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嘘 ーシンジツー1



 それから三日後、結羽ちゃんのお母さんが扇野支部へやってきた。

 私は会釈をしただけで言葉すら交わさなかったけど莉乃は何か話していた。多分結羽ちゃんの最期の言葉を伝えたんだと思う。その直後結羽ちゃんのお母さんはその場に泣き崩れていたから。

 そんなこんなで一週間。

 世間的には夏休みだけど普段から休みがちな私と莉乃は今日から補習である。

 補習は学年でまとめて行われるため普段と違う教室。そこには他に二十人くらいの生徒がいた。冗談抜きに成績がヤバい馬鹿と補習を志願した変わり者達である。主に机で勉強しているのが後者。そして『机』に座って話をしているのが前者と見て間違いはない。どんな進学校にでもこういう人がいるのだということは高校に入って一番の驚きだったかもしれない。まぁ割合的には少ないんだろうけど。

 私と莉乃が教室に入ると話し声がピタッと止まって二秒間くらい静かになった。突然の静寂を不思議に思った変わり者組がペンを止めて私達を見た。

 そのうちの一人、眼鏡を掛けている狸顔の女の子がちょいちょいと手招きをした。

 同じクラスで学級委員長の新鷲しんわしさんだ。

 招かれるまま近くの席に座る。その頃には教室内の喧騒は戻っていたけど、やっぱりチラチラと視線を感じた。

「久し振りだね」と新鷲さんは笑顔で言った。

「うん」私も笑顔で返す。

「大変だったでしょ? 大丈夫だった? その……マスコミとか……」

「大丈夫だよ。前みたいに私や莉乃を批判するような記事は少ないし。結羽ちゃんが最期まで人のために戦ってたからかな……」

「うん。空木さんは凄い徒花だったと思う。ルールを破っていたって批判する記事もあるけど、あれだって結局人を守るためだもんね。テレビとかにも空木さんに助けられたっていう人がたくさん出てるし、支部にもお礼の手紙とかたくさん届いてるんでしょ?」

「うん」今更ね。

「そんなにたくさんの人に惜しまれてるんだもん。きっと空木さんも後悔なんかしてないよね」

「うん、私もそう思う」わけないじゃん。死んで後悔がない人なんていない。生きられるだけ生きるのが生き物なんだから。

 死人に対する言葉なんか存在しない。結局残された自らを慰めるためのものだ。

 結羽ちゃんは後悔していたと思うよ。

 あんな風にしか生きられなかったことを。

 でもお子ちゃまだから、その生き方を変えることも出来なかった。

 悪いことだと頭の隅では理解していながらも。

 気付いた誰かが止めてあげなくちゃいけなかったのに、誰も近くにいなくて。

 あ、私が止めてあげることも出来たのか。

 うーん、ちょっと後悔。

 そんなことを考えている間に莉乃が新鷲さんに話しかけていた。私達が休んでいた間に進んだ授業範囲のことを訊いているらしい。そんなこと後で先生が教えてくれると思うけど。

 新鷲さんは良い子だと評判だ。その理由として、成績優秀であること、真面目で大人しいこと、私や莉乃みたいな徒花にも普通に話してくれることがよく挙げられる。なんで徒花と普通に接したら良い子になるんだろう。


 その後、すぐに先生が来て補習が始まった。こうして制服を着て学校にいるとはいえ、やっぱり夏休み中ということもあり教室内の雰囲気はどこか締まりがなくて、三十度を優に越える外の景色みたいにゆらゆらしていた。

 そんな空気の中、莉乃の鞄の中でスマホが震えた。その小さな音を感じ取ったのは多分私と莉乃だけ。

 莉乃はスマホを取り出して画面を見てから席を立ち、先生と小さな声で話をしてから教室を出た。聞こえてきた声によると支部から電話らしい。なんだろ。お客さんがまた来るとか? それならわざわざ補習中にかけてこないか。

