006 お金を稼ぎます
2016. 8. 28
ノックの後、入ってきたのは壮年の男と先ほど対応していた職員だった。
壮年の男は、少し緊張した様子の職員の前に出て口を開く。
「あなたが渡りの魔女様のお弟子さんですか」
「あ、はい。ファナです」
魔女は様々な二つ名を持っていた。
『ファナ、おぬしはどんな二つ名を得るのだろうな』
それが、別れる時の最後の言葉だ。楽しそうに振り返りながら言われたその言葉は、ずっとファナの中に響いている。
「私はこの町のギルドマスター、ブランと申します。先ほど、イクシュバのオズライル様と連絡を取りました。あなたのギルドカードは、既にあちらで用意されているそうです」
魔女とそういう約束がされていたのだろう。
「そうですか。あ、なら今から仕事を受けるとかも出来ませんよね?」
「何かお受けになりたいものがありましたか? もし、そうであれば、仮で登録させていただくことも可能です」
「お願いします。知人にお金を借りてしまったので、この町にいる間に返したくて」
「そうでしたか。では、カードをご用意します。頼むよ」
「はい」
ブランはこれで失礼すると告げ、ファナが渡していた手紙を返すと部屋を出て行こうとする。だが、もう一つファナは確認しなくてはならない事があったと呼び止めた。
「すみません。この子達の使役獣の登録はどうすれば?」
「え?」
「使役獣……ですか?」
そう言って顔を顰めながらシルヴァを見る二人。どう見てもただの子猫にしか見えなかったのだろう。これに、シルヴァの方が苛ついたようだ。
《失礼な奴らだ。ほれ、これが我の本来の姿だ》
「ひっ!」
「あっ、は、白銀の王……っ⁉︎」
《うむ。人は我をそう呼ぶ》
ほとんどその姿を見たことがなくとも、伝説として容姿が語り継がれるほど、シルヴァの事は有名だった。
大陸三強魔獣の一つ『白銀の王』。稲妻と風を纏い、大地を疾駆する王であると。
「し、失礼をっ。まさか、そのようなっ……」
《まぁ良い。それと……布が千切れてしまったか……ドラン。おぬしも顔を見せてやれ》
《……シャ?》
「まさか、ドラっ……」
「ふっ……」
職員は倒れ、ブランはおろおろと顔を青ざめさせたまま動揺する。
ドランは知らない人に見られた事よりも、先ほどシルヴァの背から転がり落ちた事の方が驚いたらしく、状況が分からない様子でトテトテと歩いてシルヴァの下へと入り首を傾げていた。
「あの〜……それで、登録……」
《無理そうだな》
《シャ? シャシャシャ?》
「う〜ん。仕方ないか」
それから、混乱しているブランに椅子を勧めたり、倒れた職員を介抱したりと、落ち着くまでしばらく時間が掛かったのは言うまでもない。
◆◆◆◆◆
ファナは今、クエストボードの前にいた。
ボードは、二階にもあるらしく、そこでは実力ある冒険者達しか受けられない危険なリスクの伴う仕事の依頼があるという。
ファナはまだ新参だ。二階は関係ないと、一階の壁一面に貼られたクエストの数々をチェックしていく。
「赤いのが討伐。青いのが配達。黄色が護衛。白が素材の採取。緑がアイテム製作ね。へぇ……この辺って、ブルーキャットが出るんだ」
それぞれの紙の端に色が塗られており、その色によって依頼内容が分かるようになっている。他にも茶色が調査。黒色が国からの依頼となっていた。
ファナが目を留めたのは、ブルーキャットという凶暴で大きな猫の姿をした魔獣だ。牙と爪に毒があり厄介な奴だが、その牙と爪は、貴重な素材になる。
そんなファナに、忠告に来たらしい冒険者の男が言った。
「お嬢ちゃんには難しいと思うぜ? オススメは手紙の配達だな。それか草の採取だ。お遊び気分じゃ危険だぜ」
周りで様子を伺っていた者達も、クスクスと笑いだす。どうも、歓迎されていないようだ。
「なるほど〜。けど、その辺はやっぱ安いね。あ、薬の依頼あるじゃん。これにしよっと」
「おいおい。それは素材の採取も絡むんだぜ? 金だけで、考えなしか?」
こんどは大きな声で笑われる。しかし、ファナは構わずそれを取ってカウンターへ持っていく。
製薬用の部屋があるらしく、都合が良かった。余裕を持って一時間後に予約し、材料集めに出かけるとする。
「いくよ〜、シルヴァ。取り敢えず薬草採取」
《ミ〜……》
ただの子猫の振りをするのは不満らしいが、冒険者ギルドのマスターでも驚いていたのだ。ここではこれで通そうと先ほど決めた。
「おいおい、お嬢ちゃん一人じゃ、この辺りは厳しっ……」
そんな声を背中で受けながら、そのまま外へ飛び出し、町を出る。山育ちのファナは、とびきり足が速い。充分に町から距離を取るまでそれほどかからなかった。
《まったく、やはり人は面倒だな》
ここでシルヴァが不満を零す。
「仕方ないよ。まぁ、適当に受け流せばいいし、本当にウザかったら本性見せて脅してやればいい。どのみち、深く関わらなきゃどう思われてもいいしね」
《それもそうか。ならば、さっさとカネとやらを手に入れようではないか》
「うん。傷薬を三十個ね。ヒリヤ草と二つバナ。ユーシリアの実だから、手取り早く全部揃う場所は……」
《その場所ならば任せられよ。山二つ向こうだな。行くぞ》
「オッケー。ドラン、落ちないでね」
《シャっ》
そうして、町からは馬で駆けても半日近くかかる場所を目指すが、十数分で着く。その後、材料をかき集めること二十分。その帰り道。オウサン花を見つけ、バルドを思い出す。
「バルドの方、上手くいったかな?」
《ホート病とか言っていたな。それほど難しい薬なのか?》
「一応、難易度は五段階中、最高ランクのプラチナだからね」
この世界での段階評価は、下からコパー、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナが使われている。ホート病の薬はその最高ランクだ。
《しかし、主ならば問題なく作れるのであろう?》
「まぁね」
そう、ファナにとっては、ランクなど関係ない。どんな薬でも作れるのは、魔女仕込みだった。
《薬を作って渡してやれば良かったのではないか?》
「バルドが怪しまれるじゃん。だいたい、材料集めに走り回ってるって事は、薬師はいるんだろうからね。無用な波風は立てるべきじゃないでしょ」
依頼人がバルドにどれほどの信頼を置いているか分からない以上、手を貸すべきではないと思ったのだ。薬師のプライドも傷付けてしまう事になっては、バルドに迷惑がかかる。
《ふむ。だが、気になっているのであれば、材料を帰るついでに集めて、暇潰しに作っても構わんと思うぞ》
「そうだねっ。時間もあるし、集めて帰ろう。ついでだもんね。そんで、そのついでに色々集めて帰ろっと」
《主の悪い癖が出るな……》
ファナは、暇があればいくらでも薬を量産する。それが最高ランクだろうと何だろうと関係ない。止めない限り、材料があるだけ作り続けるのだ。
「何か言った?」
《いいや。それより、あまり夢中にならぬようにな。残り十分と考えられよ》
「りょうか〜い。なら、シルヴァは時間見てて」
懐中時計をシルヴァの首にかけると、ファナは宝の山を漁るように、今後必要になりそうな薬草を次々に採取していったのだった。
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