041 ピンクの呪い
2016. 10. 16
ファナとラクトがギルドに帰り、仮眠室へ入ると、ノークが床に座り込んでいた。
そして、ファナを確認するとそのまま額を床に打ち付ける勢いで頭を下げて言ったのだ。
「申し訳ありませんでしたっ」
「うおっ」
まさか、開口一番にそんな言葉が出るとは思っていなかったファナは、さすがに驚いて飛び退く。
「なんだ、ノーク。私のファナに何かしたのか?」
「あ、いや……その……」
ラクトの問いかけに、ノークはゆっくりと頭を上げ、下を向いたまま呟く。
《この者は、主を製薬室から追い出し、更に後片付けを押し付けて出て行ったのだ》
「シルヴァ……わざわざ説明してやらんでも……」
シルヴァが前足で顔を掻きながら口にした説明に、バルドが微妙な顔をした。
「なんだと? 私のファナに、雑務を押し付けたとっ?」
「ほらみろ……」
《真実は隠しても為にならん》
もっともな事を言っているが、バルドには、これは火種を作っただけではないのかと思わずにいられないようだ。
しかし、それは杞憂に終わった。
「私の私の煩いよ。バカ兄貴」
「……はい……」
あっさりファナに退けられたラクトは、隅に寄って肩を落とした。これに、シルヴァとドランが慰めに入る。
それが気になったノークとバルドが微妙な顔で見るが、今はラクトなどどうでもいいと、すぐにファナへ視線を戻した。
ファナは腰に手を当て、ノークを上から睨めつけていた。
「女、子どもだと思って馬鹿にしたの?」
言いたいのは、あの時、下げずんだような目で命令した事についてだ。ノークはこれを素早く察した。
「い、いや……あの時は自分達以外、敵のように感じていた……のだと思う……」
ノーク達の精神はあの時、限界に近付いていた。ホート病という敵に勝とうと戦っていたのだ。薬でしか勝てないのだから、薬師以外は邪魔なものでしかない。
更に、あの場所も悪かった。材料を満足に取ってくる事もできない冒険者達のいる場所。それが仕方のない事だとしても、それをそうと割り切れるような余裕はとうになくなっていた。
仲間以外信じられない。そんな危うい精神状態だったのだ。
「ファナ。ノークは必死だったんだ。許してやってくれないか?」
見ているバルドの方が居た堪れなくなり、ノークを擁護する。
「ふんっ、まぁね、あの薬が難しいものだっていうのは私だって分かるし、あれだけの人達が一丸となって薬を作ろうとするくらいだから、それだけ、大事な人を助けようと思ってた事も分かるよ。けど、だからこそ、仕事は最後まできっちりしなきゃダメだ」
「……師匠にも言われた……使った器具や、使わなかった素材の切れ端まで、感謝しながら処理する……そこまでやって、薬が完成すると……」
時に危険な場所まで赴き、素材を採ってきてくれた冒険者に感謝する事。
高慢な態度では、良い薬は出来ないのだという事。
心を鎮め、素材と向き合う事で薬が真に完成する。そう薬師達は師匠から教えられるのだ。
「緊急なら、後片付けは後でもいい。けど、誰かに押し付けていいものじゃないの。そこんところ、ちゃんと心に刻みなね」
「はい……申し訳ありませんでした……」
十代の少女に、四十になる男が説教をされるなど、端から見れば異様な光景だ。けれど、この場の誰も変だとは思わなかった。
それは、薬師が薬師を諭す姿にしか感じられなかったからだ。
《なんだ。仕置はなしか?》
「シルヴァっ、まとまろうとしてんのにっ」
《主ならば問答無用でボコボコにするのも有りかと思ったのだ。らしくないではないか》
シルヴァはファナ命だ。ノークがどうなろうと知った事ではないというのが本心だったりする。
「いや、なんか、見えちゃったもん」
《何がだ?》
ファナが気まずげにノークから目をそらす。そして、小さく呟いた。
「……ピンク……」
「……」
ノークはそれを聞いて項垂れる。大の大人の男が情けなくも泣きそうな顔をしているようだ。
《おお、そういえばそうであったな。本当にキツイ色だ。あれは、上から目立つ方がいいからと魔女殿に言われて、主が小屋の屋根の色をピンクにした時だったか。凄い被害を引き起こしたほどだったからな》
「あれね〜……とんだ凶器だったわ」
ファナが作り出したピンクのペイント。それを屋根に着色してすぐに、とんでもない効果を表したのを思い出す。
「な、何があったんだ?」
バルドがゴクリと喉を鳴らし、尋ねる。
《鳥や、空を飛ぶ魔獣達が、バタバタと落ちてきたのだ》
「は?」
今や落ち込んでいたラクトも不思議そうにシルヴァとファナに注目している。
ファナはその出来事の異常さを思い出し、少々不貞腐れた様子でシルヴァの言葉に続けた。
「……あの発色って、目立つっていうか、目に痛いんだよね。見慣れないその色を認識した鳥とかが、驚いてさぁ……あるじゃん? 暗い所から、いきなり強い光を見るとチカチカする時。それで混乱して目を回すらしくて」
《あの頃は、肉に事欠かなかったな。たいてい、庭先に食料が落下していたからな》
「そうそう。でも師匠が数日で飽きちゃって、無難な茶色と白のツートンに塗り直したんだよね」
面倒だったと話をまとめるファナに、バルドは脱力していた。とんだバカ話だ。
「……本気で凶器かよ……」
ノークは改めて襟元から自身に付いた色を確認して、顔をキツく顰めながら目を瞑った。しかし、ラクトだけは真剣に何かを思案している。
「それは……使えそうではあるな……」
「ラクト、実用化しようとするなっ」
「兄さんって、逞しいよね」
これを利用しようと考えるとは、やはり抜かりない優秀な人なのかもしれないと、おかしな所で見直すファナだった。
読んでくださりありがとうございます◎
とんだ被害を出す、恐るべきピンクの呪い。
目に痛いのは迷惑です。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




