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嘘 ーシンジツー4



 五時半くらいに店を出て、それからは中学校の校門前で健君を待っていた。他の部活も大体この時間に終わるらしく、私に気付いた生徒に何回か話し掛けられた。

 そろそろかな、と思ってスマホを見てみると、既に六時を十分過ぎていた。デートだったらもう帰ってるところだ。

 スマホを鞄にしまって前に向き直ると、健君の姿が校門のずっと向こうに見えた。男子二人と歩いている。演劇部員かな。

 大分距離が縮まったところで目が合ったから軽く手を振ってみた。健君はキョトンと目を丸くした後、全力ダッシュで一直線に駆け寄ってくる。ご主人様に駆け寄る犬みたいな一連の動作である。

「流華先輩、うっす!」

「うっす」

 健君は挨拶した後でキョロキョロと周囲を見回す。

「莉乃はいないよ。今日は私だけー」

「そうなんすか? えっと、俺に用で?」

「うん。この学校の知り合いって健君くらいしかいないし」

 そんなやりとりを交わしているうちに他の男子二人が健君の少し後ろまで来ていた。そこで足を止めて、何やらこっちの様子を伺っている。

 上体を斜めに倒して「こんばんは」と声を掛けてみる。

「こ、こんばんわっす」という微妙な返事とともに数歩近付いてきた。

「本物の戸舞流華……さん、ですか?」

「うん」と眼鏡を少しだけ外して答える。

「えー、すげー!」と急に騒ぎ出す男子達。ちょっとビックリ。声が大きいのはやっぱり演劇部だから?

「楠、お前が言ってたことホントだったんだな! 流華莉乃コンビ……さんと知り合いだとか絶対嘘だって思ってたんだけど!」

「なんでだよ」と健君が顔をしかめる。そんな表情も砕けた口調も新鮮だった。

 夏服のポロシャツにサインをしてから男子二人とは別れた。二人はハイテンションのまま帰っていったけど、大丈夫なのかな、あれ。家に帰ってからお母さんに怒られたりしない?

「すいません、友達が騒いで」

「んーん。いきなり来たのは私の方だし」

「それで今日はどうしたんすか? もしかして紋水寺先輩になにかあったとか……」

「そういうわけじゃないけど、とりあえず歩きながら話そうよ」

「あ、うっす」

 日が落ちて薄暗くなってきた道をゆっくり歩き出した。思えばこんなふうに健君と二人きりで会うのは初めてかもしれない。

「莉乃に何かあったっていうか、私が訊きたいのは……」

「はい」

「健君、莉乃と何かあった?」

 ピクリと健君の肩が僅かに跳ねた。

「えーと、何か……っすか?」

 素知らぬ顔。下手くそな誤魔化し。

 やっぱ何かあったんじゃん。莉乃は気付いてないみたいだけど。

「うん。なんか最近全然会いに来てくれないし、もしかして莉乃と健君何かあったのかなーって」

「あー……、紋水寺先輩には訊いてないんすか?」

「何を?」

「あ、いえ。さっき俺にしたのと同じ質問を」

「訊いたけど何にもないって」

「そうっすか……」

 健君は足元を見たまま歩く。こうして隣を見上げた際の首の角度だけで莉乃よりも大きくなったんだなぁということが分かった。成長期ってやつだね。私にはあんまりこなかったけど。

 でも徒花わたしの場合、自分が望んだからなのかな。成長したくない、今のままがいいって。

「紋水寺先輩とは確かに何もなかったっす。どっちかというと俺一人の問題っすから」

「なになに? とうとう莉乃のこと好きになっちゃった?」

「えぇ!?」

 私に顔を向けて目を大きく開く健君。予想通りの反応ーー

「いや、それはーーーーーー」

 だったんだけど。

 健君は口を途中で止めたかと思うと眉間に少しだけ皺を寄せて前に向き直った。怒ってる風じゃなくて、何か考えている感じの表情。これもまた初めての顔だった。

「それは?」

「それは……ない、と、思うんすけど、でもその……、前みたいに、ただ憧れて、尊敬するだけ、っていうのはできなくなったかもしれないっす」

 その言葉に心がざわついた。

「なんで?」

「自分でもよく分からないんす。ただ、その、紋水寺先輩は俺が思っていたほど強くなかった……じゃあないな。あー、なんて言えばいいか分からないんすけど……」

「莉乃は強いよ?」

「それは分かってるんす。流華先輩と一緒に俺を助けてくれたし、徒花の中でもトップクラスだし、仮に俺なんかが銃を持ったって紋水寺先輩にはかなわないことも。でも、だから…………強いから弱くないってわけじゃないというか……」

