084 離れのお屋敷で
2016. 12. 15
離れにある小さな屋敷。元々、先々代が妻の為に用意した場所らしいのだが、使われた事はないという。
「綺麗だよね〜。もったいない。使おうよ」
「他の貴族の屋敷にもあるな。愛妾を囲う為だとか……」
バルドは当然だが、こういった建物に入るのは初めてで、使ってもいないのに、派手な内装の建物を見て、感心しきりだ。
「なるほどね」
愛妾を囲うなんて話は、ファナも多くの物語の書物を読んで知っている。これがそうかと納得していた。
しかし、そんな事を知らないバルドは、子どもに不味い事を言ったと慌てる。
「あ、いや、必ずしもそういう目的だけじゃないからなっ」
「んん? でも、この派手さはそれ用で
しょ。いいんじゃない? 男の見栄がはっきり見えるよね」
物語の中で、はっきりと明記されてはいないが、こういうものかとマジマジと観察するファナだ。
その様子に、バルドはどう弁明すべきかと考えていたのだが、ここでシルヴァが弁明する。
《主は泥沼な恋愛ものも読んでいた。だが、勘違いするでないぞ。魔女殿の趣味だ》
「……そうか……」
それならば仕方がないと思ったのだろう。ファナの趣味でなくてよかったと、バルドはほっと息をつく。
そして、トミルアートが説明した。
「ラクト様も使わないから、少し前に使用人達の休憩室になったんだ」
「もしかして、兄さんが当主になってから?」
「あぁ。ここの掃除もできるし、家は住まないと傷むから」
「へぇ〜」
装飾なんかはそのままにしてあるが、使いやすくはなっているらしい。改装も好きにしろと言われたのだとか。
「良いのか? 休憩の邪魔して」
「構わない。ファナを知ってるのも多分、いるだろうけどな……」
不意に声のトーンを落とすトミルアート。それに、ファナはどうしたのかと振り向く。
「トマ?」
「……なんでもない……」
そう言うが、そうは思えない。少し俯いてしまったトミルアートの顔を、心配しながら覗き込もうとすれば、前に立って歩き出してしまった。
案内されるまま部屋に入ったファナ。そこには、メイド三人が休憩中だった。年齢もバラバラな彼女達は、ファナが入るとハッとした顔で固まる。
「えっと……ここはお邪魔になるかもよ……?」
トミルアートに、楽しそうにお茶をしていた三人に悪いからと他の部屋へ案内してもらおうとした。
しかし、ファナがトミルアートの裾を掴んだ所で、メイド達は立ち上がり、高い声を挙げた。
「いやぁぁぁっ、ファナ様っ!?」
「そうよっ、ファナ様だわっ! 肖像画にそっくりっ」
「ラクト様っ、本当にお連れになったのねっ!」
「……うわ〜……」
歓迎されているのは分かる。三人は頬を上気させ、笑みを浮かべていたのだ。
「ね、ねぇ……トマ……早く違う部屋に……」
ファナは未だかつてこんな反応をされた事はない。どう反応を返したらいいのか分からなくて不安だった。
ファナはトミルアートの掴んでいた裾を引いていく。これによって、ファナが怯えているように思えたトミルアートは、ファナを隠すように半歩横にズレて彼女達から見えなくしてから言った。
「ファナが怯える。もっと声を落とせ」
感情があまり現れない声音。トマは本来、感情の起伏がほとんど見られない。
だからこそ、悩みを溜め込み、誰にも相談できずにいる事があったのだろう。先代に命じられて、ファナを置き去りにしてしまったように、追い詰められて行動してしまう事もある。
先ほどは、ファナに再会した事で、不安定だった心が揺れた為に大きな声を出したりしていたのだ。
これが本来のトミルアートの声のトーンだと思い出すと、ファナは少しだけほっとする。
しかし、このような声音は普通、攻撃的に聞こえてしまう。表情もほとんど表れないから余計だ。
「何よ、トマ。あんただけ独り占めするなんてズルいじゃない」
「そうよ。しっかり頭下げたんでしょうね?」
「私達にも謝んなさいよ。ファナ様が無事だったからよかったものの」
「……っ」
女性三人に勝てるはずがない。彼女達は、トミルアートを無視し、顔を覗かせるファナへ声をかける。
「ファナ様っ。このクッキー、私が焼いたんです。食べてみてください」
「このケーキもどうです?」
「さぁ、ここにお座りください」
「うっ……うん……」
なぜか、お茶会がここでも始まってしまったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
トミルアートは落ち着いてきたようです。
ファナちゃんを庇うのも、少しぶっきらぼうに言ってしまうのも、トミルアートの本来の姿なのでしょう。
女性三人にタジタジです。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




