057 王の愚行
2016. 11. 7
やけにあっさりと男が納得したなとバルドは不思議に思っていた。
体は砂だらけ。木の枝や葉もついている。そんな状態にされ、更にラクトのわけのわからない力で立たされていた。
命令もし慣れているような男が、これだけの事をされて黙って納得するものだろうか。
トボトボと自分が転がって出来た道を丘に向かって歩いていく男。その男の後をバルドはついていく。
男の力ない背中を見ると、本気で申し訳ない気持ちになる。
木の合間から丘が見える頃、男がバルドへ不意に問いかけた。
「あの男は何者だ?」
「え、あ、ラクトですか。何者かと問われると困るのですが……」
まさか、大陸でもこの国と並ぶ大国の侯爵だと正直に答えられるはずがない。
そんなバルドの困惑を思ってではないだろうが、男は言った。
「答えられぬならば良い。すまぬな……ただ、あれほどの知識と威厳……私にはないものだ。そして……この国の王にも、もはやありはしない……」
「……」
男は語る。その口調は穏やかで、無礼なと叫んだ初めて対面した時とは、雰囲気が明らかに違っている。
「私は、今の王の末弟でな。形ばかりの戦士団の団長だ。昔は、兄達を退けて王になろうという野心もあったが、あの場に収まってしまうと、楽でな。このようにブクブクと醜く膨れてしまった」
自嘲気味に笑う男に、バルドは苦笑するしかない。
「甘言に騙されず、多くの情報の中から真実を探し出す事。口にする言葉に迷いがあってはならない。いつでも確信と覚悟を持って告げよ……王となるならば忘れるなと祖父に言われたのだ……兄上も忘れてしまったのだろうな……私が諭さなくてはいけなかった……」
男は静かに後悔していた。ラクトは、それを思い出させる程の風格を持っていたのだ。
「思えば、あの予言者が来た時に感じた不安はこれだったのかもしれん……」
バルドにはその時、男が少しだけ大きく見えた。それは、丸めていた背中を伸ばしたからだ。今は、何かしらの決意を持って、丘へと真っ直ぐに目を向けている。
丘では、作戦を何とか遂行しようとする戦士団達がジリジリと進んでいるようだった。
森を抜け、それを見上げた男は、一度立ち止まり、息を大きく吐く。
「さて、撤退させよう。地の龍の怒りを買う前にな」
そう笑みを浮かべる男。地を踏みしめ、力強く戦士団へと向かっていく。
しかし、その時だった。
「何をしているお前達!! 早く邪龍を退治するのだ!」
その声が聞こえたのは、バルドと男がいる場所からはかなり離れていた。
「……兄上っ……」
「兄?」
「あぁ……現王だ。なぜこのような場所へ……兄上!」
男はまさかの兄王の登場に動揺しながら、駆け出した。残されたバルドはどうしたらよいのかと固まる。
そこへ、ラクトがやって来た。
「なんだ、あれよりも大きいのが出てきたな。あれでは馬が不憫だ」
「……ラクト……」
ラクトはファナが今どうしているのかを知りたいからと、少しの間一人であの場に残り、気配を探っていたのだ。
こちらへ来た所を見ると、ファナもここへ向かって来ているのかもしれない。
「私達はファナを迎えよう」
「いや、アレはどうするんだ?」
バルドは王だという男と揉め出したのを見て指し示す。
「どうでもいい。説得するのは、真実を知ったあの男の仕事だろう。あとは、ファナが来るまでボライアークが無事ならば問題ない」
「……」
他人の事など、ラクトにとっては気にする事ではない。全てはファナの役に立てるかどうかだ。そして、あわよくば褒められ『兄さん』と呼ばれたい。
ラクトはまるで戦士団など人として目に入っていないように、構わずシルヴァがいる丘の真ん中を目指して歩いていく。
「邪魔な木が壁ぐらいにしか思えてないな……」
普通、作戦中の戦士団の中を突っ切ろうなどとは考えないはずなのだが、ラクトは構わず進んでいくのだ。
呆れながらも、自分も行くかと歩き出す。すると、そこでまた大きな声が聞こえた。
「お前がそんなに愚かだとは思わなかったぞ。邪龍は退治せねばならんのだ! そこをどけっ」
「兄上っ」
聞く耳など持っていないだろうとは、バルドも内心思っていた。傲慢な顔というのだろうか。表情に出てしまっている。あれでは下の意見などほとんど通らないだろう。
「……はぁ……」
ため息しか出ない。ラクトにも男の大声は聞こえているはずだ。
「ラクトなら『仕事の一つもできんのか』とか言いそうだな。不憫な……」
バルドには、王弟である男に奇妙な親近感を覚えていた。ここに来るまでの話がいけなかったのだろう。何より、話の分かる者だと思ったからだ。
王は、どうやらシルヴァと合流したラクトが目に入ったようだ。
「な、なんだ、あの獅子は……退治せよっ。邪魔をするものは排除するのだ」
そこで何か王から狂気のようなものを感じた。
「なんだ……?」
何かに突き動かされているような、そんな印象を受けたのだ。それに、ラクトは確信を持っていたらしい。
「お前は一体、誰に操られている?」
そのラクトの言葉は、なぜかこの場によく響いたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
操られているのでしょうか。
弟も何か違和感を感じていたのかもしれません。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




