038 追って来ました
2016. 10. 11
名残惜しそうにするフレットが、目覚めた護衛二人を連れてギルドを後にするのを見送り、ファナ達はイクシュバの町を出て、次にどこへ行こうかという話をしていた。
「ファ、ファナっ、家へ帰ってきてくれるのではないのかっ?」
この場には、当然のようにラクトがいた。そして、女々しくも同じ言葉を繰り返している。
「行くとは言ったけど、真っ直ぐ向かう気はないよ。あくまでついでに立ち寄る系だから」
「うっ……なぜだ……なぜ帰ってきてくれない……そうか、奴らをこの世から消さなくては……っ」
不穏な空気を纏わせながら、ラクトは何やらブツブツと呟く。
「おい、ラクト。奴らってご両親の事じゃ……」
バルドがまさかと思いながらそう尋ねると、ラクトに睨まれた。どうやら間違いなさそうだと顔を青くする。
《主よ。兄殿を納得させねば、親殺しの罪を背負わせる事になるぞ》
そんなシルヴァの忠告に、ファナは何てことないように言う。
「バレなきゃ良いんでしょ?」
「……ファナ……今なんて……」
信じられない言葉を聞いたと、バルドはファナに目を向ける。
「だって、師匠が言ってたよ? 証拠を残さなければ何をしたって問題ないって」
「どんな極論だ!? 忘れなさいっ」
「えぇ〜。分かりやすくて良くない?」
「良くない! ラクトだけでも大変だなんだ。ファナまで無茶苦茶な事を言わないでくれっ」
妹であるファナが絡むと常識が崩壊するラクトと、常識そのものがまだ理解できていないファナ。
シルヴァは案外、人の世界での常識を知っているようだが、それでも全面的に頼りには出来ない。
これでは身が保たないと、早くも倒れそうになっているバルドだ。
「お、俺一人じゃ二人はキツイ……」
そんな弱音を吐いた時だった。ファナがふとギルドへ入ってきた人物に目を留めた。
「バルド……あいつ……」
「えぇ?」
投げやりに返事をし、反射的にファナの視線を追う。そして、目に映ったその人を見て、思わず立ち上がった。
「なっ、の、ノークっ」
「バルド、やっと見つけた……っ」
ノークは、青白い顔をしており、バルドを見た途端、糸が切れたように倒れこんだ。
「お、おいっ、ノーク!」
驚いて駆け寄ったバルドは、ノークを抱き起こす。そこへ、シルヴァが近寄る。
《心配ない。疲労による気絶だ。寝かせておけば良いだろう》
「そ、そうか……仮眠室を借りてくる」
バルドは急いでギルド職員へと仮眠室の利用許可を取りに行った。
そのまま寝かされたノークに、ファナがゆっくりと足音をさせずに近付き、顔を覗き込むように屈み込む。
「ふ〜ん……疲労回復薬を飲みながら、不眠不休で走ってきたみたいだね」
《うむ。馬も辛そうだな》
「シルヴァじゃないんだから、ここまで不眠不休なんて馬も保たないよ」
《当然だな》
ユズルの町からこのイクシュバまでを、恐らく、ファナ達が出てすぐに追いかけたのだろう。
それでも普通ならば丸一日と少しで到着できるものではない。
「ノークは、昔から早駆けが得意なんだ。馬をあまり疲れさせる事もない」
「兄さん」
ラクトは、仕方のないものを見るように眠るノークを見つめて、ファナの隣に屈み込んだ。
「何があったか知らないが、必死になって……ファナ、馬用の回復薬はあるか?」
「手持ちはないけど、すぐに作れるよ?」
「頼む。様子を見てこよう」
「は〜い」
ラクトはすくっと立ち上がると、ギルドの外につないだらしきノークの乗ってきた馬を見に出て行った。
《我はドランと待つ》
「わかった。すぐに戻るよ」
それから、バルドがノークを仮眠室へ運び、ファナは馬用の回復薬を調合した。
日が暮れる頃。ノークが目を覚ました。
「大丈夫か? ノーク」
「バルド……あぁ……少し無茶をした……」
「みたいだな。まったく、俺らはもう若くないんだ。昔のようにはいかんと自覚しろよ?」
「そうだな……」
そんな話をしている所を、ファナとラクトは遠巻きに見ていた。それに気付いたノークは、はっとして先ずラクトに目を留めた。
「っ、ラクト?」
「久しいな。ノーク」
「あ、あぁ……どうしてここに……ここはイクシュバだろう?」
ノークは、自分がどこにいるのか分からなくなったようだ。
「私がどこに居ようと、構わないだろう?」
「そ、そうだが……悪い、混乱しているようだ……」
頭を押さえ、俯くノーク。そこに、ファナが水を差し出した。
「薬の飲み過ぎ。仮にも薬師が、無茶な飲み方するんじゃないよ」
「あ、ありがとう……」
素直に受け取ったノークは、ゆっくりと喉を潤すように水を飲み干した。
「回復薬だって、万能薬じゃないんだから、飲んだからって全部が万全になるわけじゃない。わかってるよね?」
「それは……はい……」
反省はしているようだ。しかし、恐らくそうして無茶をした理由はファナにあるのも分かっている。
「なんで追って来たの? ちゃんとホート病の薬は効いたはずでしょ?」
「もちろんだっ。そうだ、君に礼をっ」
「へぇ……お礼参り? ヤるなら表出ようか?」
「いや、えぇっ!」
ポキポキと指を鳴らし始めたファナに、ノークはまたも混乱する。
「忘れてたよ。あんたを一発殴ってやろうって思ってたんだった……思いっきり、その顔が歪むぐらい強烈なのをね……」
「っ!?」
凶悪な顔付きになったファナに、パクパクとノークは意味のない口の開け閉めを繰り返す。その表情は、倒れた時と同じ蒼白だ。
「おいおいっ、待てファナ」
「止めないでよ。こいつに礼儀ってもんを教えないと……っ」
そう言って一歩ずつノークへ近付こうとするファナの肩を、バルドが後ろから掴んで止める。
そして、振り返ってラクトへ提案した。
「ラクトっ。ファナと二人っきりで出掛けたくないか?」
「是非っ!!」
「ちょっとバルドっ、離してよっ」
ファナには今、ノークへ一発お見舞いする事しか頭にない。バルドの言葉も聞こえてはいなかった。
「ギルドを出て右。二つ目の角を曲がった所にケーキ屋がある。そこのベリーショコラがイチオシだ。行って食べてくるといい」
「わかった! ほらファナっ。ニィにと美味しいオヤツを食べに行こう!」
「へ? オヤツ? ちょっ、ちょっと兄さんっ」
暴れようとするファナを軽々と横抱きにし、ラクトは部屋を出て行く。
「さぁ、行こうっ。楽しいデートだ!」
「離してよ〜ぉっ」
残ったバルドは、ホッと胸を撫で下ろす。今の弱ったノークに手を出されては死にかねないと思ったのだ。
この間に、ファナがどういうものなのかノークに説明しようと決めた。そして、真っ先にこれだけは明かしておく。
「あのな、ノーク。ファナはラクトの妹なんだ」
「……ラクトの……あの自慢の妹?」
これに、大きく頷いたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
礼と聞いてお礼参りになってしまうとは……危険な子です。
お兄さんもたまには役に立ちます。
では次回、一日空けて13日です。
よろしくお願いします◎