089 とりあえず無視しておきます
2016. 12. 22
ファナは、俯いたまま談話室に入る。そして、真っ直ぐに両親の横を通り過ぎ、ラクトの前に立った。
「ファ、ファナ…….?」
どうしたのかと、ラクトがファナへ手を伸ばした時だった。
顔を上げたファナが、ラクトへ言ったのだ。
「兄さんがしっかりしなかったお陰だったんだねっ」
「んん?」
笑顔を向けられるのは嬉しいが、その内容は褒められたものではなかった。
「シスコンな兄さんが役に立ってるなんて、意外」
「ファナ? 褒めてないよな?」
「褒めてるよ? 兄さんのお陰だって言ったじゃん」
「そうか。ん? そうか?」
しきりに首を捻るラクト。笑みを浮かべるファナ。そんな二人を混乱しながら、両親は見ていた。
「お、おい……一体……」
しかし、父の声などラクトとファナは無視している。
ファナは、そうと意識しながらも、テーブルの上に残るお菓子を見る。
「あっ、まだこのクッキーあるじゃん。ねぇ、もらっていい?」
「いいぞ。向こうに運ばせよう」
「うん。そんで、みんなでお茶しようよっ。ジェイクも」
「私もですか?」
両親に背を向けたまま、ファナはラクトの後ろにいたジェイクにも声をかける。
しかし、当然ジェイクの視界には、困惑する夫妻が入っていた。チラリと様子を窺うように見ながらも、完全に無視しているファナを感心している。
ジェイクの心配は後ろにいる両親ではなく、家令としての仕事だろうと思ったファナが得意気に言った。
「大丈夫だよ。誰か来たら分かるようにしておくし」
「……そんな事が……」
「出来るよ? 師匠と地下の書庫に潜っちゃうと、上が分かんないからって、開発したの」
魔女は、何でも無いなら作ってしまえという人だった。作れる力があったのだ。不可能はない。
「さすがだな」
「うん。師匠は天才だよ」
両親には意味不明な会話だ。だが、さすがに気付いたらしい。
「まさか……お前は……」
「ファニアヴィスタ……」
唖然と呟く両親。お腹を痛めただけの事
あって、母親はファナの名前が思わず出たようだ。
けれどそんな両親に、相変わらず背を向けているファナ。ジェイクを真っ直ぐに見る。
「それじゃあ、コレを仕掛けて来て。門の所にね」
「はぁ……目!? ど、どこでも良いのですか?」
ファナがジェイクに差し出したのは、拳より一回り小さい大きさの目玉のようなものだった。
かなり不気味だ。ジェイクの表情は引きつっていた。しかし、ファナが何でもないように持っているのだ。受け取らないわけにはいかないと思ったのだろう。慎重に手を差し出した。
「なるべく上の方。手の届くギリギリから上ね。近付いて来る人と、門の前に立った人を勝手に認識するから」
「勝手にですか……?」
キョロキョロと目玉が動いていた。そして、手にするとその感触はねっとりとしている。
「付ける所にこっち側をくっ付けて、ジッと五秒以上目を見つめて『くっ付けて』って言うだけ」
「……分かりました……」
どこでもくっ付くよという声を背中に受け、目玉を持ってジェイクは部屋を出て行った。
残されたのは、数人の壁となっている使用人と先代の侯爵夫妻、そして、ラクトとファナだ。
「面白い形の道具だな。魔女殿の趣味か」
「師匠は、分かりやすい形が好きなんだよ」
「なるほど」
完全に両親を無視し続ける二人に、使用人達は気が気でない。そんな使用人達へ、ファナが言う。
「ねぇ、この辺のお菓子、離れに持って行きたいんだけど、手伝ってくれる? そんで、一緒に休憩しよ」
「は、はぁ……」
「承知しました」
「はい……」
そうして、使用人達がファナの指示に従って動き出した。
当然、面白くないのは先代夫妻だ。自分達を無視して動く事にイラつき、ついにはっきりとした声を挙げた。
「お前達っ! 私を無視して何をしている!」
そう言われても、使用人達は正しく当主の命で動いている。ファナの言葉は、そのままラクトの言葉になるという、少々特殊ではあるが、間違いのない判断だ。
そこでようやく、ファナは両親を見た。
「……」
上から下まで一通り観察するファナ。その視線は居心地が悪いようだ。
「な、何だっ。お前はっ……」
「似なくてよかった♪」
「「は……?」」
初めてまともに、ファナが両親に向けて発した言葉はそんなものだった。
読んでくださりありがとうございます◎
あえて無視してました。
ファナちゃんは、両親と話した事があったのでしょうか。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




