009 世間知らず?
2016. 9. 1
カウンターに行くと、ギルドの職員は緊張した面持ちで一枚の紙を差し出してきた。
「こ、こちらが今回の薬の鑑定結果と、報酬の明細になります……」
「へぇ、お、三十個とも……上手くいってたみたいだね。うん。そんで報酬……ん? これって、約束のより多くないですか?」
「はっ、はい! そ、その……最上ランクの出来でしたので、上限よりも上になっています」
設定されていた報酬金額の三倍以上になっていたので、少々驚いた。製作系の依頼は、その技術を持った者にしか出来ないということで、たいてい、他の依頼よりも報酬が良い。
その上に三十個という数と、高い完成度である事で、破格の報酬額となっていたのだ。ただし、ファナにはそれが高額なのかどうかの判断が出来なかった。
「そうなんだ。あ、支払いお願いできますか?」
「ぜ、全額でしょうか……」
「へ? そうですね……なら必要な分だけにします」
明らかにホッとしたような様子のギルド職員を不審に思ったが、とりあえず、バルドに借りていた分と、この後、要り用になるであろう額を持っていれば問題ない。
「お待たせいたしました。残りは、そちらのギルドカードに登録いたしましたので……ただ……」
声を落とした職員に、ファナは耳を近付ける。
「額が額ですので、申し訳ありませんが、その金額全てを用意できるのは王都のギルドくらいです……」
「あ、そうなんですね。分かりました。気をつけます」
「お願いします。お疲れ様でした」
「はい。ありがとうございます」
お金と明細を受け取り、カウンターを後にする。長くお金とは無縁で暮らしてきたので、相場も何も分からないファナだ。だがこれで、受け取った報酬は破格なようだと分かった。
バルドの待つテーブルに戻ると、食べ物が並べられていた。
「お、初仕事完了おめでとう。ファナも食べるだろ?」
「うん。そっか、お昼の時間過ぎてたんだ。お腹が空くはずだよ」
周りの冒険者達も豪快に食事をしている。先ほどよりも喧しくなったのはそのせいだ。
「俺も忘れてたんだけどな」
「バルドは仕事中じゃないの? あの人達は?」
「一応、護衛でついてるだけだ。薬師ってのは、貴重だからな。けど、当分出てこないだろう。適当に休まんとな」
「へぇ。そうなんだ」
椅子に座り、目の前の料理に手を伸ばす。机の下のシルヴァも、ちゃっかり食べ物をもらっているようだ。ドランも器用に布の中から首をチョロチョロ出して一緒に食べていた。
「ファナも気を付けろよ?」
「むん? なにが?」
少し冷めたスープを飲みながら尋ねる。
「なにがって、お前も薬作れるんだろう? そうだ。出来はどうだったんだ?」
「うん? あぁ、鑑定ね。これ」
「これって……簡単に見せ……っ!!」
気軽に鑑定の結果や報酬明細を見せるのに驚くバルドだったが、見えた内容に喉を詰まらせる。
「っお、おまっ、ぐっ、ちょっ、しまっとけ」
「へ? うん。どうしたの?」
かなり動揺しながら、周りを気にしてファナに紙を小さくたたんでから返すバルド。だが、何をそんなに慌てているのかファナには分からない。
「どうしたって……お前は本当に……いや、ここで話すのはマズイな。後で教えてやるから、先ずは食べろ」
「は~い」
バルドは、大きくため息をつき、困った子どもを見るようにファナを見つめるのだった。
◆◆◆◆◆
食事を終えたファナ達は、ギルドの職員に製薬室から薬師達が出てきたら教えてもらうように頼むと、ギルドの二階にやってきた。
そこには、小さな個室がいくつもあり、冒険者達が個別に話し合いが出来る場所となっていた。
その一つに入ると、ファナはバルドへ借りていたお金を差し出す。
「これ、返すね」
「なんだ。気にしなくてよかったのに。ここへ連れてきてくれた礼も出来てないんだぞ?」
「それ言うなら、道を教えてくれた分でチャラじゃない?」
