031 辛い立場です
2016. 10. 2
ファナは苛立っていた。
それは、シルヴァとバルドを待っている間に聞こえてきた言い合いから始まる。
得意とする『大鍋でまとめて製作』をするため鍋も洗い、使用する器具を整え、ギルド職員が持ってきた分の薬草の仕分けも済ませた時だった。
けたたましく物が倒れるような音が、上から響いてきたのだ。
《シャ? シャシャ?》
「いくら真下だからって、うるさすぎ……」
製薬室は、地下にある。室温を常に一定に保てる事と、明かりや空気の流れを調整できるようにという考えからだ。
大抵、ギルドホールの真下に作られる。上で普通に走り回る程度や、喧騒は気にならないくらいの音しかしない構造にはなっているのだが、明らかな怒鳴り声と特に男性の低い声や、何かを蹴倒す音は聞こえる時があった。
そして先ほどから、それが激しくなり、鬱陶しいほど響いてきていたのだ。
「……言葉は全部聞こえないけど、彼奴らのいがみ合いだよね……ウザっ」
《シャァァァっ》
それは間違いようのない。戦士団と冒険者の貶し合いだ。
「男なら、怒鳴り合うより拳で語れってぇのよ」
《シャっ、シャっ、シャっ》
ドランも同意らしく、拳を突き出す代わりに三つの首を交互に突き出し、喧嘩上等と鳴いていた。
そこへ、ギルド職員が申し訳なさそうに顔を覗かせる。
「騒がしくて申し訳ありません。マスターも今手が離せないとの事で、対応が遅れておりまして……」
「そうですか。とりあえず……外でやれと追い出してくれます? 頭の上で下手な喧嘩されるの、苛つくんで」
「っ、は、はいっ!」
ファナは思わず苛立ちが顔に出ていた。それを受け、ギルド職員は真っ青になって飛び出して行ってしまった。
「ありゃ、失敗、失敗。顔に出るなんて大人気ない。これじゃぁ、八つ当たりじゃん。悪い事したなぁ」
《シャ?》
反省するファナに、ドランは三首揃ってそうかなと斜めに傾げる。
「職員さんが悪いわけじゃないからね。私が直接、追い出しにかかれば良かったかも。どうせまだ薬草が届くまで時間あるんだし」
《シャシャシャっ》
自信満々で、どこか誇らしげに鳴いたドランの言わんとする事は恐らく『あの二人ならすぐに戻ってくる』と言いたかったのだろう。
「そうだね。うん。シルヴァとバルドならすぐだよ。あ〜ぁ、こんな事なら、数をケチんなければ良かった。いくら報酬が良くても、他に薬草採取をやろうとする冒険者がいるかな……」
《シャ……》
戦士団と冒険者の仲の悪さは、一目見て分かる。あれでは、その依頼が戦士団の為だと分かれば避ける者も出かねない。
そんな事を考えていれば、明らかに上の喧騒が遠ざかった。
「あ、移動した」
これで静かになると一息ついてしばらくすると、換気口を震わせる怒鳴り声が響いてきた。
『ってめぇらのせいだろ!!』
《シャっ!?》
「あれ……」
冒険者と戦士団が移動したのは外らしい。そこに続く換気口が近くにあるのだろう。
真下にいたドランは、文字通り飛び上がって驚いた。
呆れながらその側に行き、驚いた事で目を見開いて怯えるドランを掬い上げる。その場に座り込み、ドランを膝の上に乗せると、強張った体を温めるようにゆっくりと撫でながら、それらの声を聞く事にした。
『お前達のような者がいる場所だからな。職員の教育がなっていないのは仕方がないか』
『おうおう、悪かったな。言われた事しかやれないような能無ししか、お前らの周りにはいないんだったか』
『なんだとっ! この国を支えるという崇高な仕事をしている我らが、貴様らに劣るわけがなかろうっ』
『支える? あぁ、お前らの世界か。俺らとは違う世界の生き物なんだもんなぁ。金をひたすら交換しあって愛想笑いしかない世界だろ? 気持ち悪りぃんだよ!』
『なんという侮辱! 我らのお陰でこの国に生きていられるというのにっ』
『息してんのは俺らだってぇの』
どうやら、冒険者達の方が優勢だ。当然だろう。人生経験が違う。
年齢はそう違わないようだが、それこそ、言われた事と定められた事しかしてこなかった戦士団よりも、常に生活を考え、日々、命の危険を乗り越えてきた冒険者達とは比べものにならないだろう。
「あんなのに付き合う必要もないのにね」
《シャ〜っ》
