005 冒険者ギルド
2016. 8. 26
ラクト王国。
シールス大陸には三つの大国と十の小国がある。その一つ。ほぼ中央にある大国がラクト王国だ。
ファナと魔女が住んでいた場所は、そのラクト王国の西の端。このシールス大陸の中央、斜めに広がるフレアラント山脈の山頂だった。
そして、フレアラント山脈の東側。ラクト王国の西の端にある町がユズルの町だ。
「……本当に、一日もかからなかった……」
バルドは、ユズルの町へ向かって急いでいた。ファナに出会ったのは、町まであと三日という距離。日が沈み始めた頃だ。
しかし、シルヴァに乗って駆けた結果。到着したのは翌日の昼前。月が高く昇る頃には夜営し、しっかりと眠った。そうして、朝の食事も摂り、再び駆け出したのは朝日が昇ってからだ。
それでも、昼前には着いてしまった。驚異的な速さだ。
「へぇ、これが町の外壁かぁ。近くで見ると結構高いんだねぇ」
《確かに。これでは我の跳躍でも飛び越えられんな》
ファナは町をぐるりと囲む外壁を見上げながら、子猫の姿に変わったシルヴァと話す。
「だね。あ、でも挑戦してみる?」
《うむ。やってみる価値はある》
《シャーっ》
「……やめてくれ……」
そんな一人と二匹の隣で、呆れたようにバルドが口を挟んだ。
小さなその声は、ちゃんとファナに聞こえていた。
「バルドってば、冗談だよ。試すのは、奇襲をかける必要がある時に取っとく。ほら、急がなくていいの?」
「おっと、そうだった。ファナはこの後、どうするんだ?」
不穏な言葉が聞こえたが、あえて聞き流し、そう尋ねるバルド。門に向かって歩くバルドの後を、ファナ達は着いていく。
「せっかくだから、町を見て行こうかな。昨日言ってたじゃない? イクシュバは大きい町だって。ちょっと慣れておくにはいいかなと思うんだ」
昨晩、食事をしながらイクシュバがどんな所かとバルドに聞いていたのだ。
イクシュバは、ラクト王国で四つ目に大きな町だという。ファナはこの六年。まともに人里に下りた経験がない。
森に山に海にと、シルヴァに乗って大陸中を駆けたが、移動中も町に寄った事はない。その必要性を感じなかったのだ。
食べる物は全て自然の物を採って食べていたし、届け物として魔女にどこかからか貢がれる書物や道具は、山の麓の小屋に取りに行けばよかった。
人と関わることになる町は面倒だからと、魔女も行かせたがらなかったのだ。
「そうだな。町を見ておくのはいいかもしれん。ギルドカードは持ってるんだよな?」
「何それ?」
「ん? いや、町に入る為の身分証だが? 他に何か身分証を持っているのか?」
「そんなのないよ?」
「……マジか……なら、金は?」
言われていくら持っていたかと鞄に詰めた中身を思い出す。しかし、すぐにお金なんてあっただろうかと顔を顰めた。
「ない」
「……おいおい……それでどうやって町に入るつもりだったんだ?」
「う〜ん。師匠の事だから……そっか。やっぱりシルヴァ。飛び越えよう」
《うむ。なるほど。これも魔女殿の試練の一つだな》
「だよね。それじゃ、おっきくなっ……」
「やめろっ!」
慌ててバルドがファナの肩を押さえつけるように掴み、片手でシルヴァへ待てと掌を見せる。
「だって、入れないんじゃ仕方ないじゃん」
「だからって強行突破しようとするなっ。仮で登録して、後で金を払えばいいんだ。審査に時間がかかるし、シルヴァと……ドランも調べられ……るだろうな……分かった。俺が保証人として金を払ってやる。町に入ったら、冒険者ギルドに行け。そこで正式に身分証を発行してもらうと良い。それと、シルヴァとドランをファナの使役獣だと登録するんだ。門番より、ギルドの方が免疫もあるからな」
問題になるのは、どうやら金がない事よりも、シルヴァとドランのようだ。
シルヴァは大陸で三強と恐れられる魔獣の一頭だ。本来の姿には驚かれるだろう。そして、ドラン。三つの首を持つドラゴンはこの世界には存在しない。
「わかった。そのギルドってので登録できれば、確か仕事ももらえるんだよね? じゃぁ、バルドがお仕事してる内にこっちも何か仕事してお金を稼ぐよ」
「あぁ。あまり無茶はするなよ?」
「うん。任せて」
そうして、無事門を通り、バルドと別れると、冒険者ギルドへとやってきた。
「ここ……か。大きな建物だなぁ。地下もありそう」
《うむ。広い空間が下にあるな》
