029 緊急ですか?
2016. 9. 29
その人がギルドの職員だというのは、制服を見て一目で分かった。
「はぁっ、お待ちください、ファナさんっ」
「どうかしました?」
ファナを探して走り回ったのだろう。かなり息が上がっている。
「大丈夫か? よく見つけたなぁ」
「あ、はいっ、マスターが、お取りになっている宿屋付近の飲食店を回れと仰ったので」
「へぇ、さすがだね」
しっかりと行動を把握されていたらしい。
「それで? 何の用です?」
「あ、はいっ。薬をっ、製薬をお願いしたいのです。大怪我を負った方々が多く、急ぎの依頼なのですが……」
「さっきの何とかっていう王子様の団体?」
「そうです! フレット殿下ですっ。その戦士団の方がお怪我をっ。それで、どうしてもゴールド以上の薬が必要なのですっ」
半分以上が怪我を負ったらしく、この町に寄ったのも、その怪我人を手当てする為だったようだ。
「それって、マスターが私にって言ったんですよね? 材料の用意は?」
「え、えぇ。材料の方は今、クエストとして手配を……」
「傷薬でしょ? この辺で一度に材料が集められるのは、フレック湖の手前の森だね。手持ちも少しあるから……バルド、シルヴァと行って来てくれる?」
「いいぞ。どれくらいだ?」
「他にも採ってくる人達がいる事を考えて……この近くなら……待って、今メモするから」
急ぎならば、クエストは恐らく、傷薬に使う材料を一式ではなく、単品での採取依頼になる。
この辺りで手に入る物を考え、採って来てもらう量と種類を書き記す。
「はい。これだけね。分からない薬草とかあっても、シルヴァなら分かるから」
《うむ。任せろ。主との薬草採取で鍛えられているからな。知識はその辺の薬師にも負けん》
「ね、ネコが喋っ……っ!?」
不意にシルヴァが声を出した事で、ギルド職員は目を剥く。しかし、そんな事を気にしている場合ではないだろう。
「ドラン。出ておいで」
《シャ?》
「なっ、なんっ!?」
シルヴァの背負っていた布の中からモゾモゾと出てきた三つの首。そうして、翼から尻尾まで姿を現したドランに、ギルド職員は倒れそうだった。だが、これも気にしていられない。
「ドランは私と残ろうね」
《シャ〜》
手を差し出せば、素直にシルヴァの背から移る。そして、そのまま頭の上へ乗せた。
「おい、それじゃ目立つだろ」
「そう? ならローブを……っと。これならどう?」
ファナはどうせ着る事になる製薬用のローブを取り出して羽織る。そうしてドランを隠すようにフードを目深にかぶった。
「それならいいな。あまり派手に動くなよ」
「分かってる。製薬室に籠るから大丈夫だよ」
「あぁ、なら、すぐに帰ってくる」
「よろしく」
そう言って、バルドとシルヴァとは別れ、ファナはフラフラとしながらついてくるギルド職員と一緒に冒険者ギルドへ向かった。
そこでは、戦士団の者達が数人、冒険者達といがみ合っていた。
「大きな顔して突っ立ってんじゃねぇよ。仕事の邪魔だ」
「何だと、冒険者風情がっ。お前達など、薬草採取に駆けずり回っておれば良いのだ」
「はぁっ? てメェらが情けねぇから、俺らが居んだろ。ったくよぉ、たまぁに討伐だなんだと出て行って怪我して帰ってくるだけの仕事なんて、その辺の兵士で充分だってぇの」
「貴様ぁっ、我らを愚弄するかっ」
「上から見てんじゃねぇよっ」
これはこれで都合がいい。
「私は、このまま製薬室に入るから、あぁいうの入れないでね。鬱陶しいから」
「はっ、はいっ。マスターからもキツく言われておりますっ」
「そっか。ならよろしく。万が一邪魔するようなら、誰であっても容赦なく叩き出すからそのつもりで」
「わ、分かりましたっ」
彼らの目がお互いに向いているうちにと、ファナは気配を殺し、製薬室まで駆け抜けた。
「さて、ドラン。換気口はあそこだからね。大人しくしててよ?」
《シャァっ》
小さな翼で不恰好な体を浮かせながら、ドランはファナの頭から飛び立つと、薬の匂いがあまりしない場所へと定位置を決めた。
「さてと、作りますか」
そうして、ファナは並べられた器具に手を伸ばした。
製薬は嫌いではない。寧ろ好きな方だ。ファナは、終わった時に集中していたと実感する瞬間が何より好きなのだ。
それを実感できるのが製薬だ。短いサイクルでそれを感じられる。
「楽しいなぁ。けど、あいつらの為ってのは、ちょい気に入らない……まぁ、これからお世話になるマスターの為って思えばいいか」
すぐに集中して作り出すファナ。材料の手持ちはそれほどないが、大鍋で一気に五人分くらいが用意できた。
「そういえば、王子の名前ってなんだっけ? 湖の名前に似てるなって思ったけど……フレッツ? フレーク?」
《シャァ〜?》
似てる名前って覚えにくいよねとドラン相手に話していれば、ノックの音がした。そこにそっと顔を覗かせたのは、先ほどのギルド職員だった。
「あ、材料届いた?」
「はい。まだこれだけなのですが……」
「はいよ。そういえば、いくつぐらい必要なの?」
クエストまで出したという事は、十や二十ではないのではないかと思い、とりあえず大量にと作り始めたのだが、実際、いくついるかは聞いていなかったなと、今更ながらに気付いた。
「そうでした。失念しておりました。五十との注文を受けております。薬は王都でもゴールドランク以上は、殆ど手に入りませんから、お持ち帰りになるつもりなのではと……」
「そうなんだ。でも、薬はストック出来ないのにね」
「そうですね……」
薬の効能が維持できるのは半年が限度だ。だからこそ、それほど市場に出回らない。
必要な時に薬師へ製薬を依頼するのが、本来の姿だ。
「まぁ、それだけのお金を払うっていうんなら、構わないんだけどね」
「そ、そうですね……」
これだけの大口注文。その上、ゴールドランク以上の指定。それをストレスなく作り出そうとするファナに、ギルド職員は内心驚愕していた。
これを他の薬師が受けたとして、お金を払うならと言える者はいないだろう。
先ず、百パーセント作った薬がゴールドランク以上になる事はあり得ない。そのため、完成品を作るのに相当の時間と材料が必要となる。
出来上がったとしても、その薬を作るのに見合うだけの金額が手に入るとは言えない。
「あ、この五つは出来上がったんで、鑑定に回してもらえます?」
「へ!? もうですか!?」
「大鍋で一気に作ったんで、一つ分の時間で出来るんですよ」
「……そうですか……お預かりします」
普通は無理だとギルド職員は叫びたいのを我慢したようだ。
そうこうしている間にも、ファナの手は動いている。届いた薬草を仕分けし、出来上がりの量を考える。
「う〜ん……もう少し待てばバルドとシルヴァが帰ってくるかな。まとめてやった方が早いし……鍋洗って待ってよっと」
「……そ、それでは、薬草も届き次第お持ちします……」
「はい。待ってま〜す」
釈然としない表情で、ギルド職員は脅威の速さで出来上がった薬を手に、部屋を出て行ったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
また薬作り。
地味な仕事ばかりです。
お兄ちゃんがいなくて良かった。
でも、このまま作っておしまいなんて事は……ないかも?
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




