033 憧れのあの人
2016. 10. 4
フレット・ラクトフィール。このラクト王国の第一王子だ。
彼は、民達にも人気がある。それは見た目だけではない人柄に理由がある。
「お前達。また迷惑をかけているのではないだろうな?」
「フ、フレット様……」
そう言うフレットからは、高圧的な態度や温度は感じない。あるのは、本当に迷惑をかけていないかという心配だ。
フレットのそばには、常に護衛二人が控えている。彼ら二人も第一戦士団の一員だ。
王族近衛部隊から移動してきた二人の実力は、間違いなくどの戦士団の者よりも優れている。
そのうちの一人が、静かに膝をついたままの戦士団の者達へ歩み寄る。
「冒険者とのいざこざは起こすなと言われていたはずだが?」
「も、申し訳ございません……」
戦士団の者達も、彼らの力は認めている。同じ戦士団の一員としての立場であっても、頭が上がらないのだ。
「殿下、冒険者の方も同じようです」
「やり合った訳ではないのだな? ならば何が……」
怪我をしたような様子もなく、戦闘による汚れもない。それなのになぜ揃って膝をついているのか。フレットは首を捻る。
そこで、フレットの護衛二人は、揃ってギルドの中へと何かに引き寄せられるように目を向けた。
「どうかしたのか? リビア、カガヤ」
「……中に何かいます……」
「何?」
カガヤは、口数少なく、常にフレットから離れず、周りを警戒している。自身の気配は最小限に抑え、付き従う。彼はフレットの為の盾。最後の砦だ。そのカガヤが、鋭い目で警戒を促した。
対して、リビアは物事を冷静に判断する事に長けている。その目で先頭を切り、状況をいち早く理解する。フレットの為の第一の盾。
「体が弛緩しています。これは、極度の緊張状態にあった時と同じ。圧倒的な脅威に晒された後の症状です」
そうして、リビアはスッと立ち上がると、ギルドへ向けて歩き出す。
「私も行こう」
「先に見て参ります」
リビアは、先に中の安全を確認するつもりだったのだ。しかし、フレットは構わずついてくる。
「薬師殿への礼の為に来たのだ。入らねば意味がない」
この場所へ来たのは、フレットが傷を癒した薬を作った薬師に会う為だ。戦士団の者として、その薬師に薬を依頼した。その進捗具合も確認させてもらおうと立ち寄ったのだ。
だが、リビアは戦士団の者達だけでなく、冒険者達までも脅威に陥れる何者かがいる場所へ、大切な王子を入れたくはない。しかし、そんな思いを理解しているはずのカガヤが頷いていた。
「わかりました」
「カガヤっ」
「無駄だ。リビア。殿下の意思は既に決まっている。それに、何者がいるにしても、薬師殿が巻き込まれては問題だろう」
「それは……そうだが……分かりました」
リビアは仕方ないと諦め、それでも自分が先にとギルドの扉を開けた。
中は、どの町にもある冒険者ギルドと同じだった。その脅威となるものの姿が、すぐに確認できなかったのだ。
「特に問題のある者はいないようだが?」
フレットはざっと見回してみたが、戦士団や屈強な冒険者が脅威を感じるような存在感のあるものは見当たらなかった。
しかし、カガヤとリビアは、先ほどから一歩も動かずに一点を見つめていた。
「カガヤ? リビア?」
フレットが声をかけても動く事はない。まるで、その場に縫い止められてしまったかのように、動かなくなっていたのだ。
「どうしたんだ」
目の前にあるカガヤの肩へ手を伸ばすと
、カガヤの体がびくりと跳ねた。
「っ、カガヤ?」
こんな反応は初めてで、驚いていれば、リビアの体も微かに震えている事に気付く。
「二人とも……一体、どうしたっていうんだ……」
いつも見ている背中が小さく感じられた。その横顔が、青ざめているのに汗が伝っていくのが見える。
その時だった。ギルドの奥から、一人の少女が飛び出してきたのだ。
「お待たせ〜っ」
元気に濃紺のフードを払いのけ、笑顔を見せる少女。彼女は食事をしていた一人の男の元へと駆け寄った。
「できたのか?」
「うん。あとは鑑定待ちだけど、失敗してないから多分大丈夫。マジで丁度の量だったよ」
「そうか。それは良かった。ほら、冷めちまうぞ。さっさとそのローブも脱いで食べろ」
「そうだったっ。いっただきま〜っす」
少女は、いそいそとローブを脱ぐと、鞄に詰め込み、席につく。そうして、食べ始めた所で、男が店員を呼び、少女の為に飲み物を頼んだようだ。
その男の顔を見て、フレットははっとした。
「あれは……バルドではないのか?」
フレットは、戦士団にいた頃のバルドを知っていた。直接顔を合わせて話をした事はないが、フレットは幼い頃からバルドを見ていた。
異例の早さで戦士団に入り、第一戦士団まで登りつめたバルド。本人は知らないが、将来は隊長にとの声も聞こえていたのだ。
しかし、バルドはフレットが入る時にはいなくなっていた。突然戦士団を辞め、冒険者になったと聞いた。
後になって知ったのだが、フレットが第一戦士団に入るに当たり、戦士団の人事異動が行われた中で、戦士団を見限ったようだった。
自分が戦士団に入る事で、多くの有能な団員達が去っていかねばならなかったと知り、フレットは絶望した。
全ては貴族達の思惑で、それでも、去ってしまった者達を呼び戻す術も分からないフレットは、第一戦士団を辞める事はできなかった。
それが最も失礼な事だと知っていたのだ。だから、実力もなかった第一戦士団の者達を鍛え上げた。自分の存在故に壊してしまった国の第一戦士団としての誇りを、取り戻さなくてはならないと思ったからだ。
そうすれば、いつか帰ってきてくれるのではないかと期待していた。憧れの戦士。それが、バルドだったのだ。
読んでくださりありがとうございます◎
バルドに憧れて戦士団を目指したようです。
少し気が弱い系でしょうか?
悪いバカ王子ではなさそうです。
では次回、一日空けて6日です。
よろしくお願いします◎




