に目で追い、すぐにその姿を捉えた。スーツ姿の女の人。顔に見覚えがある。手には小さな棒状のもの。そこからコードがポケットへと伸びている。これまた見覚えあり。小型マイクだ。

 取材。

 来るかもなぁとは思ってたけどやっぱ来た。

 一歩前に出た莉乃に女の人がマイクを向けた。

「戸舞さん、紋水寺さん、週刊ヴェリテです。お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

「駄目です」

 即答である。

「本日から二人きりで班活動が再開となりましたが決断した理由をーーーーー」

 効果無しである。

 莉乃がちらりと振り返って私に目を向けてきた。私が無言のまま頷くと莉乃は視線を健君へと移す。つられたわけじゃないけど私も隣を見てみると、こういう事態に慣れていないせいか健君は呆気にとられた表情で記者さんを見ていた。

「二人とも行こう」

 その言葉にもすぐに反応できないとみたのか、莉乃は健君の手を取って歩き出した。私も並んで歩き出す。

 当然ながら記者さんもついてきたけど、その顔は私達ではなく健君へと向けられていた。

「君は? 戸舞さん達の友達? その制服二中のよね?」

 殆ど走っているみたいなスピードで進みながらマイクを向ける。

「え? えっと俺は」

「答えないでいい」

 莉乃の言葉に健君は口を強くつぐんだ。手が空いていたら口を塞ぐのに使っていただろう。

「見たところ戸舞さん達の買い物に付き合っているようだけど……、もしかして無理やり荷物持ちさせられてるとか?」

「んなっ……!」

 健君の表情が怒りに染まり足が止まった。莉乃がぐっと手を握ったけど気付いている様子はない。

「なわけねぇだろうが! 二人は俺にとって命のおーーーー」

 パシッ、という音とともに健君の口を莉乃の手が塞いだ。

 んー、このままじゃあ健君簡単にあれこれ喋っちゃいそう。怒らせて口を割らせるなんてマスコミの常套手段なのに。

「命の? なんですか?」とマイクを向ける記者さんの声を聞きながら空を仰ぐ。

「莉乃ー、上に逃げよ?」

 莉乃は私に背中を向けたまま「うん」と頷くと素早く反転して健君の背中と膝裏に腕を回して無造作に抱えあげた。

 俗称お姫様抱っこ。

 せめておんぶとかにしてあげればいいのに、と思いながら地面を蹴った。足場を形成してお店の壁のすぐ横を跳び上がっていく。

 ちらりと下を見ると莉乃も付いてきていた。健君を抱えているせいか跳躍を大分抑えているみたいだけど。

 その更に下、記者さんは私達を見上げてどこか悔しげな表情をしていた。いい気味だ。

 ディスカウントストアの屋上に到着。今まで来たことがなかったけどゴーカートなどの遊具が置かれているところを見ると子供の遊び場として一般にも開放されているらしい。しかし平日ということもあってか子供の姿はなく、こちらに背を向けた状態でベンチに腰掛けて煙草を吸っているおじさんが一人いるだけだった。

 ざっと屋上を見回してから振り返ってフェンスを掴む。莉乃はもう目の前、地上では記者さんが車に戻っていくところだった。

 踵を返してフェンスから数歩離れる。

 鞄から仕事用のスマホを取り出して連絡先を開く。類家隊長の名前を見つけてタッチすると同時にさっきの記者さんのことを思い出した。

 呼び出し音。背後では莉乃が着地した音が聞こえた。

『どうした』

「今ね、しつこい記者が来たから跳んで逃げたよ」

『そうか。了解した』

 徒花が力を使ってるところを見た人が警察に問い合わせることはよくあることだ。一応報告しておかないと混乱が起こる可能性だってある。

「週刊ヴェリテの記者だって。ほら、隊長が前に会見した時、結羽ちゃんが能力を得た噂について質問してた人。覚えてる?」

『あぁ。確か名前は安宅あたぎだったな』

 名前まで覚えてるなんて流石。

『分かった。こちらから抗議を入れておこう』

「よろしくねー。あ、それと一緒にいた男の子にも勝手な取材しないように念入りに言っておいてね」

『戸舞の交際相手か?』

「違う違う。楠健君」

『楠……というと空木が腐化した日に紋水寺と一緒にいた一般人か』

「そそ。なんかその安宅って人、健君に興味持ってたみたいだし。結羽ちゃんに興味があるなら、あの日の目撃者の健君に話を聞こうとすると思うし」

『了解した。他に何かあるか?』

「ううん。何も」

『そうか。ご苦労』

「ん。お疲れ様ー」

 電話を切ってくるっと回れ右をすると莉乃と健君と目があう。健君は既に莉乃の腕から降りていた。

「あっ」思わず声が出た。

「どうしたの、流華」

「ううん。電話する前に、お姫様抱っこされてる健君の写真撮っておけばよかったって思って」

「ダメっす」

 即答である。

「えー」

「大体そんなの撮ってどうするんすか」

「んー、たまに見てニヤニヤする」

「ダメっす」

 ケチだ。

「健」

 莉乃の声。

「うす」

「もしかしたらまたああいう人に話し掛けられることがあるかもしれないけど、何を言われても話しちゃ駄目」

「う、うっす。すいません」

 軽く頭を下げる健君に莉乃は首を横に振る。

「初めては仕方ない」

「莉乃も最初は怒ったりしてたもんねー」

 私は最初っから完璧にスルーしてたけど。

「そうなんすか? 紋水寺先輩が?」

 想像出来ない気持ちは分かる。まぁ莉乃は怒ったって表情は殆ど変わらなくて口調が強くなるくらいだし。

「ああいう人達はどんな手を使っても口を開かせようとしてくる。たちが悪い人なんかは家族のことを悪く言ったりすることもあるけど、それでも相手にしちゃダメ」

「まぁ健君の家族のことまで調べることはないと思うけどねー」

「う、うっす。肝に命じます」

「巻き込んでごめんね」

「いえ! 紋水寺先輩達が悪いわけじゃないっすから!」

 健君は莉乃を気遣うように笑みを浮かべる。下手くそな笑顔だった。でも優しくて、また心がざわついた。

「よーし。じゃあ今度こそ服屋に行こっか!」

 そんな心を隠すようにーーーー? 違うか。どちらかというと、心のままに、健君の腕に飛び付いた。

「うわっ、ちょ、先輩!」

「うん、行こう」

「えぇっ!? 紋水寺先輩スルーっすか!?」

 健君の腕をグイグイ引っ張って歩き出す。

「る、流華先輩、当たってるんすけど……」

 当ててるんす。




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