070 撃退完了
2016. 11. 25
ラクトの術は、完全に風船の真上を捉え、真っ二つに切り裂いた。
「……生きてる?」
「わからんな」
光量も凄まじかった。あれでは生きていないのではないかとファナは冷や汗を流す。
しかし、ファナやラクトのやりとりを静かに見ていたシルヴァは、冷静な様子で言った。
《心配ない。寸でのところで飛び降りたようだ》
「え? どこに?」
割れると同時に弾き飛ばされるように風船から出たようだ。雷の光によってファナ達には見えなかったが、シルヴァには見えたらしい。
《あの森の北側だ》
《グルルル》
《ドランも見ていたようだから間違いない》
ドランは戦士団達が動けなくなってから、警戒する必要もないと丸まってお休みタイムに入っていたのだが、何者かの気配を感じて目を覚ましていた。
光の矢が飛んできた時も対処しようとしていたようだが、ドランの攻撃ではファナ達にも被害が出かねない。どうすればいいのかと混乱している内に終わっていたようだ。
《グルルッ!》
《ドランが、捕まえてくると言っているが》
「いや、構わん。それに、もう離れていっている。これで手を出してこない所をみると、そう大した相手ではない。相手にするだけ時間の無駄だ」
ラクトには、既に相手の力量が分かっていた。
《まぁ、変わった魔術を使っていたが、それほど強敵でもない、兄殿と主ならば、いつでも対処できるだろう》
「あぁ。そんな事よりもファナ、約束だからな。家に帰ろう」
「……兄さんはあの逃げたやつより、それが優先なんだよね……」
「当然だろう。知らん男より、ファナの方が大事だ」
それが今回の黒幕であろうと、関係ない。ラクトには関心がない事だ。
「男って分かったんだ……」
「あぁ。フードは被っていたが、骨格や背の高さからいって男だろう。何より、それと同調していた」
「それって……封印した?」
地面に置いてままの壺を指さし、言った。
「男で間違いない。根暗で、ひ弱な奴だ」
「……それが、これで分かるの?」
「なんとなくだ」
「……そっか……」
壺に集中していた事と、死霊となっていた男を見ていた事で、ラクトは色々と感じる所があったようだ。
《目的は分からなかったな》
「そういえば……あいつを捕まえられたらそれを吐かせられてスッキリしたのに……」
ファナはそう言って恨めしげにラクトを見た。
「……し、知った所で関係ないだろう。あれで退散するような者だ、ボライアークの相手になどならん」
「あれって……かなりのものだったけど……まぁ、確かに、ボライアークを直接どうこうできるような感じには思えなかったかも」
それほど魔力も高いとは感じなかった。変わった術を使ってはいたが、大陸の三大魔獣の一体であるボライアークを相手に出来るようには思えない。
「あと、あり得るとすれば、この国の混乱か。あれは王だったようだからな」
王が死んだ事で、この国は少なからず混乱するだろう。
そんな話をしている所へ、ボライアークとバルドが戻ってきた。
「帰って来たか」
丘を登ってくるバルドにラクトは苦笑し、ファナが手を振る。
「お帰り〜」
「すっかり日が落ちたな。遅くなってすまん」
「いいよ。タイムリミットはボライアークのお陰でないしね」
ファナがバルドを労い、最後の薬草の山を料理すべく歩き出そうとしたその時だった。
壺がカタカタと震えだしたのだ。
「何だ?」
ラクトも想定していなかったらしく、眉をひそめる。
そして、突然壺が爆発したのだ。
「危ないっ」
バルドは、壺の側にいたラクトを庇う。
「兄さん、バルドっ、大丈夫っ!?」
壺の細かくなった破片が、盾となったバルドの分厚い革のジャケットに当たり、バラバラと音がする。
心配するファナの声に、バルドが答えた。
「大丈夫だ。ラクトはどうだ?」
「……」
ラクトは驚きに目を瞠り、バルドを見て固まっていた。だが、バルドと目が合うと気まずげに目を逸らし、ぶっきらぼうに答える。
「平気だ……」
「そうか」
安心してラクトから離れるバルド。しかし、そんなバルドの袖から黒い影が入り込んだ事には、当の本人も誰も気付かなかった。
眉根をキツく寄せ、バルドを避けて壺のあった場所に屈み込み、確認するラクト。
「怨念も吹っ飛んだか……」
「跡形もないもんね……あれが爆発するなんて……」
「……作為的なものを感じるな……」
あの風船の中にいた男が仕掛けたのように思えた。
「何が入ってたんだ?」
そう言って事情がうまく飲み込めないバルドは、身を屈めて尋ねる。
「そういえば、ここに来る途中、空に物凄い稲妻が走ったんだが、見たか?」
「見たよ……」
「……」
凄かったぞと目を輝かせるバルド。それをやった本人は無言を通し、ファナは苦笑する。
《主、薬はいいのか?》
「はっ、速攻で一鍋作ってくるね」
「ファナ、約束、忘れるなよ」
「約束?」
「うわ〜……」
きっちり覚えていたらしい。
何のことかと首を傾げるバルドにも分かるように、ラクトが改めて言う。
「この後、真っ直ぐに一緒に家へ帰るんだからな」
「……は〜い……」
諦めたように肩を落とすファナとは対照的に、ラクトは満足気に腕を組み、嬉しそうな満面な笑みを浮かべている。
「はぁ……なんか、ここに居た意味もなかったなぁ……嫌な感じがしたんだけど……」
ファナは、自分の勘を信じている。今回は、この場に居なくてはならない何かがあると感じたのだ。それも、ラクトを見て思った。
先ほど、ラクトに向けて攻撃があったが、ラクトの方が完璧に対処していた。これならば、居た意味はない。
もちろん、この場にいた分、戦士団達への処置は早くなったが、そんなものはどれだけ時間がかかっても大丈夫なように、ボライアークの術もあった。
この場に居なくてはならないというわけではなかったように思う。
そう腑に落ちないという顔で丘を下り出したファナ。ファナを手伝う為に一緒に歩き出すバルド。
そんなファナ達に聞こえない声で、ラクトは呟いた。
「意味はあったさ……」
そう言って、ラクトはふっと笑ったのだ。
読んでくださりありがとうございます◎
元魔王様には誰も敵わないでしょう。
バルドに黒い影が。
誰も気付いていません。
どんな影響が出てくるのか。
では次回、一日空けて27日です。
よろしくお願いします◎