 莉乃はすぐに戻ってきたと思うと、自分の席に座らずに私の前に立った。

「流華、隊長から呼び出し」

「えー?」

「紋水寺さん、もしかしてカフカが出たの?」と新鷲さん。

 ゆらゆらしていた空気が少し引き締まったけど、莉乃が首を横に振るとまた揺らいだ。

 先生ももう慣れっこで「仕方ないな」の一言で早退を許してくれた。まぁどっちにしろあと一時間くらいで終わりだったしね。

 学校を出たところで「何の用事って言ってた?」と訊いてみる。

「結羽が死んだ時に襲われた女の子が事件のことを喋ったって」

 げっ。まずいんじゃない、それ。

「ふぅん?」

 でも知らないフリ。

「腐化するお母さんを前に結羽が何もしなかったって証言してるらしい。自分が何度も刺されてから殺したって。本人はまだ事件のショックが抜けきってない状態だけど、それを聞いた父親が騒いでるみたい」

「ん?」

「どうかした? 流華」

「あ、ううん」

 あれ? 私の中では莉乃がカフカを殺したことになってるんだけど間違いだった? 結羽ちゃんが殺したのか。まぁ何度も刺されてたらしいから死んだと勘違いしたのかな。じゃあ正しくは、③カフカを殺した後に腐化。なのかな。

「もう情報はあちこちに回されていて報道されるのも時間の問題だって。世間の反応によっては支部に缶詰かも」

「でもその証言が本当か分からないんでしょ? 仮に本当だとしても襲われてる人を放置する理由がないし」

 一瞬、莉乃の表情が強張ったような気がした。気のせい? いや違う。私がそう感じたならきっとそうだ。

「うん」と無表情で莉乃は頷いた。

 何か隠してる。もしかして莉乃ってば結羽ちゃんの能力を見たのかな。いや、そこを目撃したのならもっと早く助けに入る筈。近くにいなかった? でも結羽ちゃんを探し回っていた筈だし……。

 クラクションの音が短く鳴る。顔を上げて前を見ると支部の車が速度を緩めて近付いてきた。運転しているのは見たことある職員さん。

 私達の横に停まると運転席の窓が開く。

「類家隊長に言われて迎えにきました。乗ってください」

 流石、準備がいい。

 後部座席に並んで座ると車は発進した。

 じっくり考えるにはちょうどいい環境。

 よし、一回整理してみよう。まず私の予想では、事件の流れは

①結羽ちゃん、腐化させる標的を見付けてマンションから飛び降りる。莉乃はそれを発見、探索。

②結羽ちゃん、標的を腐化させる。それを目撃した女の子が泣き声をあげる。

③結羽ちゃん腐化。莉乃到着。二体とも殺す。

 だったけど、女の子の証言が真実なら②と③の間に『結羽ちゃん、カフカを殺す』が入ることになる。結羽ちゃんはどうしてカフカが女の子を殺すまで待たなかったんだろう。情が湧いたとか? んー、それも考えにくい。今更だし、結羽ちゃんがやったことで子供だって何人も死んでるし。

 あ。

 もしかしたら本当はそのタイミングで莉乃が来たのかも。莉乃が隠しているのは『襲われてる女の子を放置している結羽ちゃんを目撃したこと』と考えれば辻褄が合う。それで結羽ちゃんは慌ててカフカを殺した。つまり実際は、

①結羽ちゃん、腐化させる標的を見付けてマンションから飛び降りる。莉乃はそれを発見、探索。

②結羽ちゃん、標的を腐化させる。それを目撃した女の子が泣き声をあげる。

③カフカが女の子を襲う。結羽ちゃん、放置。莉乃、到着。

④結羽ちゃん、カフカ討伐後、腐化。莉乃、腐化した結羽ちゃんを殺す。

 これっぽい。

 まぁ私は今回の件にはほとんど無関係だしマスコミに何か聞かれても基本的に『分かりません』でいいんだけど、やっぱりそれでも上手く立ち回るにはある程度の事実は把握しておきたいし。


