053 大地に降り注ぐ
2016. 11. 1
ファナは神樹を中心にして、上空へ大きな水の塊を出現させた。
それが雨のように一帯に降り注ぐ。豪雨と言っても良いほど、視界を奪うくらいの勢いで落ちていく。
水が全て落ちきり、神樹の葉から水が滴るのを見ながら、ファナは静かに降り立った。
「消えたね」
《シャ……》
うんうんと満足気に言うファナに、ドランは呆れているようだ。
当然だが、被害は魔術師にも及んでいる。この場に立っている魔術師はいなかった。それも、呆然として動けなくなっていたのだ。
しかし、思うように働かない頭でも、幾つもの死線をこれまでにくぐり抜けてきたようなベテランの魔術師には分かったのだろう。
倒れている仲間達を確認しながらも、ファナへ声をかける。
「今の雨は……君か?」
自然の雨ではない事は明らかだ。魔術師ならば、雨を降らせるくらい出来る。だが、明らかにレベルは違った。
「火を消すなら一気にやれと師匠から教えられたから」
「そ、そうか……助かったよ……」
やり方はかなり乱暴だが、あのままでは、間違いなく数人は火に巻かれて命を落としていただろう。松明に染み込んでいた油が乾いた地面にも移っていたのだから。
「動けそうなら、この一帯から離れてもらえる? あの木、引っこ抜きたいんだよ」
「……え……」
ファナはここへ来て、注意深く距離を置きながらも、根の張り具合を見ていた。
神樹の気配はそれこそ、異世界からのものなのか、異質でとても感じ取りやすかった。
「根はそんなに広がってないんだよね……この枯れた一帯くらいまでしか伸びてない」
ぐるりと周りを見渡し、確認する。そして、一つ頷くともう一度魔術師達を見た。
「早くここからどいて。森の所までね。じゃなきゃ痛い目見るよ」
「わ、分かりました……」
魔術師達は、ファナが何者かは分からなくても、その力が自分達では及ばないほどのものだという事は分かっている。
先ほどから頭の上に乗っている得体の知れないものも気になっていたのだ。
ここはどれだけ体が言う事をきかなかったとしても、地を這ってでもこの場から離れるべきだと判断した。
「ほら、急ぐぞ」
「あぁ……」
「肩を貸そう」
声を掛け合い、お互いに支え合いながら移動していく彼らを、ファナはもう見てはいなかった。ファナは神樹を睨み付けていたのだ。
《キシャァァっ》
「嫌な感じ……」
ファナはとても強い感受性を持っている。物や生き物に対する感応力が高いのだ。魔獣を手懐けてしまえるのもその力の関係が大きい。
これは、魔女の素質の一つとされており、魔女としては必要な能力だった。ただ、何故か魔女達は総じて、己へと向けられる想いには疎いのが欠点ではある。
ファナは今、目の前にある樹から、強過ぎる意思を感じていた。
「奪う……力を望む……それは分かる……けど、その奥にあるのは……誰の意思?」
この樹はただ貪欲に、力を、魔力を欲している。自分が成長する為に、まだ見ない実をつける為に。それは樹としてあって然るべき意思だ。
しかし、ファナが恐れたのはそれではない。その奥に潜む、憎悪にも似た感情。
「……これをこの国へ持って来た誰かって所か……」
誰かは知らない。だが、この樹を悪意を持ってこの地に植えさせた者がいる。
《シャァァァっ》
「分かってる。可哀想だけど、この樹はこの世界では共存できない」
ドランが早くどうにかしようと頭を突っつく。不安で仕方がないのだろう。ドランとしては、この世界のものではない自分も悪く思われたくはないからということもある。
そして、遠巻きに感じるこの地に生きる者たち。彼らも、この異質なものに不安を感じている。
神樹も、生きたかっただけだ。それでも、共存ができないのならば、排除しなくてはならない。いずれ、この地を侵食し続ければ、力を得られるものもなくなっていく。そうすれば、この樹も生きてはいけないのだから。
「いくよ。ドラン」
《シャ、シャ、シャァァァァ》
ドランが勢いよくファナの頭から飛び上がる。それと同時に、ファナは後ろへ大きく後退した。
「あるべき姿に」
《キシャァァァ!!》
ドランの下に大きな魔法陣が現れる。小さなドランに対し、それは大き過ぎるものだ。しかし、次の瞬間、ドランの体が発光する。金に輝くそのシルエットが大きく急激に膨らんでいく。
そうして、光が砕け散り、魔法陣が消えたそこにあったのは、本来の大きさへと戻ったドランの姿。
《ギグァァァァ》
ドランは樹へ向かって体当たりをする勢いで飛ぶ。短い腕と、三つの首を器用に使い、その樹へ絡みつくと、大きな翼で上空へと引き抜こうとする。
《ギギっグァァァっ》
ファナは樹の根が上がってくるのを感じた。張り巡らされた根が、地面を盛り上げる。
先ほどファナが降らせた豪雨によって、乾き切っていた土が軟らかくなっている。それならばと、ファナは更に大地へ水を染み込ませた。
「これでどうよ」
《グガァァァ》
気合いの入った声と共に、一気に樹が大地から抜ける。すると、その樹が先ほどのドランが大きくなる時と同じように、光に包まれた。
《グゥ……?》
上空で樹から手を離したドラン。樹はそのままの場所で浮いたまま、ホロホロと砕けていく。
「これは……」
大地に落ちると、そこに緑が芽吹いた。まるでそれは、ツィンが言った神樹のようだ。
「どいうこと……?」
そこで気付く。異質な気配が光となった樹から離れ、小さな黒い塊となって、宙に留まっていたのだ。
ファナは杖で空へと舞い上がり、その近くへ行ってみる。
「……このままにしておくのは良くないね……」
何かはわからない。けれど、それが良くない物だというのがわかった。ファナは封印術で、鞄から出した小さな壺にそれを封じる。
全てを終え、改めて下を見れば、そこには先ほどまであった荒野はなくなり
、鮮やかな若葉の茂る大地が広がっていたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
これで神樹の問題は解決。
さて、ボライアークの方はどうなったのか。
では次回、一日空けて3日です。
よろしくお願いします◎




