034 衝撃を与えています
2016. 10. 6
バルドは、少し前から注がれる視線に気付いていたようだ。それは、先ほど席についたばかりのファナも感じていた。
「ねぇ、バルド。知り合い?」
「……どんな奴だ?」
バルドには、少々斜めではあるが、背を向けていてほとんど見えていないらしい。だから、向かいに座るファナからは見えるだろうと食事をしながら尋ねたのだ。
しかし、ファナはこの席に着く前に、彼らを見ていた。ファナは見たものを覚える天才だ。今更目を向けずともその容姿を伝える事ができる。
「う〜ん。三人いて、みんな戦士団の人と同じ服着てる。二人は護衛っぽいから、一人は隊長さんとか偉い人……にしては若いかな。兄さんと同じくらいなんだ。護衛の人はそれよりも上かも。茶色の短髪で真面目そうなのが先頭。黒髪で左目を隠してる愛想なさそうなのがその後ろ。守られてるのは、金髪で幸薄そうな感じのお兄さんだよ」
「……」
かなり偏見が混じっていそうに聞こえるのは仕方がない。ファナは見て感じたままを言っている。人と関わりを持たずにきたファナには、それしか言いようがなかった。
「あと何が知りたい?」
「いや、おう……充分だ……」
バルドは、本当に一度も目を向ける事なく説明をしたファナに驚きながらも、呆れた顔で頭を抱えた。
「なによぉ。ちゃんと合ってるからね?」
「そこは信用してる。お前が目も合わせずに言うから、その頭はどうなってるのかと思ったんだよ」
「え? だって、一度見れば分かるでしょ」
「普通はそんなマジ見したように覚えねぇよ……」
ファナにとっては、一瞬でも見れば記憶に残す事ができるのだ。それが特殊な事だとは知らない。
呆れたバルドが、視線の主がどういう人かと考える気がなくなるほどだ。
《だから言ったであろう。主は、見たものはすぐに覚える》
「あぁ、なのに、名前は覚えねぇんだな?」
《そうだ。名前を書いた紙かなにかを一度持ってもらえば良いのではないか?》
「……なるほど……名前の札でも用意してもらうか……」
「何の話?」
シルヴァとバルドの会話の意味が分からず、首を傾げるファナ。
《主。王子の名前を覚えているか?》
「ん? フレッツでしょ?」
《予想通りだ》
「……」
得意げなシルヴァに、ファナは更に意味が分からない。合っているのかどうかを問おうにも、バルドは完全に頭を抱えてしまっていた。そこに、真っ直ぐに近付いてきた者が答えをくれる。
「フレットだ」
「うん? 誰?」
その人は、護衛二人を退けてやって来たらしい。
本気で誰だと首を傾げて問うファナに、彼は弱ったようにもう一度言った。
「フレット・ラクトフィールだ」
「うん?」
まったくピンとこない。そんなファナに、バルドが補足する。
「この国の第一王子だ……」
「あぁ、へぇ、王子様かぁ」
「はぁ……」
自分で王子だと名乗らなかった事に、ファナは感心していた。王子ならば、偉そうに『我こそはこの国の第一王子だ』と、前のめりに胸を張って名乗るものだと思っていたのだ。
それをしなかった事で、少しだけ良い印象を持った。
「その王子様が、こんな所で食事でもしに来たの?」
「あ、いや、ギルドに仕事を頼んでいたのでな」
「あぁ、薬かぁ。王子様が取りに来るなんて、下っ端思いなんだね」
「こら、部下思いと言え」
「そっか。部下……部下ね。いい人だね」
「そ、そう、だろうか……」
真っ直ぐに正直に感じたままを口にするファナに、フレットはタジタジだ。こんな風におもねる事なく話をされるのは初めてだったのだろう。
その証拠に、護衛の二人が顔を顰めて警告する。
「貴様。子どもだとて、王子を侮辱するならば容赦しない」
「言葉には気を付けてもらおう」
そんな二人に応えたのは、優雅にテーブルの上を歩いて二人の前にやってきたシルヴァだった。
《ほぉ、どう容赦せぬのか知りたいものだ。貴様らこそ、我が主への無粋な態度は改めるのだな》
「っ!?」
「なっ!?」
息を呑む二人の前で、シルヴァは機嫌良く二本の尻尾をゆったりと振る。その表情は、笑っているように見えた。
「猫っ、がっ……喋っ……!!」
息を詰まらせながら、王子が言う。
「あらら。バルド。王子様は座らせた方がいいかも」
「だな……シルヴァ。やり合うならちょっと離れるか外でやれよ? 食事が台無しになる」
《ふんっ、わかっておるわ。どうせ、動けん。こやつら、いつまで我と睨み合えるか見ものだな》
護衛の二人は、シルヴァと目を合わせたまま固まっていた。文字通り、指一本動かせないのだ。ともすれば、呼吸も止めてしまいそうなほどの緊張感が満たしている。
「あ、お姉さん。飲み物こっち〜。あと、冷たいお水一杯、王子様にあげて」
「は、はい。ただいまっ」
ファナはまったく二人には無頓着だ。そして、バルドも王子しか気にかけていなかった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
「はい、王子様。お水」
「すまない……」
冷たい水が喉を通ると、フレットはようやく正常に息が出来るようになったようだ。
「あ、カガヤ、リビア……」
フレットは、今までに見た事のない二人の顔を見て、心配そうに名を呼んだ。
「大丈夫だよ。睨み合うだけなら、死ぬ事はないって。ちょっと死にかけるけどね」
「……」
圧倒的な強者から受ける威圧。それをまともに受ければ、実力のあるものほど精魂尽き果てる事になる。
ファナの見立てでは二人の実力はそれなりにある。おそらく、バルドと互角かそれ以上。となると、ゴールドは確実だ。
それ程の実力者ならば、シルヴァの本来の姿を幻視する事まで出来るだろう。力の差を感じ取り、神経をすり減らしていく事になる。
そうなると分かっていても、ファナは助ける事をしない。まるで関心を持たず、食事を続けていた。
今など、ファナの手元にいるドランへ、食事のアシストをしている。
「ドラン。丸呑みはダメ。ちゃんと噛んで」
《シャ、シャ、シャ〜》
「っ!? そ、それはなんだっ?」
不意に目に入ったドランに、フレットはビクリと身を震わせる。
「何って、ちょっと変わったドラゴン。ね、ドラン」
《シャ〜っ》
「っ、ド、ドラゴンっ!?」
その衝撃は大きかったらしく、フレットはしばらく口を開けたまま動かなくなった。
読んでくださりありがとうございます◎
びっくりな事の連続です。
ファナちゃんは当然ですが、バルドも慣れてきました。
口の利き方は気を付けて。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