008 弟子ですけど
2016. 8. 30
危うく薬の材料をお釈迦にする所だったと冷や冷やしながら、混乱する頭を何とか整理しようと試みる。
「あの小屋を師匠が消したってこと? 聞いてないよっ⁉︎」
《む? そうなのか? だが、貴重品は持ち出しているだろう?》
「そういう問題じゃないじゃんっ! 師匠ぉぉぉっ! 何してくれてんの!!」
魔女の事だ。今頃、綺麗な更地にされているであろうと想像しただけで泣けてくる。
鼻をすするファナを見て、大袈裟なと呆れながらシルヴァが言った。
《魔女殿は、最初から主を山から下ろすつもりだったのだろう? そうでなければこういった技術など、あの場ではただの宝の持ち腐れだ》
「ぐっ……」
ファナも気付いていた。新しい何かを教えられる度に魔女が必ず言っていた事がある。
『技術は金では買えぬが、金を稼ぐ。最もこの世で効率の良い生きる手段じゃよ。人の世は面倒だが、単純でもある。金さえ稼げれば、必要以上に人と関わらんでも良いからな。腕は磨いておけ』
お金など必要のない生活をしているというのに、なぜそんな事を言うのかと不思議に思ったものだ。また言ってるよと、何度呆れたかしれない。
けれど、今思えば魔女は、教えた技術が役に立つ場所である人の世で、ファナが生きる事を想定していたのだろう。
《まぁ、小屋はまた建てれば良い。元々、あれは魔女殿が建てたものだからな。時間をかければ難しい事ではないだろう》
シルヴァは、魔女がこの世界にやって来た当初から知っているのだ。隣人になった者として、その行動をつぶさに観察していたらしく、ファナの知らない事も良く知っていた。
「マジで? 私、家具ぐらいまでしか作れないよ……これは試されてる?」
小屋であっても、家を建てるほどの技術は持っていない。しかし、やってやれない事はないのではないかと思ってしまう。
《主……確かに魔女殿は試すのが好きだが、そこは別に求めていないように思うぞ……》
ファナは何でもチャレンジしたがる。目の前に出来る人がいたのだ。やれると思えれば、出来てしまう。これは、ファナの無自覚な才能だった。
「だって、師匠の最後の教えは『為せば成る』だもん。不可能はないよ」
《……あれは教えではないと思うのだが……》
《シャ?》
呆れるシルヴァの様子など、もう目に入っていない。
「うんうん。よしっ、こっちも出来た!」
そこで、薬が無事に完成した。保存の魔術を念入りに瓶にかけ、ラベルを貼る。その時だった。ノックの音と共に数人が駆け込んで来たのだ。
「部屋を空けろっ」
「へ?」
先頭を切って突然入って来た男がどけと言う。目を丸くするファナを半ば突き飛ばし、後に続いて入って来た者達が作業台に薬草を並べていく。
「急げ、火と鍋の用意っ。すり潰しも始めろ! 何だコレは。おい、さっさと作業台を空けろ!」
「なっ」
せっかく作った傷薬を、男は払いのけたのだ。慌てて作業台から落ちていく数本の瓶をキャッチし、倒れた物も回収していく。
その際、ホート病の治療薬も一緒に弾き飛ばされたが、傷薬と混ざって気付かれなかったようだ。色が明らかに違うのだが、男にはもう見えていないのだろう。
ファナが全て抱え持つと、そこにバルドが部屋の隅に置いてあった薬を持ち運ぶための籠を持ってやってきた。
「あれ? バルド?」
「すまんな、ファナ。この人達は、俺の依頼人に雇われた薬師達なんだ。一先ず、外に出よう」
「うん……シルヴァ、ドラン」
不機嫌そうなシルヴァは、ドランが潜む布を咥えて後をついてくる。今にもキレそうだが、ファナが苛ついていない事で抑えてくれているようだ。
部屋を追い出されたファナ達は、ギルドのホールにある飲食スペースに落ち着いた。
「悪かったな。それで、そのローブは?」
「あ、そっか。着たままだった。よくバルドは私だって気付いたね。フードで分かんなかったでしょ?」
そう話しながら、ファナは製薬用のローブを脱ぎ、鞄に詰め込む。すると、冒険者達の視線が突き刺さった。
ローブによって、今までファナだと気付かなかったのだろう。それなのに良く気付いたものだとバルドを見る。
「シルヴァがいたからな。後は声と体格だ」
「へぇ。さすがは冒険者。鋭い観察眼だね」
「ははっ。大した事じゃないだろ」
そこへ、ギルドの職員が駆けてきた。
「申し訳ありませんっ。製薬室は、まだファナさんの使用時間だと止めたのですが」
どうやら、あの勢いで止めるのも聞かず、突入されてしまったらしい。職員は本当にはすまなさそうに頭を下げた。
「いいですよ。依頼の分は完成してましたし」
「え? あ、え? 全部ですか?」
「はい。これです。あ、これ以外で三十個ね」
「ええっ⁉︎」
中にある一つだけ色の違う薬を取り除いて、籠ごと薬を見せた。
「そんなっ、三十個……あ、あのっ、このまま確認させていただいても?」
「いいですよ?」
「し、失礼しますっ」
どのみち依頼完了の提出をしなくてはならないのだから、ここで受け取ってもらっても構わない。ファナは早くお金を手に入れたいのだ。
その様子を見ていたバルドが不思議そうに尋ねた。
「もしかして、薬の製作を依頼として受けたのか?」
「うん。製薬は魔女の十八番だからね」
「魔女?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私の師匠だよ」
「師匠って、魔導師じゃないのか?」
「魔導師の分類になるとは思うんだけどね。師匠は魔女」
この世界に、魔女と呼ばれる職業や存在はなかった。魔女と呼ばれるのは、ただ一人。
「魔女……もしかして『渡りの魔女』様か?」
「そうだよ?」
ファナは当然の事のように言う。それがバルドには信じられなかった。
「待て……なら、フレアラント山脈が住処で……まさか、シルヴァは……白銀の……」
バルドは机の下で丸くなっているシルヴァを恐る恐る覗き込む。目が合ったシルヴァは、今更気付いたのかと目を細めて言う。
《それがどうした》
「っ、なっ、なら、ファナは魔女様の弟子で……」
「だからそう言ってるじゃん」
「マジかよ……」
バルドは頭を抱える。
「師匠って有名だったんだ」
「そりゃぁ、そうだよっ。作った薬は最上ランクと言われていたプラチナの上のクラウン。戦場で味方につければ、必勝。気に入らなきゃ、国さえあっさり滅ぼす最強で絶対の神とまで言われた人だ。そんで、そんな人の弟子なんてっ……」
周りの喧騒で聞こえない程度の必死に抑えた声で、そう熱を込めて言うバルドに、ファナはキョトンとしていた。
「弟子って言ったって、私はたまたま拾われた普通の子どもだよ? 師匠が凄いのは分かるけど、期待されるようなもんじゃないんだけどなぁ」
「普通っ?」
バルドは今一度シルヴァを確認する。そこで唐突にファナがカウンターを振り向く。
「あ、査定出たっぽい。ちょっと行ってくるね」
職員に呼ばれ、ファナは席を立つ。残されたバルドは、その背中を見送りながら固まっていた。
「普通……なのか?」
《我の主が普通なはずがなかろう》
「……だよな……」
そんな呟きも、ギルドの喧騒に消されていくのだった。
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