小さな足でトントンと地面を踏みしめながら言うシルヴァ。
シルヴァが喋る所は、人に見られない方が良いとバルドに忠告されていた。今も例え隣にいたとしても聞こえない小さな声だが、主従の契約をしているファナにはその声がはっきりと聞こえているので問題ない。
ドランは再びシルヴァの背中に着けられた布の中に身を隠している。これも、バルドが見られるべきではないと言ったからだ。
「よし、行くよ」
少々気合を入れ、緊張した面持ちでそこに足を踏み入れる。
中には、鎧を着けた屈強な体つきの男達や、大きな武器を背負う者が数十人。彼らは冒険者だろう。
そして、茶色の同じジャケットを着た者達が奥にあるカウンターの中にいる。おそらく、同じ服装の者達はこのギルドの職員なのだろう。忙しなく動き回っていた。
ファナが入ると、皆の視線が瞬間集まってくる。そこに一人のギルド職員が駆けてきた。
「こんちには。ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
どうやら、ファナぐらいの年齢の子どもは、この場では珍しいのだろう。さらにファナは女だ。何の用だと確認したくなるのもわかる。
「え、あ〜……身分証の発行とこの子達の使役獣としての登録をお願いしたいんですが」
「承知いたしました。では、あちらのカウンターへどうぞ」
正直にこの子『達』と言ったのだが、それを気にする素振りはなかった。それよりも、職員は突き刺さる剣呑な冒険者達の視線からファナを守ろうと思ったようだ。
これに気付かない振りをして、言われたカウンターへ向かい、その窓口で番号の書かれたプレートを貰う。
それからすぐに小部屋へと通された。
「こんちには。それでは、身分証の発行手続きをいたします。出生登録はされていますか?」
「はぁ、多分」
「では、ご両親のお名前と、ご自身のお名前をこちらにご記入ください。確認いたします」
「それ、出生登録がなかった場合は、身分証を貰えないんですか?」
「いいえ、その場合はギルドが保証人兼、後見人となりますので、問題はありません」
「それなら……それでお願いできませんか?」
ファナは自分を捨てた両親を許していない。本当の名前も、魔女に拾われた時に一緒に捨てたのだ。ここで、また過去に囚われたくはない。
「分かりました。ただし、この場合、正式な身分証の発行がすぐには出来ません。この後、こちらの提示する仕事を幾つかこなしていただく必要があります。それでもよろしいですか?」
「はい」
なんだって構わない。どんな仕事か知らないが、負担になるようなものではないだろう。それよりも、両親と二度と関わらない事の方が重要だった。
「承知いたしました。では、お名前だけいただきます」
『ファナ』とだけ書き、その紙を差し出す。そこでふと思い出し、お使い先の事を伝えてみる事にした。
「あの、私、これをこの先の町のギルドマスターに届ける途中なんですが……」
ここで登録するべきだったのかと心配になったのだ。行き先も冒険者ギルド。バルドと出会わなければ、真っ直ぐに向かっていたはずだ。
差し出したそれを受け取った職員は、その手紙の宛名を見て立ち上がる。
「オズライル様へ……っここで少々、お待ちください。こちらは、お預かりいたします」
「はい」
慌てて部屋を出て行くのを見送り、椅子に深く腰掛ける。
「はぁ……なんだろう」
《よかったのか?》
「良いと思うんだけどなぁ。師匠も、冒険者ギルドだけは、どの世界でも悪くないって言ってたし」
《ほぉ。魔女殿が褒めるか》
魔女は人嫌いというより、面倒な事が嫌いなのだ。人と関われば、どれだけ注意していたとしても、問題が起きる。それが煩わしいのだ。そんな魔女が、唯一、関わっても良いと言ったのが冒険者ギルドだった。
「うん。珍しいよね。それに、山の下まで取りに行ってた荷物さぁ、ここのマーク入ってたんだ」
《なるほど。信用していたという事か。あの魔女殿がな》
信用というよりは、面倒な事になったとしても、関わる価値があると認めていたのだろう。
「まぁ、おかしな事になったら逃げれば良いし、様子を見よう」
《だな。では、のんびり待つか》
それからしばらくして、二つの足音が部屋の前で止まったのだ。
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