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281 記憶の中の少女

2021. 2. 15

テリアは思わずゴクリと喉を鳴らした。


決して、彼が魔王だからではない。しかし、魔王というのは一国の王。それも一つの大陸全土を統べる王だ。こちらの大国の王よりも上に見るべき存在だろう。


仮にテリアが王であったとしても、緊張するはずだ。


何よりも、今回は結婚の申し込み。この魔王が妹であるファナを溺愛していることを、この国の王から聞いて知ってもいたのだから。


「っ、突然の訪問をお許しいただきありがとうございます。テリア・シェントルと申します」


なんとか声が震えることなく言えたことに、テリアはホッとする。声が出ることが確認できた。そうして、内心緊張を少し解いていると、すぐに答えが返ってきた。


「ラクトバル・ハークスだ。遠路遥々よく来られた。歓迎させていただく」

「は、はい」


ハークス侯爵として挨拶をされたことで、更に少し落ち着いた。


会議で魔王として顔を見せた時、説明もされていたのだ。こちらの大陸で、身分も持つと。誰も文句は言えなかった。


教会によって東の大陸の者たちが悪い存在だと情報を操作されていたというのは確かで、精査した結果、多少魔力が高く、長命であること以外、何もこちらの大陸の者たちと変わらないのだと知った。


こちらの大陸でも悪い者は居るし、善い人も居る。それと同じだ。何より、話し合いが出来る。


問答無用で襲いかかってくるような常識のズレた存在でもない。寧ろ、そうだったのがこちらだった。


生まれ変わってこちらの人として生まれてきたというのも大きい。


魔王としての立場と、侯爵としての立場は全く別で考えて欲しいと言われたことで、ラクト王国が属国になったとか、逆もあり得ないと示されたため、それならばと他国もそこに突っ込むのはやめた形だ。


揉めるよりも、和平を望んだ。


とはいえ、どちらの存在であっても、今ファナの兄であることには変わりない。テリアにはそれが重要だ。


勧められた椅子に腰掛け、息を整えつつ話を切り出した。


「今回こちらに参りましたのは、ファニアヴィスタ嬢との婚約をお許しいただくためです」

「……」

「妹君を大切に思っておられることは承知しております。もちろん、これは国として繋がりを持とうとするためのものでもありません。私は、純粋に彼女と……夫婦になりたいと思っております」

「……」


テリアは、結婚をとの話を出されるようになってから、それならばファナが良いと自然に考えていた。


そして、その頃から夢を見るようになった。


最初は、ただの昔の夢だと思っていた。テリアの実家は、昔からの居酒屋。夜になれば冒険者達が母の手料理を求めてやってくる。昔はすごい情報家のマスターが居て、合言葉を知らなければそれさえも知れないような、そんな一部有名な店だったのだと幼い頃に客から聞かされた。


だから、それが夢に影響したのだと思った。王太子として迎えられて、少し昔を懐かしむようなそんな思いもあったからだと。


その夢で、テリアはマスターと呼ばれていた。そこで情報家をやりながら、小さな女の子を待っているのだ。


最初は何となく娘かと思っていた。だが、次第にマスターとしての心が寄り添い、それが大切な女の子だと知った。


恩人の、先生と呼んだ人の一人娘。


そんなこともなぜかわかるようになった頃。これを漠然と知っていると思うようになった。


「私は……夢を見ました。それは……私の前世の記憶なのだと思っています。そこで私は……自分の娘程に歳の離れた小さな女の子に想いを寄せていました……」


これは、付いてきた護衛達も知らない話。


だから、後ろで息を呑むのが聞こえていた。だが、気付かなかったこととしてテリアは続ける。


「彼女は勇敢でした。自身と変わらない幼子とその家族を救うために、自らを差し出した……生け贄として……」

「……まさか……」


ラクトが察する。魔王としての記憶も持つ彼ならば伝わると思った。


「その時の()は無力でした。止められなかった。けれど信じていました。生きてあちらに辿り着くと……魔女の血を引く、不思議な女の子でしたから……だから、彼女がいつ帰って来てもいいように、教会をどうにかしようと考えました。死んだと……勇者から聞いた後も、あの子ならばどんな形であれ帰って来ると信じていた……」

「……お前は……」


ラクトを真っ直ぐに見つめて、テリアは改めて告げた。


「私に、もう一度彼女の側に居ることを許してください。それに、約束をしたんです……彼女ならきっと……」


その時、部屋のドアが開いた。


そして、あの時聞けなかった答えが響いたのだ。



読んでくださりありがとうございます◎

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