007 魔女ですから
2016. 8. 29
きっちり一時間で薬草採取から戻ってきたファナは、職員にかなり驚かれた。
「も、もう集めて来られたのですか?」
「はいっ。約束の一時間ですもんねっ」
「え、ええ……」
受け付けをした職員は、当然だが依頼内容である『傷薬三十個作製』というのを確認している。
何年もギルドの職員として経験を積んで
きた事で、この内容にどれだけの時間がかかるかも分かっているのだ。
「その……材料は少し持っておられたのですか?」
「いいえ? 薬草はそんなに日持ちしないのが多いですし、物によっては効能が落ちますから、摘みたての新鮮なヤツを使いますよ?」
「そ、そうですよね……」
通常ならば、三十個分の薬の材料を集めるのに最低でも丸一日ほどかかってしまう。ファナはそれを一時間で済ませて帰って来たのだ。驚かないはずはない。
だが、ファナとしては、驚かれるような事ではないという認識を持っている。それが更に職員を混乱させていた。
「さ……三十個分、一気に作る必要はありませんもんね……」
「何か言いました?」
「い、いいえっ。ご案内いたします」
職員は平常心を保つ為、集めてきた材料は少しで、先ずは三十個の内の数個を完成させるつもりなのだと自身を納得させていた。期限のない依頼だ。数日かかっても問題はない。そんな職員の葛藤に気付いたのは、シルヴァだ。
シルヴァは耳が良い。職員の小さな呟きも逃さない。
《……やはり主は規格外か……魔女殿が言った通りだな》
ファナにも聞こえないシルヴァの独り言。シルヴァは魔女から言われていた。それは、シルヴァがファナとの勝負に負け、主従の契約をした少し後だ。
ともすれば『このような子どもになぜ負けたのか』と苛立ってしまう、未だ関係が不安定な時期だった。
『のぉ、シルヴァ。誇って良いぞ。いずれファナが山を下りたなら、その能力、技術がいかに優れておるのか分かるじゃろう。ファナはこの世界の本当の基準を知らん。まぁ、下界の者共を大いに驚かせてやれば良いて……ひっひっひっ』
実際は、こうして山を下りるまでにシルヴァは心からファナを主として認めていた。だからこそ、今の驚かれている状況が誇らしくて仕方がない。
《さすがは我が主だ……》
機嫌良く尻尾を振って、シルヴァはファナの足下で、こちらの様子を窺っている冒険者達にも得意気に澄まして見せるのだった。
◆◆◆◆◆
職員に案内され、ファナ達はギルドの奥へとやってきた。
「こちらが製薬室です。道具は全て好きに使ってくださって結構です。ただ、申し訳ありません。薬を入れていただく瓶が少なくなっておりまして……後で補充をお持ちいたします」
「わかりました」
備品を好きに使って良いとは有難い。ファナも道具は持っているが、今回は数が多い上に、時間もない。
今回の依頼はいつまでかかっても良いのだが、ファナは今日中にバルドへ返すお金を稼いでしまいたいのだ。ちまちま作っていられないので、大きさの異なる鍋や窯があるのは助かる。
職員が退出すると、早速集めてきた素材を作業台に並べた。
「さぁってと、作るぞ~ぉ」
《ほどほどにな》
《シャシャっ、シャシャっ》
《む、臭いのは仕方がない。我慢しろ》
《シャー、シャー》
《無理だと? ならば、換気口の下が良い……ここだ》
《シャっ》
袋状になった布を背から外し、口で咥えてそのままドランを運ぶシルヴァ。どうやら、ドランは部屋に染み付いた慣れない薬草の臭いが我慢ならなかったらしい。
換気口の下まで連れていき、シルヴァ自身もそこで丸くなる。そんな二匹を見てファナが気付いた。
「あれ? シルヴァ。ドランの言ってること分かるようになったんだ?」
《むっ? そういえば……》
《シャ?》
いつの間にか意思の疎通が計れるようになったらしい。
《なぜだ……》
「近くにいたからじゃない?」
《む……そういうことなのか……?》
《シャァァ》
考え込むシルヴァと、それに嬉しそうに寄り添うドラン。そんな二匹をそのままに、ファナは製薬の作業に取り掛かる。
しかし、その前にとファナは不意に動きを止めた。
