035 会いたいですか?
2016. 10. 7
ドランはファナが小さく切り分けたものを、次々に三つの口で呑み込んでいく。
「丸呑みはダメだってば、噛むの」
《シャ?》
何が駄目なのかが分からないという顔で三つの首を傾げるドラン。因みにフレットはまだドランを見つめて固まっている。
「噛むという概念がないんだ。仕方ないんじゃないか? 口が出てるからな。頬もほとんどないだろう」
「あ〜……確かに。頬袋がない?」
《シャ〜》
噛み千切るという事はできるが、嚙み砕くという事は出来ないのかもしれない。奥歯はどうなっているのだろうか気になる。しかし、ファナはその出来ない事を出来るようにしてみたかった。
「でも、舌もあるし、味は分かる?」
《シャシャ?》
「これとこれ、どっちが好き?」
そう言って、ファナは甘い蜜と、とろみのある辛めのスープを舐めさせた。
《シャっ》
「あ、甘い方が良いの? なら、味覚もそれなりに働いてるって事だよね。じゃぁ、噛んでみようね。味わって食べるの」
《シャ〜》
そうしてドランに食事の仕方をレクチャーしている間に、フレットが正気に戻ったようだ。
「ドラゴン……小さいな」
「ん? あぁ、元はこのギルドを踏み潰せるくらい大きいよ? 倒せなかったもんだから、小さくしてやったの」
「……え?」
事もなげに言うファナに、フレットは言葉を理解する事が出来なかったらしい。
同じように、ドランの事を話していなかったバルドも衝撃を受けて尋ねてくる。
「ちょっと待て。そいつ、倒そうとしたのか? 大きかったって……」
バルドには、ドランが従順なファナのペットにしか見えなかったのだ。
「そうだよ? 卒業試験でさぁ。それも、師匠も倒せずにずっと封印してたって言うんだもん。どうしようかと思ったよ」
《シャっ、シャっ、シャっ》
それでも今は仲良しなのだとアピールするように、ドランは嬉しそうにファナの手に擦り寄る。
「魔女様……」
バルドは、今更ながらにめちゃくちゃな事をする魔女に呆れたようだ。
「魔女?」
フレットは、次々に今までの常識とはかけ離れたものを見せられた事で、逆に冷静に頭が働くようになったらしい。バルドの口から出た魔女様という言葉に反応した。
「師匠は無茶を無茶と思わないからね。でも、ドランが出てきた時は、本気でどうしようかと思ったよ。これって世界の終わりなんじゃない? とか思ったからね〜、あははっ」
「……いや、笑えねぇよ……」
本気で世界が終わっていた可能性がありそうで、バルドは表情を引きつらせる。
「だって笑うしかないよ? 師匠の封印術って、本当に凄いんだからっ。そんな術を掛けて封印されてたのがドランだからね。三つの首があるとか、どんなよっ」
《シャ〜、シャ〜、シャ〜》
「その上、どこの世界から連れてきたかも忘れてる師匠も師匠だけどね」
「……異世界ってやつか……」
バルドにはもう、スケールが大き過ぎて、ついていけないらしい。
「魔女様というと……渡りの魔女様の事か?」
「そうだよ」
フレットは、今やバルドよりも落ち着いている。
「先ほどから師匠と聞こえるのだが、それは魔女様の事だろうか」
「そうだけど? シルヴァ、そろそろ限界っぽいから止めてやんなよ。いい具合に料理も冷めたから」
《うむ。頃合いか。暇潰しとしては楽しめた》
「っ、は……っ」
「うっ……」
「カガヤ、リビアっ」
ふっとシルヴァが視線を外すと、カガヤとリビアと呼ばれた護衛二人は、ゆっくりと崩れるように座り込む。
ファナの事で色々と頭を整理しようとしていたフレットだったが、慌てて駆け寄っていった。
「大丈夫かっ?」
「お姉さ〜ん。こっちの二人へお水」
「はっ、はい。ただいまっ」
最低限の気遣いは見せるファナだが、食事の手を止めることはしない。それは、シルヴァやドランだけでなく、バルドもだった。
《絶妙な温かさだな》
「シルヴァは、本当に猫舌だな……ドランは熱いのも平気で食べているが?」
《こやつは火を吐くからな》
「なるほど……」
王子とその護衛が座り込んでいるというのに、全く頓着しない。そんなファナ達に、周りの冒険者達もいつの間にか距離を取っていた。
「なんか、静かになった?」
《そうだな。これだけ人がいるのに珍しい。大人しい者達が多いのだな》
「……いや、みんな、テーブルごと離れていってるだろ……分かってやれよ……」
《なにをだ?》
今や、ファナ達の周りには、広すぎるスペースが出来ている。静かに、少しずつテーブルをずらしていった結果だ。
「料理が美味しいから、みんな食べるのに夢中なんじゃないの?」
「……明らかに隣の席との間隔が広がってるだろ……お前らを警戒してんだよ……」
「なんで?」
《失礼なやつらだな》
《シャ〜っ》
「……」
原因はこちらにあるのだと自覚させようとしたバルドだが、全く伝わらない。
最初はそれとなく観察していた冒険者達も、シルヴァが喋り出した所から、緊張しだした。
しかし、派手に動いて標的にされてはたまったものではないと、ゆっくりと距離を取っていったのだ。
命の危険を、幾度となく越えてきた冒険者達だからこそ取れる対応策だった。
「あ、あの。お待たせいたしましたファナさん」
その時、ギルド職員が恐る恐る近付いてきて伝える。
「もしかして、鑑定結果出た?」
「はいっ、これが鑑定結果になりますっ……それで、このまま引き取らせていただいてよろしいでしょうか?」
「うん。そんで、そこの王子様に渡しちゃって。出来れば、その二人は運んでやってよ」
「しょ、承知しましたっ」
未だに立ち上がれずにいる二人を見て、ファナが提案する。すると、遠巻きにしていた冒険者数名が立ち上がる。
「俺らが運ぼう。失礼すんぜ、王子さん」
「あ、あぁ、すまない。助かる」
肩を貸し、ようやく立ち上がったカガヤとリビアだが、目が虚ろだった。
「だらしないなぁ。これあげるよ」
あまりにも情けない状態だったので、ファナは手持ちの薬を一つ王子に差し出す。
「これは?」
「気付け薬。それ一本で十人分だから。宿に着いたら、一滴水に混ぜて飲ませてやって。飲んだ後、ちょい急激に眠くなるけど、目が覚めたら、気力とか精神力とか、ついでに体力も戻るから」
「あ、ありがとう……」
少しばかり特殊な気付け薬だ。そしてかなり強力だった。普通は、はっと目が覚めてお終いなのだが、回復まで出来る優れものなのだ。
そこに丁度、ギルド職員が注文されていた薬を持って来た。
「お待たせいたしました」
「あ、あぁ……その、また会えるだろうか」
フレットは、ファナだけでなくバルドにも目を向ける。
「さぁ」
「……」
「ファナ……」
どこまでも王子として見ないファナだ。返事も素っ気ない。フレットは、未だかつてこのような対応をされた事はなかった。
「だって、会う意味が分かんないじゃん」
「……え……」
「はぁ……お前なぁ……」
人付き合いというものを知らないファナ。周りの冒険者達も、揃ってフレットに気の毒そうな視線を向けていたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
王子様だからと態度を変えたりしません。
ファナちゃんにとっては、自分の敵となるか、それ以外かのどちらかです。
味方になるかどうかも考えていません。
では次回、一日空けて9日です。
よろしくお願いします◎




