285 最終話 伝説の約束
2021. 4. 12
テリアに説得されて、船を降りたファナは、無事予定通り出港していった船を見つめる。
隣には、離さないというように手を繋ぐ夫となったテリアが居る。どうも、前世の記憶のせいもあり、ファナが船に乗って行くというのが嫌らしい。
船に乗り込んで、色々と言いながら繋いできた手は、少し震えていた。娘を見送るというのも、思うところがあるようだ。それを感じて、ファナは手を握り返す。
「心配しなくても、あっちには母さんもいるし、ドランも居るから」
「っ……そうだな……」
ファナが母さんと呼ぶのは、師匠と呼んでいた魔女のこと。
実は、彼女が生み出したファナという存在がこの世界に生きることで、一定期間しか同じ次元に居られないという、面倒な枷が外れたらしい。
世界を渡り歩かなくなれば、自分はもう『渡りの魔女』ではないと、笑いながら嬉々としてこの世界に住み着いたのは、ファナが結婚してすぐだった。
それまでは一応、挨拶回りとかあったらしい。そのついでに弟子枠でユウヤを一度故郷へ連れて行った。しかし、やはりというか予想通りユウヤが居た頃からかなりの時間が経っており、家族もなかったという。
時間軸を移動する術も魔女にはあるが、どうするかと尋ねれば、これでいいとユウヤはファナ達の世界で生きることを決めた。
幸いというか、魔女の見立てではユウヤは不死ではないらしい。東の大陸の人々と同じくらいの速さで老いていくことが分かり、彼は魔王城で宰相であるイーリアスの補佐の一人となった。
過去に城へやって来て魔王にしろと言ったユウヤとは、雰囲気も気配も変わっていたこともあり、おおらかな人の多い魔族達は『そんな頃もあるよね』と、若干粋がっていた子どもの頃を思い出すように肩を叩かれたという。許されたならそれでいい。
相変わらずラクトは侯爵と魔王の二重生活だが、あと十年もすれば、王女セシアとの間に生まれた息子が侯爵家を継ぐことになるだろう。
魔王としての力のせいか、この頃にはラクトは東大陸の者達と変わらない老い方になっており、そろそろこちらの大陸では不思議に思われることになる。時期的には十年が限界だろう。
いくらあちらの大陸と交流が始まったといっても、まだまだどう転ぶか分からないのだから。
「……ファナ……私は……きっと君を置いて逝くことになるよね……」
「そうね。母さんくらい……とまではいかないかもしれないけど、数百年は生きることになると思う」
魔女によって作られた魂を持つファナ。肉体の劣化はほとんどしないほど、強い力を秘めている関係で、不老に近い。
「病気もしないみたいだから、何事もなければ今居る誰よりも長く生きることになるよ」
「そう……」
これは確認だ。結婚する時にもテリアには伝えていた。自分は長く生きると。けれど、約束もしていた。一応は、同じように老いていくように周りには見せるようにすると。
魔女が見た目を変えるなど朝飯前だ。教えを受けたので、もう少しで完璧に出来るようになるだろう。この術、幼くなるのは簡単だが、なったことのない姿になるのは難しい。久し振りに、燃える修行だ。
テリアは少し握る手に力を込めた。
「いつか……君か知る者がこちらに居なくなっても……一年に一度くらいは戻ってきてくれるか……?」
「……」
テリアは自分がいなくなったら、ファナはきっと東大陸へ行ってしまうと思っているようだ。
子ども達の存在さえ、ファナを留めておけるとは思えないのだ。ファルナであった時も、ファナの時も、実の親と過ごす日々は少なかった。自立が早かったのだ。そのため、幼児期を過ぎた辺りから、子ども達の自主性に任せる育て方をしていた。
王妃という立場もある。決して子ども達に対しての愛情が希薄というわけではないが、ファナをこの場所に留めておくには少々役不足だった。
「確かに……この国には留まらないかもしれないけど、シルヴァ達やクリスタ、ボライアークもがいるからね。あっちに入り浸ったりはしないよ」
