080 あの日の罪を
2016. 12. 9
ジェイクの後ろから暗い表情で現れたのは、当時、庭師をしていた使用人だ。しかし、今は薬師のローブを着ている。
そして、ファナにはその男の顔に見覚えがあった。
「あなたは……」
彼の顔は忘れもしない。森にファナと出掛けた使用人だった。
「覚えておられますか? 彼はトミルアート。私の従兄弟に当たります。当時は庭師をしておりましたが……」
「うん……トマ……」
「……っ」
俯き、唇を噛むトミルアート。ファナはトマと呼び、慕っていた。それこそ、ラクトの代わりに兄と思ってよく遊んだ覚えがある。
「彼は、その……っトマっ」
ジェイクが話そうとすると、トミルアートはジェイクの手を振り払って廊下を駆けて行ってしまった。
その時、一瞬見えた横顔を見て、ファナは咄嗟にシルヴァへ命じた。
「シルヴァ。あの人を追って」
《承知した》
シルヴァも何か感じていたのだろう。食べかけのお菓子を珍しく放って、直ぐにトミルアートが消えた方向へ走って行った。
「ファナ。彼はどうしたんだ?」
バルドが問いかける。
「……うん……」
どう話すべきかと迷っていれば、ラクトが答えた。
「トマは、父に命じられてファナを置き去りにしてきた奴だ」
「ファナを? 父って事は、侯爵か……」
先代である侯爵の命令に背く事など、誰にも出来なかったであろう。バルドはそう思うと、ファナを捨てたという事実があったとしても、気の毒に思えてしまうようだ。
「ファナ。あいつに怒っているか?」
そう不意にラクトが問いかけてきた。
「ううん……だって、あの時トマは泣きそうな顔をしてたし、たからあそこに怖くても残ったんだもん」
ファナは、自分が森に留まらなければ、トマが困ると思ったのだ。きっと両親に叱られる。そう思ったら、動けなかった。
姿が完全に見えなくなるまで立ち上がらなかったのは、追いかけてしまいそうだったから。
ファナが怒っていないと聞くと、ジェイクが言った。
「トマはあの日、戻って来て、旦那様達に報告してから、直ぐにまた同じ場所へ向かったのです……」
「え……」
ファナはトミルアートの姿が見えなくなってから同じ方向へと走り出した。しかし、広い森で迷い、結局いつの間にか森の奥へと進んでいた。
魔女に拾われたのは、森の中心部辺りだったらしい。
「お嬢様を探して、獣に襲われたのか、酷い傷を負って、次の日の朝方戻ってきました。それから何度も自傷行為をするようになりまして……」
家令であったジェイクの父親が常に気を付けていたお陰で、これまで死ぬ事なく生活していたが、かなり酷い状態だったようだ。
何度も治療してもらう内に、薬草の事にも詳しくなったらしい。それでジェイクの父が、薬師になる事を勧めたのだと言う。
「お嬢様が生きているという事は、学園から戻って来られたラクト様からお聞きしました。ですが、トマは自分が許せなかったのでしょう……薬師見習いとなってからも、自身で新薬の実験台になったりと、自傷を続けているのです……」
毒を飲み、症例を知って、解毒薬を作る。死なないギリギリで、常に自分に罰を与えて来たと言う。
そんな様子を知って、ラクトも落ち着いたのだと言う。
「私も、最初は許せなかったが、異常な後悔の仕方でな。元々、あの愚かな父が命じた事。それを成し遂げた後、探し回ったと聞いては……あれを責められん」
使用人として正しい事をした。それがやるべきではないものであったとしても、使用人としては、その行動が正しい。
本来ならば、やり遂げた後であっても、主人が望む結果を否定したトミルアートは勇敢だろう。首にされるか、殺される事もあり得たのだ。
「ファナ。あれに言ってやってくれないか。許すと……ファナが許したとなれば、あれも落ち着くだろう」
「私からもお願いいたします」
そう言って、ジェイクが頭を下げると、部屋にいた使用人達が全員、同じように頭を下げたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
使用人仲間達も、トミルアートを責めてはいません。
ずっと心配してきたのでしょう。
では次回、一日空けて11日です。
よろしくお願いします◎




