嘘 ーシンジツー2
お昼時ということもあって私と莉乃は食堂へと足を運んだ。時間帯のわりに人の数は少ない。
「日替わり定食でいい?」と莉乃。
「うん」
「じゃあ私が頼んでおくから先に座ってて」
「りょーかーい」
改めてぐるっと室内を見回すと奈緒と目が合った。隅っこのテーブルに座っている。他には三人。沙良さんとメグちゃんと環ちゃん。奈緒の反応ですぐ私に気付いた新旧猪坂班の面々と軽い挨拶を交わしてから隣の席に腰掛ける。
「また大変なことになったね」と沙良さん。
「あ、もう知ってるんだ」
「多分ここの徒花はみんな知ってる。さっき緊急連絡が届いたから」
「そなんだ。大変だよー。おかげで私と莉乃は家に帰れないっぽいしー」
「泊まるところは決まってるの?」
「寮の空き部屋はあるらしいけどどうせ掃除もあんましてなくて汚いだろうからなぁ。あ、また沙良さんの部屋に……」
「やだ」
「即答……」
まぁ私や莉乃が泊まると早起きしなきゃいけなくなるから気持ちは分かるけど。
「じゃあ私の部屋に泊まる?」と奈緒。
「いいの?」
「うん」
「じゃあそうするー」
そう答えたところで莉乃がやってきて私の向かいの席に座った。スッと差し出してきた番号札を受け取る。三番だった。
「今日は奈緒の部屋に泊めてもらうことになったよー」
「奈緒の部屋?」小首を傾げて対角の席を見る。「いいの?」
「うん」
「明日はメグちゃんの部屋かなー」
「別にそれは構いませんが、私の生活リズムには合わせてもらいますよ」
「うえ。やっぱいいや。沙良さんとこ行く」
「やだ」
「冷たいなぁ」
私に対してこんなに冷たいのは徒花くらいだ。まぁ沙良さんの場合本気で頼めば仕方なく許可してくれるだろうけど。
「あ、そうだ。環ちゃん、この前希恵ちゃんに会ったよ」
黙々とパスタを食べていた環ちゃんが顔を上げた。
「うん、本人から聞いた。なんか迷惑掛けちゃったみたいでごめんなさい」
「メーワク?」
何のことだろう、と少し考えて、遺体をペロリと舐めたことだと思い至った。
そのことを知らない三人は『何の話?』とでも言いたげな様子だったけどご飯を食べてるときに遺体がどうこう言うのは気分が良くないから「ううん、全然」とだけ返して、さっさと話題を変えることにした。
「変わった子だよねー、希恵ちゃん。休日に色んな支部回ってるんでしょ?」
「うん。最近は羽央支部にも行ったみたい」
「羽央支部? ってどこだっけ」
「国内最北端の支部」
「へぇー。また知り合いに会いに?」
環ちゃんは頷く。
メンバーがメンバーだけに盛り上がりには欠けるものの、悪くない雰囲気でしばらく他愛もない話をしていると、料理が出来たことを知らせる声が聞こえてきた。
既に昼食を終えていた四人(奈緒は部屋を片付けたいらしい)と別れの挨拶をしてから莉乃と一緒にカウンターへ向かう。
「流華」
「うん?」
隣を見る。
「私、やっぱり今日は一人で寝る」
「ぅえ? 奈緒の部屋で寝ないの?」
「うん」
「ふぅん? 莉乃がそうしたいなら私は全然いいけど……」
意外な選択ではある。莉乃は昔から私にくっついてくるのに。そういえば、前にも同じような変化を感じたことがあった。
カウンターで待ち構えていたおばちゃんに番号札を渡してから煮魚メインの日替わり定食が乗せられたトレイを取ってUターン。テーブルに向かって歩きながら隣を見た。
「健君と何かあった?」
キョトンとした顔が私を見る。あれ、今回は関係なかったか。
「どうして?」
「なんとなく。ほら、前に会ったときちょっと様子おかしかったし」
「確かに元気はなかったけど他には別に変わった様子はなかったし特別な話をしたわけでもないよ」
「そなの?」
「うん。『最近大丈夫ですか?』とか、そういう感じの話」
「なーんだ。告白でもされたのかと思ったのに」
莉乃は口許に笑みを浮かべた。
冗談で言ったわけじゃないんだけどなぁ。
昼食を終えたあとは別行動となった。私は奈緒の部屋へ向かい、莉乃は今日泊まる部屋の掃除をするらしい。
そんな面倒なことするくらいなら奈緒の部屋に泊まればいいのに、なんて考えながら寮の階段を上っていく。踊り場でくるっと回ったところで上階から降りてきた仁美さんと目があった。
