098 植えた者は
2017. 1. 9
クリスタは、項垂れた様子で口を開いた。
《あれは、人が植えたものじゃ……》
「人が?」
「そんなはずはないだろう。あれは繁殖しない。木ごと持ってこなければ無理だ」
毒の木なのだ。絶やそうと思った事はあるが、増やそうとは思えないだろう。
《じゃが、いきなり木が現れてのぉ。木が密集しておったじゃろう。木の間に生けおったのじゃ》
「木ごと……」
確かに、下の方は枯れた木の間に件の木が生えていた。
「そんな事が出来る者など……」
ラクトでも難しい事だと思ったのだろう。自分に出来ない事をやれる者がいるはずがないと思っている。
そこで、今まで何かを感じ取ろうとする様子だったシルヴァがふと言った。
《……主よ。微かに干渉した者の気配が残っているぞ。この気配は……》
言われてファナも気付く。
「……これって、ボライアークのところで攻撃してきたヤツっ?」
ラクトを攻撃してきた者の気配だった。するとラクトが頷く。
「確かに奴だな。しかし……下の方だけではないな。この辺りまで来たのではないか?」
「……そんな感じするかも……ねぇ、クリスタ。会ったの? どんな奴だった?」
ここまで登ってきたとしたら、クリスタとも顔を合わせているはずだ。何より、そいつは、ボライアークのところでは宙に浮いていた。
丸い透明に近い色の膜がその者を閉じ込め、浮いていたのだ。
それも、地上にいるファナやラクトからかなり離れた距離と高さだった。山の頂上にまで来るのに、そう苦労はしないだろう。
《どんな奴かと聞かれてものぉ……衣で顔を隠しておったわ。変わった衣だったぞえ。灰色の……ローブのように見えたが、薄くヒラヒラとはしておらなんだ。衣についた布で頭から顔を隠しておったのだ》
「ローブじゃないの?」
ファナは顎に手を当てて考え込む。そこでクリスタに慣れてきたバルドが小さな声で言う。
「ヒラヒラってぇのは、下の裾の方だろう? 下に向かって広がっていく……」
これをクリスタはしっかりと聞こえていた。
《そうじゃが、その者のは腰の少し下辺りか……ピッタリと体にくっ付いておった。その上、ボタンと言ったか? それがなくてのぉ。だが、真っ直ぐ縦に線がある。それを、上の方から開けたり閉めたりしておってのぉ。その音がシャっシャっと聞いたこともない音がしておった》
それを聞いて、ファナには思い当たるものがあった。
「それって、もしかして……パーカー?」
《ぱ、かぁ?》
聞いた事もない言葉に、クリスタが戸惑う。ファナは改めて訂正する。
「パーカーだよ。パーカー。え〜っと……あったっ」
「それはなんだ?」
ファナが取り出したのは、紙が束になっている本だ。しかし、この世界にはないツルツルとした紙だった。その表紙には、この世界では読めない細かい文字と、女性の写し絵。
「なんと美しい……どこの絵描きの作品だ?」
ラクトは見惚れていた。その表紙の女性が美しいからだけではない。紙の中に閉じ込められてしまったような写し絵に見惚れていたのだ。
それはバルドと呆然とするノークも同じだった。
「スゲェ……生きてるみたいだ……」
「紙なのに光沢がある……鏡……いや鉱物か?」
ノークは薬師だ。薬師は総じて好奇心が強い。ただ、それが表に出にくいだけで、キラキラとした少年のような瞳で見つめていた。
ファナも、最初にこの本を魔女に見せてもらった時に見惚れ、その後、昼も夜もなく眺めていたのを思い出す。
「キレイだよね。師匠の生まれた世界の物なんだって。写真っていう魔導具で、こうやって姿を映しとるんだってさ」
「ならば、ここにこの者が居るわけではないのだな」
「そういうこと」
ラクトも興味深々なようだ。
「って、表紙じゃなくて、え〜っと……クリスタの見た服ってこれじゃない?」
《ほぉ》
ファナが本を開いて見せたのは、パーカーと呼ばれる服を着た親子のページだった。
読んでくださりありがとうございます◎
この世界の者ではないのは確実ですね。
では次回、水曜11日の0時です。
よろしくお願いします◎