「あっ」
《何か忘れ物があったか?》
「うん。これを着なくちゃね」
そうして鞄から引っ張り出したのは、黒く長いフード付きのローブだ。それをきっちり着込み、部屋の中だというのにフードも被る。
《……いつも思うが、暑くないのか?》
「別に。だって、このローブは通気性も抜群だし、冷却効果と、耐火性も備えてる。それに、服に臭いが付かないようにしてくれるんだ。魔女の特別なローブなんだからね」
ファナは薬を作る時、必ずこれを着て作業をする。熱い鍋の側でもこれを着ていれば涼しく、口元を覆う事も出来る布も付いている。魔女の製薬時の正装なのだと、教えられていた。
《そういうものだったのか……我は単に魔女殿から『魔女っぽいから』と聞いていたのだが……》
「それもある」
《……そうか……》
《シャ~っ》
何事も真似て学ぶ。形から入るのはある意味、理にかなっているのだ。
「さてと、傷薬三十個だったっけ。お、大鍋があるじゃんっ、これこそ魔女でしょ」
部屋の隅に、長く使われていないひと抱えより大きな鍋があった。それを先ずは綺麗に洗浄し、磨く。時間はかけない。魔術を駆使すれば、十分ほどだ。
同じくあまり使われていなかった様子の大鍋用の火焚き場を整えると、水を鍋に入れて火を焚べた。
良い温度になるまでの間に薬草によってすり潰す物と、火を通すものがあるので、素早く動く。
頭の中は、常に次の事を考え、それぞれの素材が最も効能の出る方法で、ほぼ同じタイミングで出来上がるように計算する。
その後、全ての材料が分量や濃度を適切に計られて鍋の中で一つになる。
「良い色……良い匂い」
グルグルと大鍋の中身をかき混ぜるファナは、最高の出来になると満足気だ。
そこに、職員が瓶を持ってやって来た。
「お待たせいたしました。こちらが瓶で……っ、な、何をなさっているのですか……?」
「へ? 傷薬を作っているんですが?」
「そ、そんな、一気に作れるわけが……あ、いや、失礼しましたっ」
「ん?」
職員は、何かを言いたそうにしながらも、瓶を置いて出て行った。その態度が気になり、ファナは大鍋の中身をゆっくりと混ぜながら首を傾げた。
だが、気にしている場合ではない。そろそろ良い具合なのだ。
「まっ、いっか。冷やして瓶詰めしなきゃね」
《良いのか? かなり不可解そうな顔をしておったが?》
「いいの、いいの。出来上がりのタイミングを逃す方が問題だからね」
その後、冷やす温度も文句なく、きっちり三十個分の傷薬が出来上がった。
「完成っ。時間もあるし、ホート病の薬も作ってみよっかな」
そう言って小さな本来の製薬用に使われる一般的な鍋を用意する。
《それはさすがに一つか》
「うん。そんなにあっても困るし、瓶もタダじゃないみたいだからね」
薬を入れる瓶は、ギルドで卸売りをすればお金はかからないが、そうでなければ当然、瓶のお金がかかるのだ。その分、他で売る場合は、それを上乗せして価格設定をする。
《カネとは厄介だな》
「ホントにね。まぁ、それで解決出来る事は多いけど、振り回されるのが癪ではあるかな。あって困らないけどね」
《人の世は面倒だ》
「だよね~。早いところ、イクシュバに行って山に帰ろう。あ~、でも本は欲しいな。師匠が全部持って行っちゃったし」
ファナと魔女が暮らしていた小屋は、残ってはいるが、中身は空っぽだ。全て魔女が持っていってしまった。
地下に作った書庫にも、今や一冊の本もない。
《だが、魔女殿は戻ってくるなと言っていたぞ? それと、あの小屋は恐らく二日前には消えているはずだ》
「へ? なんで?」
《魔女殿が綺麗に分解する術を仕掛けたと言っていたからな。避難指示も出した》
「……はぁっ⁉︎ うわっとっ」
手にしていた薬草の分量を間違える所だった。
ファナは魔女に頼まれた手紙を届ければ
、あとは好きに出来ると考えていた。用を済ませて、山へ帰ろうと思っていたのだ。
どうやらその思惑は、魔女の本意とは違ったらしかった。
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