「弱くないよ、莉乃は。『万能』だもん」

「そうっすよね……」

 変な健君。あの莉乃のどこを見たら弱そうに見えるのだろうか。何があったって大抵ボーッとしてるのに。

「それが理由で会いに来なかったの? 健君がいないと莉乃に告白してくる男子が増えて大変そうだったよ」

「え!? だ、誰かと付き合ったりとかは……!」

「あるわけないじゃん、あの莉乃だよ?」

「そ、そうっすか」

 安堵の表情。

 今度は心がむずむずした。なんだろう、これ。

「それで、だから最近会いに来なかったの?」

「ただ単に夏休み中は大会とか忙しくて……。それが終わってからはすぐに文化祭に向けての練習が始まりましたし……ってなんか言い訳っぽいっすね。自分でも気づかないうちにテキトーな理由を付けて避けてたのかもしれないっす。今まで紋水寺先輩の言葉に甘えてくっついてましたけど、俺なんかが紋水寺先輩にやってあげられることなんて何もないですし……」

「虫除けじゃ駄目なの?」

「今まではそれでよかったんすけど……」

 確かに、健君は何か心境の変化があったみたいだった。柄にもない思案顔が増えるような何かが。

「会いたくないわけじゃないんだ?」

「それはもちろんっす! でも、このまま会っても自分が納得出来ないというか……」

「あ! じゃあさ」

「はい」

「私と付き合ってみるっていうのはどう?」

 健君は間の抜けた顔(割といつも通りだけど)のまま数秒固まったのちゆっくりと首を傾げた。

「えっと、付き合うっていうのは……」

「交際。男女こーさい。異性交遊」

「えぇ!? な、なんでそうなるんすか!?」

「私と付き合えば自然に会いに来れるじゃん」

「だ、駄目っすよそんなのは! そういう関係を他のことに利用したりなんて……!」

 あらま純情。可愛い。

「それに嘘とはいえ先輩の彼氏さんにも悪いですし!」

 むっ。ここで智幸のことを出されるのはなんとなく面白くないなぁ。

「だいたい仮にそうしたとして彼女ほったらかして紋水寺先輩と喋るのはおかしいじゃないっすか!」

「あ、それもそだねー。あはは」

 笑って見せると健君は疲れたように小さく溜め息を吐いた。

「びっくりさせないでくださいよ……。っていうかそういうことあんまり言わない方がいいっすよ。俺だから冗談だって分かりましたけど、勘違いする人とか絶対いますから」

「はいはい。もー、健君ってば莉乃みたいな説教するね」

「紋水寺先輩の気苦労が少し分かった気がします」

「ふふん。その程度で分かった気になっちゃあ困るよ」

「困ってるのは紋水寺先輩なんじゃないすか……?」

「ふふっ」と笑ってから足を止めた。

 住宅街の交差点。

「マンションまで送ります」

「いいよ、私の方が健君より強いし」

「うっ」

「それじゃあ。また一緒に帰ろうね」

「う、うっす! お疲れ様ですっ!」

 ビシッと敬礼をする健君。

 私もピシッと返してから回れ右をして歩き始めた。

 辺りはいつの間にかすっかり暗くなっている。

 月が浮かぶ空。星は見えない。街灯。カーテン越しの光。

 確かに冗談だったんだけど。

 改めて考えると、私から告白したのなんて生まれて初めてだ。

 マンションが見えてくるまで月を見上げながら歩いた。そして何となく決心がついたからスマホを取り出して智幸に電話をかける。

「あ、私。今大丈夫?」

「うん、大事な話」

「あのね、急でごめんけど、別れて欲しいの」

「うん。そういうこと」

「ううん、そうじゃなくて」

「うん、無理だと思う」

「あのね」

「好きな人ができたの」




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