 支部に到着、隊長室へ直行した。

 類家隊長と短い挨拶を交わしてからソファに向かい合って座る。

「先程軽く話したが、確認のためにもう一度言っておく。被害者の少女が証言したことは、『空木は腐化する人間を前に何もしなかった』ことと『少女が襲われてもしばらく傍観していた』ことの二つだ」

 私と莉乃は揃って頷く。

「それが真実であるか否かはひとまず置いておく。どちらにせよ、これが報道されれば一波乱起こることになるだろう。特に紋水寺、お前が空木を介錯したことは既に広まっている。記者はこぞって話を聞きたがるだろう。ほとぼりが冷めるまで支部にいてもらうことになる。万が一何か訊かれても何も答えなくていい。戸舞、お前もだ」

 頷く。

 ふぅん、隊長ってば莉乃に事実確認しないんだ。『思い当たる節はあるか?』とか『そういった場面は目撃しなかったか?』とか。

 いくら部下を信じていても普段の隊長なら確認くらいしそうなんだけどなぁ。

 知ってたのかな? 結羽ちゃんが女の子を放置してたこと。となると微妙に事実を書き換えたのは隊長なのかも。

 机の上で固定電話が鳴った。隊長は一言二言交わすとすぐに受話器を置いてテレビの電源を付ける。

 ニュース速報。キャスターが時折原稿に視線を落としながら読み上げているのは隊長が言ったことと同じ内容。そして「続報が入り次第お伝えしていきます」という言葉を最後に次のニュースへ移っていった。

「これでしばらく様子見だな。といってもある程度の騒がれることは免れないだろう。緊急会見を開く必要はあるな」

「え、もしかして私達も出席?」

 隊長はテーブルにリモコンを置いてからソファに座り直した。付けっぱなしのニュースではプロウダ国上空を旋回していたヘリが地上からの攻撃により墜落したと報じている。

「そんな筈がないだろう。お前達はいくら力を持っていても未成年者だ。私が出ればそれで済む」

「でも、どうするの? 正直女の子がそう言ってるだけの現状じゃあ肯定も否定も出来ないと思うけど」

「明確な証拠がない以上否定はしない」

 まぁそだよね。真実であろうと虚偽であろうと叩かれるのは目に見えてるから。

「仮に、という前提で肯定し、そのうえで対カフカ部隊に批判が集まらないようにするしかないだろうな」

「結羽ちゃんが手を出さなかったことには理由があったっていう感じ?」

「あぁ」と隊長は頷いてから視線を私の隣に向けた。「紋水寺、空木を発見した際、腐化はどこまで進んでいた?」

「ちょうど始まったくらい」

「では『発見した時、既に腐化が始まっていた』ということでも間違いではないな」

「うん」

 確かに間違いではないけど、言い方を変えたことでニュアンスも違ってくる。

 腐化開始から腐りきるの段階までを一から十で表すなら、莉乃の言い方だと発見時は一か、せいぜい二くらいの印象。だけど隊長の言い方なら二から五くらいの印象を受ける。つまり隊長は『莉乃が発見する少し前から腐化は始まっていた』ということにしたいわけで、それがどういうことなのかというと、

「空木の腐化はカフカを討伐する前から始まっていた可能性もあるな」

 こういうわけである。黙っている私達を尻目に隊長は独り言のように話を続ける。

「腐化中は身体もまともに動かせないほどの苦しみに襲われるという。あの空木がカフカを前にして動かなかった理由としては十分だ」

「でも結局結羽ちゃんが殺しちゃったんでしょ?」

「気力を振り絞って、という理由で記者連中が納得すればいいが、それが駄目なら空木が少女を放置する理由がないことを説明する。それでも駄目ならーー極力言いたくはないが、放置するのなら死ぬまで待つ筈だと言う」

「情が湧いたんじゃないか、とか言われるんじゃない?」

「そこで情に負けるような奴なら腐ったりしない」

「それもそっか」

 念のための口裏合わせはそれで終わり。隊長はこれから会議があるとかで出掛けていった。



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