284 変わった事と変わらない事
2021. 3. 29
ファナとテリアの婚約から二十年が経った。
その日、真っ白で大きな帆船が、多くの人々に見送られて東の大陸へ出港しようとしていた。
その船長は今日十五歳となった、東の国シェントルの第一王女だ。
王女は騎士のような服装で、黒い長い髪も高い位置で一つに結んでいる。その髪にたなびくのは白いリボン。多くの女性からも憧れの存在であり、男性達にも負けない魔力と武技を持っていた。
「いいかい? スセルナ。食事はきちんと摂ること。自分が女であることは忘れないように。それから……」
船の前で娘と向き合う父親。さすがに表情には出ていないが、心配で堪らないという様子で注意事項を確認するのは、この国の王のテリアだ。
「父上、もうその辺で。スセルナに嫌われますし、構っている時間ももうあまりありませんよ?」
これに苦笑しながら歩み寄るのは、王太子でスセルナの双子の兄だ。何事にも泰然と構えている姿は、多くの民が次期王の器だと期待するものだった。
「うっ、わ、分かった……ん? ラファル? ファナは?」
テリアは、王妃であり、母親であるファナを迎えに行ったはずの長男のラファルが独りでやって来たことに首を傾げる。
「母上でしたら、あちらに」
「え?」
指差されたのは船の上。
「ですから、時間もあまりないと申しました。スセルナの心配より、一緒に行こうとしている母上をお止めしないと」
「ええっ!! ちょっ、ファ、ファナ!?」
大慌てで船に乗り込んでいく父親を二人は同じ呆れ顔で見送る。ついていく騎士達も大変だ。
「毎度のことだが、騒がしいことだ」
「父上は本当に、母上の事となると、途端に余裕がなくなりますわね」
王として尊敬できる父親ではあるのだが、妻であるファナにはめっぽう弱い。お互い大切に思い合っているのは分かるので、羨ましくも感じる。
そこへ、シルヴァと人化したクリスタと共に弟妹達が駆け寄ってきた。
「お姉様っ」
「姉さま〜」
「ねえね!」
上から十歳の弟、八歳の妹、五歳の弟の三人だ。
《スセルナ。あまり気負うでないぞ。何かあれば、魔王ではなく、あちらの宰相のイーリアス殿に相談することだ》
《向こうでも楽しんできなさい》
「はい」
スセルナにとっては、シルヴァは優しく強い伯父の様な存在で、クリスタは尊敬できる憧れの女性教師だった。
「ボライアーク様は?」
《心配いらん。あやつ、お前の航海を上から見守ってついて行くと言っていたからな。出港したら、上に居るだろう》
《あの子が一番、心配性よね》
「ふふ。有難いことです」
スセルナだけでなく、ファナとテリアの子ども達を、ボライアークは自分の子のように愛してくれていた。今回も、二日ほどの航海となるが、ずっと気にして付いて来てくれるらしい。
ボライアークはこの日のために海流も操れるようになっており、安心、安全な航海が約束されたようなものだ。
「お姉様。これからふた月もお会いできないのは寂しいです……」
最近、しっかりしてきたと評判の十歳の第二王子。だが、やはりまだ子どもだ。ファナが耐えることは必要だが、我慢しなくても良い場合はするなと教えているため、きちんと甘えることも知っている。
「あら、まあ。うふふふ。帰って来たら、お勉強を見てあげますからね。剣の稽古も頑張って」
「はい……ビランには無理かもしれないですが……イシュラに合格をもらっておきます!」
「ええ。楽しみにしているわ」
先代から支える近衛騎士長のイシュラより、副騎士長のビランの方が、剣の腕は上だ。ファナや元騎士で冒険者のバルドに鍛えられたためだった。
この二人に王子達は剣技を教わっている。二人の合格が出ると、冒険者登録ができる。それでシルヴァと共に外へ出かけることを許されるのだ。
先代の時代まで、脳筋が代名詞にもなっていたシェントル王家。守る力は持つべきとのファナとテリアの方針により、王女が騎士の称号さえ持つことができるようになった。
この大陸中を見ても、シェントル王家の第一王子と王女は強者なのだ。下手をすると父親であるテリアも負ける。
「さて、そろそろ説得出来ただろうか。天気が良いとはいえ、民達をずっと待たせておくのも問題だ」
「そう思われるなら、お兄様がもう進めてしまってはどうです?」
「……なるほど。そうしよう」
ニヤリと笑い、ラファルは悠然と、本来ならば王が立って出港の合図を送る舞台へと向かった。
周りで詰めていた近衛騎士達も、こうなると頷き合い、仕方なさそうに苦笑しながら、ラファルを追った。
《親がダメだと子がしっかりするというのは本当のようだな》
《ふふふ。ファナは、ラファルがラクトに似たようだと言っていたが?》
《ああ、魔王をしている時の兄殿だな》
結婚してからも、渋々という様子だった妹命のラクトだが、甥や姪はやはり可愛いのか、時間があればすぐに会いに来て甘やかしていた。
幼い内から、あちらの大陸に行くのは良くないと魔王としての姿は見せてはいないが、侯爵としての仕事モードのラクトは、ラファルの憧れだった。
ファナも、あの状態のラクトは真似ても良いと許していたため、今の完璧に近い王太子が出来上がったようだ。
「伯父様は、私にはその姿を中々お見せくださらないですけれど」
《それは仕方あるまい》
《女の子にはね。どうしても甘くなるわ》
「……悪くはありませんが、残念です。なので、今回は王としての伯父様も見て参ります」
《うむ……まあ、あちらでは……大丈夫だろう》
《間を空けすぎよ》
《……確約は出来ぬよ》
あの兄だからなと続けるシルヴァに、聞いていた者達は苦笑いを浮かべる。
唐突に来てファナに叱られながらも子ども達と遊んでいくラクトを、この国の王城に勤める者は皆知っている。
同時に魔王がただの好い人にしか見えなくなっていた。
「カッコいい伯父様も見てみたいですわ」
《そう言えばいい》
《そう言えばいいのよ》
「……なるほど」
あのラクトならば、コロリと態度を変えて、仕事モードに切り替えるだろうと、今度は確信を持って頷かれた。
《アレは変わらぬな……》
シルヴァがしみじみと呟いて、空へと視線を投げていた。
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次回、ラストの予定です。
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