「そうでもないと思うが……」
シルヴァに乗せてもらって、予定よりも遥かに早く町に着く事ができたのだ。門で代わりに支払った金額など、大した金額ではないとバルドは考えていたらしい。釈然としないようだが、ここで揉めるのもと思い、バルドは素直に受け取った。
借りていた物を返せたとスッキリした様子のファナは、次に気になっている事をはっきりさせようと尋ねた。
「それで? 何かマズかった? シルヴァ?」
《我のせいにするな。主は少し常識がズレているからな。そちらの方が問題だと我は思う》
「え~、そうかな?」
「いや……確かにシルヴァも、本来なら大問題なんだけどな?」
魔獣であるシルヴァに常識がどうのと言われるファナは、間違いなく問題ありだろう。勿論、ドランもだ。
しかし、ここで最も問題なのはファナの才能だった。
「あのな、ファナ。さっきも言ったが、薬師は貴重なんだ。継承するのも、才能ある者を見つけるのも苦労する。薬師の数は年々減り続けていると言われている」
薬師になるには、膨大な知識と、それに付随する経験が必要となる。薬師になれれば、安定した生活を手に入れる事ができるが、なるには時間がかかる。
途中で諦めてしまう者も多いという。何より、薬師に弟子入りするのに、かなりのお金がかかるというのだ。独り立ちできるほどになるには、財産を投げ打つ覚悟がいる。
「へぇ。本当に役に立つ技術だったんだ。師匠すご〜い」
《無駄にはならんと、日頃から言っておられたではないか。主は本当に、どうでもいい事は一瞬で忘れるからな》
「ヒドイ。昨日は記憶力が良いって褒めてたじゃん」
《訂正しよう。我が主殿は、都合の良い頭をお持ちだ》
「バカにされてる⁉︎」
だが、ファナも自覚がある。興味のある事や、身になる事はすぐに覚えるのだが、立ち寄る気のない町の名前や、今の国王の名前なんかも覚えられないのだ。
「こらこら。喧嘩をするな。ちゃんと聞け」
これでは話が進まないではないかと、バルドはため息をついてファナとシルヴァの言い合いを止める。
「いいか? それで、ファナの薬師としての能力は、間違いなく世界一だろう。クラウンなんてランクは、魔女様の為に出来たようなものなんだ」
「へ? 師匠の?」
プラチナの上など、つい数年前まで存在しなかったらしい。だが、魔女の作った物や使う魔術は、明らかにこの世界に今まであった最高ランクよりも上だった。
それは、はっきりとその差が分かるほどで、これによってクラウンというランクが追加されたのだ。
「そうだ。それでさっきの鑑定結果だ。俺も詳しくは知らないが、作った薬が三十個中、三十個同じランクで出来上がるなんてまずあり得ないはずだ。普通じゃない。その上、プラチナじゃなくクラウン。こんなのが広まってみろ。お前を取り込もうと、国だって動くぞ」
ファナには、いまいちその凄さの実感が湧かない。だが、普通ではない事は分かった。あまり周りに知られるべきではない事も分かる。
だが、やはりどこかズレていた。
「そっか……バルドが良い人でよかったって事だね」
「いや……おぉ……ありがとな……ちゃんと理解してるんだよな?」
《微妙だ。主にとっては、出来て当たり前の事だからな。我も気を付けよう》
ファナはしっかりしているように見えるが、実際は気まぐれで奔放な性格だ。周りを見る観察眼と、ドラゴンさえ屈服させる実力があるので、騙されたとしても反撃、追跡はお手の物だ。
しかし、騙された事に気付かない事はありえる。
「なぁんか、世間知らずのお嬢様の面倒を見てるみたいだぜ……」
《当たらずも遠からずだ》
「なに?」
《主はコレで、魔女殿に拾われる前はどこぞの貴族の令嬢だぞ》
「はぁっ⁉︎」
バルドが突然驚きの声を上げ、立ち上がる。その時、ドアがノックされたのだ。
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