「やっほー」
「よっ」
手を挙げて挨拶を交わす。
「また大変なことになってるね」
「ホントだよー。家にも帰れないしさ。ね、ね、仁美さんニュース見た? 世間の反応ってどんな感じ?」
「テレビでは曖昧なことしか言ってなかった。ネットではーーもちろん色んな意見はあるけど、一般人だって馬鹿じゃないからね。空木がそんな行動をする理由がない、そうだとしても行動が一貫していない点を不審に思っているような書き込みは多いよ」
「そっか。なら案外早く収拾がつくかも」
「あぁ。今日の会見でもっと良い方向に行けばいいんだけど」
「もう会見決まったの?」
「あぁ、ついさっき発表されたよ。五時から開始だってさ」
「へぇー」
いつもはニュースなんて見ないけどそれは必見だ。
「じゃ、私は行くよ。やっと今から昼なんだ」
食堂を出たとき碩ちゃんとなつちゃんとすれ違ったことを思い出しながら「ん、バイバーイ」と手を振って再び歩き出した。
部屋に着いてからその事を話すと、奈緒はリモコンを手にとってテレビを点けた。
「ところで紋水寺さんは?」
「あ、莉乃は一人で寝るって」
「そうなの?」
そんな話をしながらお昼のニュース番組にチャンネルを合わせる。
『鬼踊最後の事件。その現場では何が起こっていたのか?』
そんなナレーションとともに映し出されたのは簡易な現場再現CG。マンション近くの小道が再現されている。登場人物は三人で少し距離を置いて立っている状態。それぞれの頭上には文字が表示されていて、それによると赤い人が母親の『佐恵子さん』、小さな青い人が娘の『由奈ちゃん』、それで紫色の人が『空木結羽さん』らしい。
その単色人形達がナレーションの声に合わせて動いていく。
『空木さんが所属していた対カフカ部隊扇野支部の当初の報告では、腐化した佐恵子さんが由奈ちゃんを攻撃』
赤い人から青い人へと矢印が伸びる。そこへ紫色の人が駆けてきた。
『その最中に空木さんが現場へ到着』
今度は紫色の人から赤い人へ矢印が伸びる。
『すぐに任務を遂行したとのことでした。ですが』
最後の一言と同時に画面が状況がリセットされる。
『佐恵子さんの夫、そして由奈ちゃんの父親でもある伊集和宏さんはーーーー』
画面が切り替わる。
壁を背にたくさんのマイクを向けられている男の人。
この人が和宏さんらしい。疲労が溜まっているのかその表情は疲れきっていて頬もこけている。そのせいか、名前の横に表示されている年齢にはとても見えなかった。
『娘は確かに言ったんです。妻が腐化する間、そして娘があんなにも酷い傷を負っている間、徒花は何もしてくれなかったと。もしもっと早く動いてくれたら娘があれほどの大怪我をすることもなかったでしょう。もしかしたら妻を人間として死なせてやることだって出来たかもしれない。亡くなった方を責めるつもりはありませんが、対カフカ部隊の方にはどうか真実を明らかにしていただきたいと思っています』
画面が再現CGに戻る。
『和宏さんが由奈ちゃんから聞いた話によりますと、佐恵子さんの腐化が始まった際、空木さんは既に現場に到着しており……』
紫色の人が赤い人に近付いて動きを止める。続いて赤い人から青い人へと向いた矢印が伸び縮みを繰り返す。その間、紫色の人は棒立ち状態だ。
『このように腐化から攻撃までを傍観していたということです。その後空木さんがカフカを討伐し、そして自らも腐化してこの世を去った今、この不可解な状況に対して明確な答えを導き出すことが出来るのでしょうか』
画面がスタジオへ切り替わって少し強めに口をつぐんだメインキャスターの汚い顔が映った。
『はい。というわけで現在世間を騒がせている一件ですが……、野中さん、どうでしょう』
『そうですね。現状ではどうしても仮定の話になってしまいますが、これが真実だとすればとんでもないことです。しかし今の再現VTRーー二つ目の方ですがーーを見るとね、空木さんの行動はちょぉっと不自然だと感じました。腐化が始まる前に伊集佐恵子さんと接触していたということもそうですが、そもそも手を出す気がないのならわざわざ現場に行く必要もないわけですから』
