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283 魔女の誓い

2021. 3. 15

テリアの声を聞き、ファナはゆっくりとドアを開けると、それを告げた。


「ちゃんと生きて到達して、帰る気でもいたよ」

「っ……」


驚いて思わず立ち上がり、振り向いたテリアの目は丸く見開かれていた。


「あと、固結びのリボンは子どもに渡すものじゃないからね?」

「っ!!」

「それと、ちゃんと二つ目も受け取った。役目も終えてもらったよ」

「そう……そうか……よかった」


ほっとしたような表情。


自分の意思を継がせてしまった者たちのこともきちんと思い出していたようだ。


「本当に思い出しちゃったんだね」

「ああ……ファナは……覚えていたのか?」

「私もはっきりしたのはまだ最近だよ。魂の作りからして、私は少し他とは違うから」

「それはどうゆう……」


ここで、我慢がならなかったのか、堪え性のないラクトだからか、当然のように割って入る。


「待て。本当に記憶があるのか? それで、過去のファナを知っていると?」

「ええ。はい。彼女があちらの大陸へ渡る少し前の保護者のようなもので……」


確かに、ほとんど最後の方には入り浸っていたからなあとファナが頷く。だから、離れる恋人に渡されるはずの固結びのリボンが届いて驚いたのだ。


そして、こんな時でもラクトはラクトだった。


「っ、ほ、保護者なのに恋情を!?」

「えっ、あ、あの」


立ち上がるラクトに、テリアが焦ったように手を振る。


ラクトの突然の暴走はいつものことだと慣れたファナは、冷静に返す。


「過保護過ぎて、ウザイ兄さんよりはそっちの方が楽そうだけど」

「う、うざい……っ」


一発で撃沈した。


「あのね。妹でも娘でも、嫁に行かない方が稀でしょ。それと……リア様が言ってたけど、これを受け入れて初めて兄としても、父親としても一人前だってさ。半人前が文句言うな」

「……はい……」

「あと、兄さんも早く身を固めな。姐さんたちをいつまで待たせてんのよ」

「……すみません……」


ヘコみ続けるラクトに、ファナは最後の一撃を加える。


「今すぐ行って、待たせて申し訳ないって土下座してきな。とりあえず、姐さんたちと結婚するまで、業務連絡以外喋らないから」

「っ、ファ、ファナ!?」

「さっさと行く」

「行ってきます!」


涙目になりながら、部屋を飛び出して行った。


「「「………」」」


テリアたちが驚いているが、構わずファナはラクトが座っていた場所に腰掛けた。テリアの向かいだ。


「さてと。邪魔者は居なくなったね」


ラクトが飛び出して行ってすぐにジェイクがお茶を淹れなおしてくれていた。切り替えは早い。


「それで……本当に私で良いの?」


ファナにしては少し頼りない声だったが、何とか伝える。


「もちろんだ。ただ……王妃になることになる……堅苦しくて嫌かもしれないが……」


テリアは、自由なファナを知っている。縛り付ける気はないが、最低限、王妃としての勤めは果たしてもらわなくてはならない。それだけが気になっていたようだ。


「王妃か……まあ、何とかなるでしょ。一応、仮にも魔王の娘をやってたんだよ? 一通りの事はできるから」

「え、あ、そうか……それに、侯爵令嬢だったね……」

「忘れられやすいけどね。問題なく、装う事はできるよ。なんなら、魔王の補佐業も手伝ってたからね」

「……本当に娘だったんだな……」

「魔王って、お人好しなんだよ」


おおよそ、イメージにない姿だ。


あちらの大陸では長く生きるから、気長に考えられる呑気な人は多く、子どもたいてい死ぬまでに一人できれば良いと思っている。そのため、子どもをとても大切に育てる国柄だ。


魔獣や魔物もこちらよりは強い個体が多いが、それだけ住民たちも強いし、国の騎士たちは大陸中、どこへでも駆けつける能力がある。


そんな彼らを力と努力と優しさでまとめるのが魔王だ。勤勉でなければ、呑気な国民をまとめることはできない。イーリアス曰く、魔王は苦労性と呼ばれて一人前らしい。


それを考えると、ラクトは立派に苦労性だなと思ったものだ。


「なるほど……うん。なんだか、これから上手くやって行けそうな気がするよ」


ジェントル国は、最も東の大陸に近い国ということで、大陸の玄関口となる。国交も、この国から始め、他の国との間に立つことになっていた。


勇者の件で迷惑をかけたことのお詫びもあった。


「まあ、私が関係を持つから、あちらとの問題は勝手に解決されるようになるよ。もちろん、こちらにばかり有利に事を運ぶなんてことはしないけどね。私は元魔王の娘で、現妹だから」

「そこはもちろん! あ、でも……別にファナがそうだから、結婚をって考えた訳じゃないからなっ」

「わかってる。ちゃんと聴こえてたよ。魔女は耳が良いからね」

「っ、わかってるくれてるなら……いい……」


照れて目を逸らすテリアに、ファナはクスリと笑った。その笑みは、今まで見たファナの笑みとは違い、テリアはドキリと頬を紅潮させる。


「っ、」

「どうかした?」

「い、いやっ」


慌てて否定するテリア。そして、彼は咳払いを一つすると、改めてそれを告げた。


「その……ファナ。私と、結婚を前提に婚約を交わしてもらえるか?」

「ふふふ。先に言っておくけど、魔女相手に破棄なんてできないからね?」


笑いながらそう返すと、テリアは苦笑を浮かべて答えた。


「当然だよ。生半可な覚悟でここまで来てないから。ファナこそ、話が違うとか言って、式の前に消えたりしないでくれよ?」

「う〜ん。努力する」

「確約してよ……」

「魔女の誓約は高くつくよ」

「それでも」

「……」


真剣な表情。かつてのマスターも、同じ表情を見せる時があった。そこに、嘘偽りがない時のものだとファナは知っている。


だから、こう告げた。


「なら……『あなたの想いが続くまで、あなたと共に生きると誓う』」

「っ……!」


この誓いの成立を示すように、ファナの額に小さな魔法陣が輝いていた。




読んでくださりありがとうございます◎

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