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046 帰る場所といるべき場所

2016. 10. 23

ファナとバルド、シルヴァとドラン、そしてラクトは、オズライルから調査依頼を受けた次の日、イクシュバを出発した。


「なんで兄さんまで着いてくるの? 仕事は?」


そう、なぜかラクトがついてくるのだ。今や領主となったラクトは、当然こうしてクエストを受けて旅が出来るような立場ではない。


「なぜって、ファナがいるところが私の居るべき場所だからだ」

「……なにその理屈。鬱陶しい」

「うっ……そんなはっきり言うファナが懐かしい……突き刺さる言葉がとても心地いいんだ」


恍惚とした表情を浮かべ、思い出を探すように目を閉じるラクトに、寒気を感じた。


「ねぇ、バルド。こいつアブナイやつだよね? 撃退すべきものだよね? 寧ろ今すぐ視界から消したい」

「ファ、ファナ……目が何も映してないぞ……」


付き合うのも、受け答えを考えるのも面倒くさいと、ファナはラクトに対して何もする気がなくなってきているのだ。少々、目が虚ろになるのも仕方がない。


ただ、ラクトの方も必死なのだろう。帰って来てくれと言っても聞いてくれないファナに対する気持ちが、今の離れたくないという、常軌を逸した言動と行動を呼んでいるのだ。


《血縁であるから許されるが、そうでなければ本気で抹殺されても文句の言えない状態だな》

《シャ?》

「そうっ、私はファナの兄だっ。妹であるファナと居るのになんの問題もないっ。それなのにだっ……なぜバルドはまだ保護者面をしているのだっ」


兄という言葉で覚醒したラクトは、キッとバルドを睨む。どうやら当然のようにファナの隣を歩くバルドにご立腹らしい。


「心配するな。お前の保護者でもあるからな」

「なっ、なんだとっ!?」


バルドはどれだけラクトに睨まれたとしても何とも思わない。ここ数日で慣れたのか、聞き分けのない息子を持ったような気分なのだろう。あしらい方も落ち着いたものだ。


「それより、クルトーバに戻らなくてもいいのか? 夜にしか帰っていないだろう」


ラクトは、ハークス侯爵領の首領地である町、クルトーバに夜の間だけ帰っている。そうして、朝になるとまたファナにぴったりと張り付くのだ。


「あのようなちっぽけな領地の仕事など、夜の数時間だけで問題ない」

「ちっぽけって……ハークス侯爵領は国でもかなり広大だぞ……」

「所詮は国の一部だ。国ではないからな」


本当に何て事ないように話すラクトに、シルヴァが思い出した。


《そうか。兄殿は大陸を統べておられたな》

「……前世の話か」


そういえばそうだったとバルドは苦笑した。その呟きを聞き逃さなかったラクトが、バルドへ詰め寄る。


「っ、思い出したのかっ!?」

「何をだ?」

「……違うのか……」


一気に落胆の表情を浮かべて肩を落とすラクトを横目に見ていたファナは、ふぅっと息を吐くと、ラクトに言った。


「ほら兄さん。歩調を乱さないで。見てるこっちが疲れる。まだ先は長いんだから、こっち来て」


そう言って手を差し出すファナに、ラクトは目を見開く。


「それは、手……手を繋げという事か?」

「ちょこまか動くなって事。じゃなきゃ帰れ」

「手を繋ごうっ」


引っ込めようとしたファナの手を慌てて取ったラクトは、それから嬉しそうに黙ってついてくるようになった。


ファナは、落胆したラクトの寂しそうな顔を見て、辛かったのだ。


自分だけ、前世の記憶を持っているというのは、どんな気持ちなのだろう。


覚えているのに、知っているのに、相手は知らない。それは友人だったかもしれない。もしかしたら恋人も現れるかもしれない。その時、相手は他人でしかなかったら、それは孤独を感じる瞬間だろう。


「……兄さんはなんでそんなに、私に屋敷に戻って欲しいの?」


こうしていつでも会える力を持っているのに、なぜそこに固執するのかがファナには分からなかった。


「家は離れていても、必ず帰ってくる場所だろう? 帰る場所があるというのも重要だ。私が必ず帰る場所で、ファナが帰る場所。そこを唯一の場所として見て欲しい。ここが帰る場所なんだって確認して欲しいんだ」


穏やかな笑みを浮かべてそう言ったラクトに、ファナは呆然とする。


ファナにとって家は魔女と過ごした小屋だった。だが、小さなそんな小屋でも、確かに帰る場所で、そこに帰れば安心できるものだった。


しかし今、その小屋はない。ラクトの話を聞いて思った。帰る場所がなくなってしまった不安を、ファナは感じていたようなのだ。


また作ればいい。あの場所に帰れればと思っていたファナ。だが、そこにはもう魔女はいないのだ。


必ず帰ってくるという保証も本当の所はない。魔女は十年は必ず他の渡った世界に留まるのだから、この先十年は会う事はない。その先また十年、十年と帰ってくるかも知れない魔女を待って、一人で過ごす場所。


それはとても虚しい場所になるだろう。


そこにいれば必ず会える場所ではない。心安らげる場所でも、もうないだろう。そう思うと、ラクトの気持ちが理解できた。


「……そっか……なら、これが終わったら行ってもいい……」

「え……」


小さく呟かれたそのファナの言葉を聞いて、信じられないというように目を見開き、ファナを見つめるラクト。


その視線が気まずくて、ファナは目をそらす。頬が熱い気がするのは気のせいではないかもしれない。


すると、ラクトの手が温かく感じられた。力を込めて握られる。


「ファナっ。うん……うんっ、ではさっさと済ませようっ」

「さっさとって……そんなにさっさと行ける場所じゃな……っ」

「心配ないっ。ひとっ飛びだからなっ」


そう言って、ラクトはファナの手を離すと、前方に駆け出す。


そのラクトから魔力が湧き上がってくるのを感じ、充分に離れたラクトは次の瞬間、黒い大きな鳥を召喚していたのだ。


読んでくださりありがとうございます◎



今友人がいても、前世での友人が記憶を持っていなかったら、それは寂しく、孤独を感じるかもしれません。

ただ寂しいだけ。

約束が欲しいのかもしれませんね。



では次回、また明日です。

よろしくお願いします◎


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