037 発病中です
2016. 10. 10
ラクトが一方的にフレットを敵視しているのだろうなと、誰もが察した。
「まったく、これだから貴様は油断ならない。私のファナに近付こうなどと……」
「あの……ラクト……」
「気安く呼ぶなと、前から言っているだろう。物覚えも悪いとは、どうしようもないな」
「……えっと……ごめん……」
ラクトを前にすると、更に気が弱く感じられる王子だなとファナは一歩どころではなく、数歩下がった気持ちで見ていた。
「どんな関係?」
「……そういえば、同い年なんじゃないか?」
「そうなの?」
犬猿の仲とは言えない。どちらかといえば、犬と猫だろうか。番犬よろしく吠えるラクトと、のんびりマイペースに近付こうか近付かまいかと悩む猫的な情景が見えてしまった。
フレットは、怖がっているというより、どう対応したらいいかと悩んでいるように見えたからだろう。
「君の妹さんだったのかい?」
「そうだ。頭も良くて、将来絶対に美人で、その辺の冒険者なんかより強くて、世界を震撼させる偉大なっ……」
「黙れ、バカ兄貴!」
「グフっ……」
大きく振りかぶり、ファナは空になって置いてあった瓶をラクトへ投げつけたのだ。
当たったのは頭ではなく、腹だ。クリーンヒットしたその瓶の威力は凄く、深く体が前に折れたかと思うと、足が浮き、そのまま風のようにギルドの外へと飛んでいった。
「……え……」
「……ファナっ、お、おい、ラクトっ!?」
目の前でラクトが吹っ飛んでいく所を見たフレットや、その周りにいた冒険者達は動けなくなっていた。
一瞬同じように固まっていたバルドだが、慌ててラクトの様子を確認しに出て行く。
「まったく、男が喋り過ぎなんだよ」
《そういえば、魔女殿がお喋りな男とは付き合うなとか言っていたな》
「そうなの?」
《主は、サムライのような渋いのが良いのだろう?》
「そうそうっ、何で知ってるの?」
《魔女殿の蔵書だろう? フジエモンの本にハマっているのは見た》
「いや〜っ。藤衛門様とのデートを見られてたっ!?」
魔女の蔵書は、異世界の物が大半だ。読めない物ばかりと言っても良いのだが、それをまた解明し覚えていくのがファナは好きだった。
そして、その声を聞いていた脅威の聴力をラクトは持っていたらしい。
「デ、デートっ……ファ、ファナがデートだとっ!?」
「っ、ラ、ラクト……大丈夫なのか?」
少々土が付いて薄汚れてしまっているラクトだ。お腹を片手で押さえ、ヨロヨロと再びギルドの扉をくぐる。
そのラクトの土のついた服を払いながら、支えるのはバルドだ。
「お前はまた、何を言ってるんだ?」
「聞こえなかったのかっ!? ファナがデートと言ったぞっ。相手はフジェーモだとっ!? それは誰だっ!」
「誰よ……」
はたして耳が良いのか悪いのか。
「煩いよ。バカ兄貴。ご飯がまだ途中なんだけど」
「はっ、ファナ〜っ、そんなに一緒に食べたかったのかっ……店員っ、気合いを入れて全種類のメニューを持ってこいっ」
「は、はいっ!!」
「……バカ兄貴……全メニューって……」
やっぱりバカだったかと頭を抱えるはめになったファナだった。
◆◆◆◆◆
結果どうなったかといえば、それほどメニューの種類がなかった事が幸いした。
それでも宿屋へ帰って処置するつもりだったフレットの護衛二人を仮眠室に押し込み、薬を飲ませ、彼や、周りの冒険者も合わせて宴会のような様相になってしまった。
「気前が良いなぁ、兄ちゃん。それも、妹想いの良い兄貴ときたもんだ」
「そうだろう、そうだろう。これを機に、ファナに悪い虫がつきそうになったら、是非とも追い払うよう、力を貸して欲しい」
「任せとけ! 俺ら全員、妹ちゃんを守ってやるからな!」
「おう、この町ではもう誰も手出し出来ねぇって」
とても貴族相手とは思えない冒険者達の態度にも驚きだが、これにしっかりと溶け込んでいるラクトにも驚きだ。
「……ねぇ、バルド……なんでこうなったと思う……?」
「そ、そうだな……」
ファナはとても居心地が悪い思いをしていた。バルドも微妙な顔をしている。
しかし、フレットは先ほどからラクトを眩しそうに見ていた。
「すごいな……冒険者達とあんな風に……」
「王子……」
なぜそんなにも羨ましそうなのかと、バルドが不思議に思っていれば、フレットが恥ずかしそうに答えた。
「いや、その……ラクトには昔から驚かせられる。皆が苦手としていた歴史の教師とも対等に渡り合ったり、後輩への剣の指導をして先輩達との対抗試合で勝ってしまったり……すごいんだ……」
「もしかして、王子とあいつは学友ですか」
「あぁ。それに、学園では私が副会長で、彼が会長だったよ」
「王子様が副会長?」
そう言ったファナに、フレットは笑う。
「彼は、一年の時から先輩達を差し置いて会長をやっていたよ」
「それって、やっぱり偉いって事なんだよね?」
「うん。会長は生徒の代表だからね。校長ともぶつかっては言い負かしていたよ。頼れる会長だった。僕なんかより、ずっとね」
自分が一番ではなかったという悔しい気持ちはあるが、それでもラクトには敵わないのだと思い知っているようだった。
「ラクトはなぁ……何でも軽くこなすし、腹の立つ時もあるが……なんか一人な気がするんだよな……」
「一人?」
「あ、それ、僕も感じていました。たった一人で先陣を切っていくような……そんな寂しい背中を見ていた気がします」
「そうなんだよ。何でも出来るし、理想が高い。なのに、周りが出来なくて苛つくとか、そうやって諦めるって事をしない。出来ないなら、出来るようにする」
ラクトを憎めないのはそこだ。先を行くのに、すぐに立ち止まって振り返って手を貸す。そうして周りが進んだら、また先へ行って、止まって振り返る。
側にいると、焦ったくならないのかと聞きたくなる。けれど諦めない。真摯に、一緒に進もうとしてくれるのだ。
「良いやつだよ、ラクトは。けど……シスコンはどうにかならんものか……」
「私を見てため息つかないでよ。悪いのはあっちでしょ」
「そ、その、良い兄ではないか?」
「ウザい」
「……」
「そうやってはっきり言っても治らんしな……」
今後の大きな課題だとため息をつくファナとバルドだった。
読んでくださりありがとうございます◎
シスコンはやはり問題です。
王子様はお兄ちゃんを嫌ってはいない様子。
寧ろお友達になりたいのかも?
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




