076 帰る約束と新たな異変
2016. 12. 4
ファナはラクトの剣幕に頬を引きつらせて言った。
「え、えっと……だって、屋敷に行ったところで、そんなに変わらないじゃん……最終的に帰ろうと思えないだろうし……」
ラクトは以前、帰る場所を共有したいのだと言っていた。だが、ファナはそこを本当に帰るべき家だとは認識できないのではないかと思っていたのだ。
良い思い出など一つもない。ファナにとってあの屋敷は、窮屈で苦しい場所だった。
しかし、帰る事の出来る場所がある事は安心できるかもしれない。何処にいても、そこに帰れば待っていてくれる人にも会える。その安心感は、何物にも変えがたい。だがそれは、離れて生活している場合だ。
「それに、兄さんはいつだってこうやって一緒にいるでしょ? 私が何処にいたってついてくるんじゃない?」
「もちろんだ」
自信満々に当然だと言うラクト。この執着ぶりには呆れてしまう。
「兄さんがそこにいるんなら、帰る意味もあるかもしれないけど……だいたい、行くだけならいつでも良いじゃん?」
「……そう……だろうか……」
今でなくてはならない理由はない。先日の勝負での約束もあるが、行って何が変わるのかと思うのだ。それよりもファナ場合今、一人で頑張っているクリスタに一日でも早く会いたいと思っているのだ。
だが、ラクトも譲れないものがあるらしい。約束の事も思い出したのだろう。
「や、約束しただろう。それに、会わせたい者もいるんだ……」
「会わせたい人? 私に?」
ラクトは、ファナに帰って来て欲しいと思っている。その理由の一つに、会わせたい人がいたらしい。
理由があるならば、どうしようかと迷っている所にオズライルが言った。
「良いじゃない。ファナちゃんだって、一目実家を見ておくのも悪くないでしょ? むしろ僕は、彼がちゃんと仕事をしてるか確認して欲しかったりするんだ。あそこにあるギルドは、僕の弟子がまとめてるから」
「迷惑をかけてないか心配って事?」
「そういう事」
冒険者ギルドは、大きな町には必ずあるといっても良い。
ラクトの治めているハークス領。その主領地であるクルトーバにもギルドはある。そのギルドをまとめているのが、オズライルの弟子だという事だ。
ギルドは直接、国に関わる事はないが、領地が荒れれば、ギルドの役目も大きくなる。
守る力も失われ、領民達が路頭に迷う事になっては、冒険者達への依頼も増えてくる。
突然、領主が代わり、混乱もあるのではないかとオズライルは心配していたのだ。その上、ラクトは夜の数時間しか仕事をしないという。どうなっているのか、見て来て欲しいというのが本音だった。
「う〜ん……正直、私には領民が〜とか分からないけど、一応身内である兄さんが迷惑かけてるなら、何とかしないと、とは思う……」
ラクトは兄だ。ハークス家とはもう捨てられた時に縁が切れたと思っていたが、ラクトは特別だった。
幼い頃から変わらない執着と溺愛っぷり。鬱陶しいとは思うが、あっさり無下にしてしまえる思いでもない。
「そう思うなら、ちょっとした寄り道も楽しんで、ついでにファナちゃんの凄い所も見せびらかしてやったらいいんじゃない?」
オズライルがそう言うと、シルヴァとバルドも同意した。
《主を捨てた者愚か者共に見せてやるのだ。今の主をな》
「悔しがるだろうな……今じゃ、ファナは魔女様に匹敵する実力の持ち主だからな」
捨てられなければ今もないが、そんな事実はどうでもよくて、今のファナを見せてやろうと言うのだ。
「それは楽しそうかな」
「っ、ファナ、一緒に来てくれるかっ?」
ラクトが期待しながら詰め寄ってくる。これに苦笑しながら、ファナは頷いたのだった。
◆◆◆◆◆
ファナが屋敷に行くと頷いたその頃。
クリスタの住む山では異変が起きていた。
「これは……マズイぞっ」
「急ごう。ギルドへ報告するんだっ」
「それより先に、この辺りの人達を避難させないとっ」
毒の霧は、緑の色をしている。それが、下りてきている事に、木々の色と一体化し、今ま誰もで気付かなかった。
しかし今、確実に緑色の霧が、山の裾野近くにある道を消していたのだ。
「急げっ」
気付いたのは、たまたまそこを通りかかった冒険者達だった。六人のパーティ。彼らは半数を近くの集落へ向かい、避難を呼びかけ、残りは報告の為、ギルドへと走っていったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
お兄さんの願い、叶えてあげましょう。
とりあえず帰宅。
ただ、クリスタの方で何かあったようです。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




