078 バカ兄貴
2016. 12. 6
ファナの風の魔術によって地面に転がったのは、十人ほどの男女だ。
門を入った辺りから既に気配は感じていた。そこから順番に集まってきていたようだ。
「一体、何をしているお前達」
そうラクトが声を掛ければ、全員が素早く立ち上がると、ラクトの前に出て正座した。
「申し訳ありません……」
一番年長らしい男がそう言って頭を下げると、全員が地面に頭をつける。
「なに……これ……」
「頭を下げるにしても低すぎるだろ……どんな恐怖政治を敷いてるんだ……」
思わずそうする事はあるが、さすがに全員が揃って頭を下げる所は見た事がなかった。
当たり前のように頭を地面に付ける使用人達を見て、ラクトが常にこうして頭を下げさせているのではないかと思ったのだ。
「ねぇ、兄さん……兄さんって偉いの?」
これだけの人を無条件で跪かせるラクトを見て、そういえば侯爵だったと思い出す。だが、いつものラクトのイメージでは、偉い人というファナの中のイメージに合わないのだ。そこで出た言葉だった。
「何だ? ファナ。一応、この屋敷の主だが……そうかっ、もっと偉くなって欲しいという事だなっ、では、今から国をっ……」
「何する気だ、バカ兄貴」
ファナは回し蹴りでラクトの背中を打った。
「痛っ……なにするんだい」
「バカな事考えるからだ。バカ兄貴」
「……うん……でも、こういうスキンシップも必要だな」
「ねぇ、バルド。こいつここに置いて行こっか。出られないように封囲術をかけてさぁ」
「賛成したいが、ここの人達が困るから止めなさい」
ファナを引き留めようと後ろから抱きすくめるラクト。鬱陶しそうにするファナ。そんな兄妹に呆れるバルド。
使用人達には信じられない光景だろう。しかし、なぜか暖かい視線を送り、中には涙ぐむ者までいた。
バルドの手の中にいたドランはいつの間にか羽ばたいて、お座りを決めるシルヴァの隣に舞い降りている。そして、二匹はこのわけのわからない状況を静かに傍観していた。
そこに、三十代半ばの黒服をキッチリ決めた男がやって来たのだ。
「ラクト様。お帰りなさいませ」
この礼の仕方はファナも覚えがある。執事だろう。確かファナが知っているのは壮年の男だったが、顔が似ているように思う。恐らく息子だろうと当たりを付けた。
「あぁ、ジェイク。ファナを連れて来たぞ」
「っ、お帰りなさいませ、ファニアヴィスタ様っ」
「うっ……た、ただいま……」
満面の笑みでもって帰宅を喜ぶジェイクにファナはどう反応して良いものかわからなくなった。
「ジェイク。ファナの部屋は万全だろうな」
「もちろんでございますっ。毎日掃除は欠かしておりません」
これには座り込んでいたメイド達も手を挙げ、万全だと答える。どうやら、ファナの部屋はラクトの命で常に掃除されていたようだ。
満足気に大きく頷くラクト。更に確認をする。
「よしっ、ベッドの搬入はまだか?」
「夕刻までには届くかと」
「いいだろう。届き次第、すぐにファナの部屋にな」
「承知いたしております」
万事お任せくださいと礼をするジェイク。その美しい所作に見とれて話の内容をスルーするところだった。
「……おい、バカ兄貴、まさか……」
ファナが胡乱気な目でラクトを見ると、ラクトは全く空気を読まず、嬉しそうに答えた。
「あの頃のファナのベッドでは小さいからな」
「……」
小さいわけがない。子どもにしては大きな過ぎるベッドだった。その証拠に、まだ少年だったとはいえ、ラクトが入り込んでも十分過ぎる広さがあった。
「キングサイズより、一回り大きくしてもらったからな。一緒に寝ても問題ない特注品だ。その上、王家御用達の特別な布団だぞ。フワフワのフカフカだっ。今夜から一緒に寝よう」
これでファナは他では眠れなくなるぞと高笑いを挙げるラクトに、ファナは思いっきり飛び蹴りを食らわしてやった。
「こんのっ、クソ兄貴がっ!!」
「グホっ……」
「ラクト様っ!?」
まだ少し距離のある玄関先まで吹っ飛んだラクトを、使用人達が慌てて追いかける。
「ファナ……気持ちは分かるけどな……」
「恥ずかしいわ! どこまでバカなんだっ」
《屋敷まで念願叶って主を連れて来られたという想いが、はち切れているな……》
《シャ〜っ》
そんなファナ達の一部始終を、とある人物が二階の窓から見つめていた。
ラクトの態度からファナの正体を知ったらしいその人物の視線は、今やファナに釘付けだった。
読んでくださりありがとうございます◎
お兄さんはブレません。
シスコン異常のラクトを、家の者は誰もおかしいとは思わないようです。
では次回、一日空けて8日です。
よろしくお願いします◎