280 信頼する近衛
2021. 2. 1
テリアはハークス侯爵領まで来ていた。王都の屋敷にはほとんど居ないと聞いていたため、時間かがかかるのも承知の上だった。
馬車が止まり、御者が声をかけてくる。
「到着しましたよ」
「わかった」
御者はテリアとあまり変わらない年の青年。その上、王太子になる前に部下だった男だ。
馬車から下りると、護衛の二人が両側に並ぶ。
付き従っている二人の護衛の一人は近衛副団長のイシュラだ。彼は屋敷を見つめながら思わずといった具合に呟く。
「こちらにあの魔女様が……」
「緊張しているんですか?」
そうテリアが問いかければ、イシュラは苦笑した。
「それはもう。何より、あなたの妻にと望んでいるのですからね。ところで、また話し方が戻っていますよ」
「あ……気をつける……」
テリアは元兵士。近衛騎士なんて上官よりも隔絶した立場の人たちだ。元々の話し方も丁寧な方。そのせいもあり、中々立場に合った話し方に変えられないでいた。
「あなたのそれは、好ましくて良いのですけれどね。あなたが我々の王太子と思うと誇らしいです」
「っ……ありがとう?」
「自信がないのはダメですよ」
「……はい……」
彼は一番身近な教育係のようなものなので、テリアは有り難く思っている。
反対側で聞いていたもう一人の護衛が吹き出した。
「ははっ。俺らからすると、テリアがエラっそうに命令したりするっていうのが想像できないですけどね〜」
「こら、お前もいつまで同僚気分のままでいるつもりだ?」
「はいはい。俺だって、時と場所は弁えてるよ。テリアだってそうでしょ。ここの王様の前では、きちんと王太子してたしね」
ジッとイシュラを少し責めるように彼は目を向けた。これにイシュラは肩をすくめる。
「……まったく……分かった、分かった。私が煩いということだな」
「正解で〜す」
「ビラン……ありがとう……」
元同僚のビランは、テリアが王太子になってから、必死で近衛騎士にまで上り詰めた。友人であったテリアが一人で苦しまないように。それが分かるから、テリアは頑張れた。
「良いって」
いつも軽い態度。それに救われる時は多い。けれど、実力も確かだ。不真面目な態度で以前はテリアよりも下の立場に甘んじていたが、彼もテリアが王太子となったことで考えを改めて努力した。
これを知っている者は多く、現在、シェントルでは友情ブームだ。男女関係なく、義理堅くあるべきとの考えが広がっていた。お陰で国はかつてないほど平和だ。
力こそ全てとの考え方も消えた訳ではないが、そこも、友情あればこそ、拳で語り合うのもありらしい。
「さてと。俺は今代の魔女様には初めて会うんだけど、実際どういう人なの?」
ファナが国に来た時、ビランは王都に居なかった。そのため、ファナのことを話でしか聞いたことがないのだ。
「芯の強い人……かな」
「なに、その曖昧な感じ。もっと見た目とかさあ。みんな揃って『魔女だな』って言うし、俺の中では、魔女らしい結構な悪女のイメージに固定されかけてんだけど」
あの時に城に居た者たちからしたら、突然城の中で煮炊きを始めるような理解不明な少女だ。大鍋をぐるぐるやっていたイメージが魔女の姿にぴったり過ぎて、その印象しかない。
薬も凄い効き目だった。だが、ファナが直接飲ませてくれたわけでもないため、凄い薬を作れる魔女という事実だけ。
よって『魔女でした』の言葉のみが出てくる。見た目も、魔女ならば変えられるかもしれないなんてイメージがあるために、曖昧なまま口にくることになった。
「『可愛い女の子』ってのもあったけど、魔女で可愛い女の子って混ざらないよね?」
『救世の魔女』として広まっている噂も、行いだけが先行し、容姿まで出てきていないのだ。
その内容も人がどうこう出来るものではなく、ますます『可愛い女の子』と『魔女』がかけ離れていっていた。
「まあ、お会いすれば分かる」
「あ、副団長は知ってんですね。どんな人?」
「だから、会えば分かる」
「ふ〜ん」
そうして、テリアは屋敷の扉の前に辿り着く。先触れは行っているため、問題はないだろうと、イシュラが扉に手をかけようとした時だ。
「いらっしゃいませ。シェントルの方ですね」
「っ、はい」
「どうぞ。当主がお待ちです」
そのまま招かれ、通された先に居たのは、先日行われた三度目の代表会議にて顔を合わせた魔王だったのだ。
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