049 悪い龍?
2016. 10. 27
シルヴァは静かに語りかける。
《西の。久しぶりだ》
《……グォンゥゥゥ……》
すぐに応えるように声が響く。しかし、それはどうやらファナには理解出来ない言葉になっているようだ。
《……我が主だ。魔女殿の弟子でな》
何度か会話を繰り返し、最後に何かを訴える。
《……グォっ、グォォォ……》
《分かった。主と調べてこよう》
話は終わったと、シルヴァが離れて見守っていたファナの所まで戻ってくる。
「どうだった?」
《うむ。最初の異変は海からだったようだ》
多くの生き物達が突然死に、この近海から去っていった。それを正常に戻そうと、ボライアークは力を海へと多く流し込んだ。
しかし、その異常は中々解消できなかった。半年ほどをかけて落ち着きを取り戻したのだ。だがこの間、ボライアークは海に心血を注いでいた。それがいけなかったのだ。
そうして次に目を向けた時、森の一部が切り取られていたという。
《海に掛かりきりになっている間に、人々が森を荒らし出したらしい》
ボライアークにはそれがなぜだか分からない。しかし、突然、土地を荒らすようになり、今度は森を元に戻そうと力を使う事で、次第に消耗していった。
森を破壊する事は簡単だ。しかし、ボライアークは土地に力を与えるだけ。少々、草木の育つ力を助けるくらいだ。とても追いつけなかった。
《力を使いすぎたのだろう。それでも止めないあたり、頑固なのも頷ける》
シルヴァに言わせれば、こんな土地、さっさと見放してしまえば良いのだ。恩恵も知らず、愚かな行動をする人々に思い知らせてやれば良い。
「じゃぁ、ここを取り囲んでいた人達って、森を切り拓こうとしてる?」
《それが分からぬのだ。あの装備、戦士団のものだろう。武器も持っていたように我には見えた。森を切り拓く為だけならば、あのような重装備は必要ない》
「確かに……まるで何かを攻めようとしてるような……まさか……」
《うむ。我もそう思った》
思い当たったのは、彼らがボライアークを標的としているのではないかということ。
「でもなんで?」
《それを調べるべきだな》
「うん……バルドと兄さんの方で何か分かったかもしれないし、一度地上に戻ろう」
《そうだな。西の。調べてくるゆえ、辛いだろうが、もうしばらく我慢してくれ》
《グォォン……》
大地を震わせる声。それは、苦しみと悲しみに満ちている。
この場を後にしようと歩き出したファナだったが、ふと思い出して鞄から紙で包んだ何かを取り出す。それを開くと、中には、小指の先ほどの丸薬が幾つか入っていた。
「これ。魔力を補う薬。シルヴァも飲んだ事あるんだ」
《おぉ。確かにそうだ。少し臭いがキツイが、良く効いた。あれは、主との戦いの後だったか》
「だったね。作ったのに、中々飲んでくれなくて、最後は無理矢理飲ませたんだったよね」
《……思い出させんでもらいたいのだがな……》
シルヴァには苦い記憶だったらしい。
「飲んでみて。失った分の魔力が戻るまでには時間が掛かるかもしれないけど、かなり楽になるはずだから」
《我も保障しよう。今のおぬしの苦しみは、明らかな魔力不足だ。体が縮む程だから、相当だ。この薬でも、多少はマシというくらいだろうが、苦痛は和らぐはずだ》
そうシルヴァが言えば、ボライアークはゆっくりと首を伸ばし、ファナの手から丸薬を舌で舐め取った。
それから首の位置をまた元に戻すと、静かに目を閉じたのだ。
《行くか》
「そうだね。雨が止む前にバルドと兄さんに合流して、戦士団を止めないと」
事情を確認し、これ以上森を荒らさせないようにしなくてはならないだろう。
こうして、ファナとシルヴァは、再び地上へと戻ったのだった。
◆◆◆◆◆
バルドとラクトにギルドで合流したファナとシルヴァは、まず、置いていった事で拗ねるドランを宥めなくてはならなかった。
「ごめんって。これが全部終わったら
一緒に散歩しようね」
《シャ、シャ、シャァァ》
ギルドの隅の席である事で、ドランの姿が他に感知されていないのも幸いした。布の中に隠れたままならば、もっと時間が掛かったかもしれない。落ち着いた所で、ラクトが本題に入る。
「地の龍は悪しき龍なのだそうだ」
「ん? 悪しきって……どういうこと?」
唐突に聞き捨てならない言葉が出てきた。
「『目覚めた龍は、毒の水で海を穢し、大地と人へ病をもたらす』という予言が半年くらい前に流行ったらしい」
「それ……龍神様に失礼!」
「リュ、リュウジン?」
先ほど直接会ってきたファナにとって、もうボライアークのイメージは、清廉な神だ。悪しきなどと言われるのは我慢ならない。
「だが、実際に海が黒くなって、魚が獲れなくなったらしくてな。それに、作物の育ちが悪くて、病人が増えたとか」
バルドは、町の人々にもかなり聞き込みをしたようだ。しかし、結局はこの土地でボライアークの恩恵を知らず受けていた人々の見解だ。確かなものとは思えない。
「それ、何の病気よ……作物も言う程悪くないんじゃない? 山のこっち側の作物って、ボライアークの力で、一回りぐらい大きくなるって師匠が言ってた。それが少し小さかったってだけじゃないの?」
「……そこは、確認の仕様がないな……」
なんだか、こじつけクサイ。ボライアークに非などないと、ファナは確信している。
その時だった。冒険者達が数人集まってギルドからどこかへ出発しようとしていたのだ。そんな彼らの言葉を耳にして凍りつく。
「さぁ、雨も止んだし、悪しき龍退治と行こう」
「これで病気も治るだろう」
「収穫も元に戻るさ」
ボライアークを倒しに行こうとしているのは明白だった。
「……病気ってのを、確認しようか……」
「えっと……ファナ……さすがにその顔では薬師だと見られん。毒殺でもしようとする目だぞ……」
「いいんだよ、バルド。薬を飲ませる事に変わりないもの……」
「そ、そう……なのか?」
殺気立つファナに、バルドは表情を引きつらせる。
「では、ファナがその病人とやらを診てくる間、私がボライアークの護衛をしよう」
「え? いいの? 兄さん」
ここでラクトが協力してくれるとは思っていなかったのだ。
「当然だ。ファナが望む事は何だって叶えてやるぞ。それに、私もボライアークが悪いようには思えないからな」
ラクトは魔族の大陸にいる魔獣を召喚できるのだ。同じような強い力を持った魔獣は気になるのだろう。
「なら、シルヴァを連れて行って。ボライアークは精神的にも弱ってるから、あまり刺激したくないんだ。シルヴァがいれば、味方だって分かってもらえる」
「分かった。ではドランは……」
《キシャァァっ》
今度はファナと一緒にいると、ドランは人目も憚らずにお気に入りのファナの頭の上に飛び乗ったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
ボライアークが悪いとは思えません。
人の思い込み。
もしかして、誰かが扇動した?
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