「けど、君は不老で……」
「人が居ない場所は、意外に多いでしょ? それに魔女って分かれば、何年生きてたってこっちの人達はもう変に思わないよ」
魔女の前例はあるのだから。
「そっか……」
「な〜んで、そんな不安そうなの」
少し繋いだ手を振って、かなり小さくなった船を見つめながら笑う。
後ろの方では、見物に来た人々が国王と王妃の仲の良い様子を見て、ほっこりしながら散っていく様子が感じ取れた。
「っ……だって、また生まれ変わった時に、ファナに出会えなかったら嫌じゃないか……」
「……」
ファナは分かりやすく目を丸くしてテリアを見た。これをチラリと横目で確認したテリアは顔を赤くしながら続ける。
「っ、そのっ……魔女様にお願いしたんだ。生まれ変わって、ファナの噂話を聞いたり、姿を見たら少しずつ前世の記憶を思い出せるようにして欲しいと……」
「……母さんなら、面白いって了承したよね」
「してくれた……嫌……だったか?」
不安そうな顔に戻った。そんな可愛い事を言う夫に、ファナは笑って答えた。
「嫌じゃないよ。まあ、私もテリア以外は考えてないから。けど、人の心って変わるものだよ? だから……うん。伝説をいっぱい作ることにするよ」
「うん?」
話が違う方に行ったかとテリアは首を傾げた。しかし、そうではない。
「定期的に、居場所がわかるようにしたげる。だから、その時にもし、また一緒に居るつもりがあるなら会いに来て。それで、また白いリボンをちょうだい」
「ファナ……っ」
「でも、あっちに生まれ変わる可能性もあるよね……なら、あっちでも頑張んなきゃ」
「……魔王になってたりしないでね……」
「努力する」
「……そうして」
この約束が後に世界中で『救世の魔女』『救世主』とファナを呼ぶようになる。
「さてと……ねえ、久しぶりに屋台デートしようよ」
「……この格好のままは厳しくない?」
息抜きと称して、王と王妃が下町をぶらつくのは、この国ではもう日常だった。
「今更でしょ。面は割れてんだから」
「言い方……」
普通に市場で値切って買い物デートもするし、屋台の食べ歩きデートもする国王夫妻と有名だ。
「それに、この格好なら、見つけ難いって怒られずに済むよ」
「……根に持ってたんだね……」
「ふんっ。まったく、バレないようにしろって言ったり、大通りだけにしろって言ったり、イシュラは最近、バルドに似て来たよねっ。小言が多い」
「それ、イシュラには褒め言葉だから」
「みんな、バルドのこと好きだよね」
「近衛を中心に、指導してもらってるから……」
バルドは、ラクト付きになって時折この国に来ては、騎士や兵士達に訓練をつけてくれる。バルドは、あちらの大陸の空気が合ったのか、なんだか歳を取るどころか若返った感じもある。完全に全盛期の力を取り戻していた。
そんなバルドに憧れる騎士や兵士は多い。自由なラクトに振り回されっぱなしではない所も、ポイントが高いらしい。
「まあ、良いわ。アイツらに気取られる前に行くよ。子ども達はシルヴァとクリスタが居るし、後のことは、ラファルが上手いことやるでしょ」
「あ〜、うん」
第一王子であるラファルなら、父母が居なくとも上手くやる。
「よく出来た子よね」
「本当にね」
息子の評価は高い。
「ほら、行くよ」
「分かったよ」
そうして、手を繋いで歩き出す。これにより、王子が色々と察して、苦笑と共に指示を飛ばす。
近衛騎士達は、またかと肩を落としながら、いつ迎えに行けばファナに苛つかれないかなと相談し始める。
手を繋いでお祭り状態の街の屋台を見て回る国王夫妻を見たこの国の人々は、笑顔で至って自然に受け入れる。
遠い未来に、何度もこうしてデートすることになるのだが、それはまた別のお話。
長い間、ありがとうございました◎
5月に新作を予定しています。
またお会いしましょう。