手の温もりにうっとりとしていたドランは、満足気に鳴いた。
そんなドランに笑いながら、こいつらはいつ、この言い合いに飽きるんだろうなと考えていた。
『我らの金で生きていると分からないのか』
『手が離れたら、誰の金かなんてねぇんだよ。ってか、言わせておけば……マジでてめぇらは何様だ?』
『王の声も聞けぬ下層階の者達には、名乗る名さえないわ』
『はんっ、これだから現実が見えてねぇお坊ちゃん達はっ。名前なんて覚える気もねぇよっ。道楽で生きてるガキどもなんて、お坊ちゃんで充分だ』
『なんだとっ、貴様っ!』
言っている事がもっとも過ぎて笑えない。
「そういえば、こいつら何とかって王子の団員だっけ。本当に世間知らずの坊ちゃん達っぽくってヤダな……」
王子の側にいるというと、ファナの中で人種は二種類。熱意の塊で頭の固いバカか、世界が自分たちを中心に回っていると思っているバカだ。
この偏見は、ファナが読んできた物語の中の王子の取り巻きの種類から導き出されたもので、現実とは違うかもしれない。しかし、あながち間違いでもないだろう。
「バカの合わせ技とはやるなぁ」
《シャ?》
二種類と思っていたが、これは二種混合らしいと知り、わけのわからない納得をするファナだ。
『だいたい、半分以上が怪我人とか、お前ら体当たりでもしてったんかよってぇの』
『国の為に戦った我らを侮辱するかっ!』
『薬なら、てめぇらで雇った薬師に頼めよ』
『はっ、薬師の貴重さが分からんとはな。貴様らのような真の物の価値も分からんこんな最下層に、腕の良い薬師を置いておけるか』
薬師の数は少ない。町に一人いれば儲けものだ。ただし、貴族達に抱え込まれているからという理由もある。
技術は財産だ。それを使い、より良い環境を求めるのは悪い事ではない。金があれば、難しい場所にある薬草を手に入れる事も可能になる。
薬の調合法を知っていても、いざという時に薬草を探せない、採れないのでは意味がない。そうやって、薬師は少なからず悔しい思いをしてきた。
救える力があっても目の前の患者を救えない事は、薬師にとって辛いものだ。
誰だって感謝されたい。救えなかったと後悔したくはないし、なぜ助けてくれなかったのかと責められたくもない。だから、目の前の患者を一人でも多く救える財力を持った貴族の元へ足が向いてしまうのだ。
それはある意味逃げだ。しかし、人は好んで辛い場所に立ち続けられるものではないのも確かなのだ。
『ここにいる薬師も、我らに雇われた方が幸せだろう』
「……」
この言葉は、多くの薬師達には有効だ。
『薬草を集めてんのは俺らだろ。軟弱なてめぇらには無理な場所にも行けるからな。それなら、俺らの側にいた方が良いって教えてやらんとな』
「……」
冒険者の身体能力も貴重な技術の一つ。だが、これを理解していても、いざという時に頼ってしまうのは金なのだ。普通の薬師達は彼らに感謝しながらも、流れてしまう。
そう、普通の薬師ならば。
《シャ?》
ファナは不意にドランを抱いたまま立ち上がる。
「勝手な事ばっかり言いやがって……」
どっちも薬師を人と思っていない。便利な道具だとしか思われていないようで、ファナはだんだんと腹立たしく感じはじめていた。
《シャシャ……》
表情の剥がれ落ちたファナの様子に、ドランが心配そうに見上げてくる。
「大丈夫だよ。そろそろ薬草採取組みがちょっとずつ戻って来るだろうし、出迎えてやろうかな」
こんな事ならば、自分で採りに行けば良かった。薬草を集めるには時間と労力が必要となる。引き受けてくれている人を蔑ろにする気はない。
そして、その労力に見合う報酬を払う者達もファナには貶す気はないのだ。正当な報酬は支払うべきだし、受け取るべきだ。
議論すべきものではない。そう言ってやりたくて、ファナは部屋を出たのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
それぞれ意見はあります。
ただ、どちらも気に入らない相手を前にしていますから、偏見が出てしまっているようです。
ファナちゃんの取り合い。
イラッとしたみたいです。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