『なるほど、それは確かに』
『考えられる可能性としては、生前、佐恵子さんと空木さんが知り合いだったということくらいでしょうが……』
『なるほど、それで討伐を躊躇ってしまったと』
『しかし旦那さんも娘さんもそのような話は聞いてないようですからおそらく違うとは思いますが』
『なるほど。ここで一度CMです。対カフカ部隊の会見は本日十七時から、CMの後はプロウダ国上空で起こった取材ヘリ撃墜事件の続報です』
短い音楽が流れて画面が切り替わる。
「ふー」奈緒が気を緩めるように大きく息を吐いた。「思ったより否定的な意見はないみたいだね」
「まぁ状況が状況だもん。事件のショックで警察の事情聴取も出来なかったのに、いざ口を開いたらこれだし。大きな事件なんかの被害者が自覚無しに嘘言っちゃうっていうのも有名な話だしね」
大人でもそうなんだから子供なら特に。
「戸舞さん、まだニュース見る?」
「ううん。チャンネル変えていいよ」
「あ、そうじゃなくって、戸舞さん、服とか下着とか日用品とかないでしょ? 服くらいなら貸してあげれるけど……その……やっぱりサイズとか違うし……」
奈緒は意外と背が高い。莉乃より少し大きいくらいだ。
「確かにそうかもー」
「うん……。胸とか……」
小さく付け足された言葉は聞こえなかったことにする。まぁサイズ云々は置いといても、ここに何日泊まることになるか分からない以上着替えは必要だ。でもここに売ってる下着ってすごくダサいんだよねぇ。
「だから一緒に買い物行かないかなって」
「奈緒も何か買うの?」
「うん。お菓子とか」
「あ、私も買お。たくさん買お」
莉乃がいると節食令が施行されちゃうし。
記者会見は予定通り五時から始まった。
『会見の流れを説明させていただきます』
マイクを手にしているおばさん曰く、まずは類家隊長が今回の情報を得た上で対カフカ部隊としての見解を話して、そののちに記者からの質問に答えるらしい。
そうして会場に姿を見せた隊長が長々と口にした見解っていうのは要約すると隊長室で話したまんま。『結羽ちゃんがそのような行動を取るとしたら腐化していた以外には考えられない』という内容だった。
記者からの質問はその内容に突っ込むものが多かったけど大体想定内だったのか淀みなく答えていた。
六人目に当てられたのは灰色のスーツを着た小柄な女性記者だった。
『ヴェリテの安宅です。先程類家隊長が仰ったように、仮に、当初の報告より早い段階で空木結羽さんが動いていたとして、腐化が始まる前に伊集佐恵子さんと空木結羽さんが接触していたという不自然な点についてはどうお考えでしょうか』
『二人に面識があったという可能性も考えましたが現状そのような情報は掴めておらず不明です』
『ネット上では最近の空木結羽さんの活躍ぶりから何かしらの能力を得たのではないかという声もありますがそれについてはどうでしょうか』
『もちろん可能性がまったくないとは言えません。ですがどのような能力に目覚めていようと空木隊員が被害者の救出を放棄する理由にはならないと考えています』
『ありがとうございました』
『では次の質問にーーーー』
女性記者が腰を下ろすと他の記者が一斉に手を挙げた。
「ヴェリテってなんだろ?」と奈緒が椅子に腰掛けたまま首を傾げた。
「確か週刊誌だよ。ゴシップとかそんなん扱ってるやつ」
雑誌コーナーで目にしたことがある。読んだことはないけど。
記者会見は六時を過ぎたところで終了となった。見ている限り問題になりそうな受け答えはなく、新しい情報でも出ない限り早く解決するかもしれないと期待を抱くほどの出来だった。
その直後からネットに上がり始めた記事、翌朝の新聞、週刊誌などでは会見で語られた見解に理解を示す声が多く上がり、そして会見から三日が経ち、被害者のお父さんが『会見での言葉で納得した』という声明を出したことによって一連の事態は収束した。
いやー、それほど大事にならなくてよかった。やっぱ真実なんて都合良く改変してナンボだよね。特に今回みたいな当事者が殆ど死んじゃってる件なんか暴くだけ無駄。死んだ人のための真実よりも生きてる人のための嘘だ。




