047 山を越えて
2016. 10. 24
ラクトが突然、得意気に呼び出したのは、黒い炎を纏う火の鳥だった。
「さぁ、これで山などひとっ飛びだ」
「ひとっ飛び……しそうではあるね……」
「ファナの事も大概だと思ったが……お前もだったな……」
あっさりとこんなものを召喚してしまうラクトに、ファナもバルドも驚愕を通り越して、呆れてしまった。
《ほぉ……焔のだったか》
「知っているのか? 向こうの大陸との行き来はなかっただろう」
ラクトはシルヴァが知っているとは思わなかったようだ。それは、大陸を渡らなくては会えないものだからだ。
シルヴァはゆっくりとそれに近付きながら本来の姿へ変わる。
《行き来はない。だが、何百年かに一度、夢で会った》
「夢で?」
何を言っているのだろうかとファナ達はシルヴァを見つめる。シルヴァは黒霧としばらく目を合わせると続けた。
《創世の昔、我らは一つであったらしい。同じ魂を分け、この世に散らばった。それ故、時折意思が交錯するというのが、魔女殿の見解でな》
「師匠の?」
創世の頃の話などという途方もない昔から、シルヴァ達はこの大陸に棲んでいたのだ。
《まぁ、我らには分からんがな。だが……こうして近付くと感じるものはある》
既に分かたれてから長い年月が経っている。もう一つではなく、個となっているのだ。いつでも感じられるというわけではない。
《妾にも分かる……》
「え……」
「黒霧……話せたのか?」
《主様と話すには必要がなかった故》
「あぁ、確かに。意思は分かるから問題なかったが……そうか。話せたのか」
言葉を解しているのは、分かったのだ。しかし、これまでラクトには、耳に届く声では聞こえなかった。
《黒霧か……優美な名だな》
そうシルヴァが言えば、誇らしげに大きな翼を広げた。
《そなたはどうなのだ? 白の。そなたも主人を……あれは……姫?》
「ん? ヒメ?」
黒霧が目を留めたのは、ファナだ。これに慌ててラクトが前に出て言う。
「ファナだ。私の今の……妹だ」
《妹……そうか……覚えてはおられぬか……》
「いいんだ。ファナはファナだ。私の大切な妹だ」
《承知いたしました。それと……そちらも今はこちらの騎士でありましたか》
今度はバルドを見る。黒霧はバルドやファナの前世を知っているのだ。少しばかり納得できないようだが、それでもラクトの意思に従おうとしている。
「バルドは今は冒険者だ」
《それはようございました。人の国の騎士になどには勿体ない》
「えっと……高く評価してもらってるようで、恐縮です……」
黒霧の視線にタジタジとしながら、バルドは頭を掻く。前世がどうのと言われても分からないが、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「それでだ。黒霧。私たちをあの山の向こうまで運んでくれ」
《承知いたしました》
こうして、小さな子猫の姿になったシルヴァも乗せ、一行は黒霧によってフレアラント山脈を越えたのだ。
山脈を越えた場所は、暗雲が広がっていた。おかげで黒霧の姿が目立つ事なく、降り立つ事ができた。
「降ってきそうだね」
「そうだな。それに……静かだ」
降り立ったのは、ボライアークの棲処があるという大国の国境辺りの森だった。しかし、鳥の鳴き声一つしない。これは異常だ。森を出てしばらく街道を進み、国境の町が見えてくる頃、雨が降り出した。
急いで駆け込んだ町。そこでは、雨のせいだけでなく、人通りがかなり少ない事に気付いた。
「よく分かんないけど……人、少なくない?」
「人口は、山のこちらとあちらでは、それほど違わぬはずだ。三大国の一つであるこのリガウスは、ラクト王国と同等の人口と広さがある」
ならば、ラクト王国の端のユズルの町やイクシュバ程度にはいるはずではないのか。そう考えていたその時、小さな地鳴りを感じた。
「振動してる? っていうか……なんか聞こえる?」
《これは奴の声だ》
「声?」
揺れているのではない。響いている感じなのだ。唸り声とでもいうのだろうか。
《苦しんでおるな……その理由までは、まだ遠くて分からぬが……》
そうやら異変が起きているのは確からしい。一刻も早く向かわなくては。
「この辺でまず聞き込むか」
「ギルドで話を聞いてはどうだ?」
バルドとラクトは、まずは冷静にと、状況を把握する為の情報をと考えたようだ。
「なら、バルドと兄さんは情報を集めてくれる?」
「それはいいが、ファナはどうするつもりだ?」
ファナは先ほどから、シルヴァと同じように、同じ方向を見つめている。よく見れば、シルヴァの背中に乗っているドランも、尻尾を震わせて翼を広げると、じっと見えない何かを感じようとしていた。
これに嫌な予感がしたのだろう。バルドがすかさず尋ねたのだ。
「先に行って見てくる」
「なに? だが、シルヴァに乗っていくつもりか?」
直接、黒霧でボライアークの棲処である森の傍まで行かなかったのは、ボライアークに敬意を示した為だ。
ボライアークは、自身の力を土地に流し込んでいる。そんな場所に土足でいきなり降り立つのは失礼だと黒霧もシルヴァも考えた。
それに、なぜかボライアークの棲処の辺りを囲むように、人がいるように感じたのだ。さすがにその只中へ降りるのはマズイとファナ達は判断した。
「ここで森を囲む理由を聞くんだろう?」
「うん。だから、それは任せる。大丈夫。降りたりしないし、見つからないように上から確認してくるだけだから」
「上から?」
そう言って、バルドはシルヴァを見る。ラクトも、まさかなと思いながらもドランを見た。
《シャ?》
《なんだ?》
「いや、上からと言うから……」
「黒霧では雨雲があるとはいえ、大きいから目立つしなぁ」
雨では、何かの拍子に空を見上げないとも限らない。それほど厚い雲ではないのも問題だ。
しかし、二人の予想は外れている。
「なんの問題もないよ。だって、私は魔女の弟子なんだからね」
そう言って、ファナは突如として自分の影から長い杖を出現させたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
ファナちゃんは魔女っ子さんです。
問題なんてありません。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