279 王太子の訪問
2021. 1. 18
テリアはこの日。
国の使者としてラクトフィールの王城へやって来ていた。
「お初にお目にかかります。テリア・シェントルと申します」
テリアはあの一件の後、正式に王家へと迎え入れられ、王太子となった。母親は平民だが、今やあの国で唯一の王子だ。国の建て直しのためにも、反対する者はいなかった。
こうした外交もテリアは進んで引き受けている。それだけ人手も足りていなかった。とはいえ、テリアは根が真面目な性分だ。王太子としてやれることはやろうと前向きだった。
「本日は、先ずセシア様への我が国の非礼をお詫びさせていただきたく」
こうした謝罪も、テリアは厭わず引き受けている。
勇者を輩出した東の国シェントル。そこは、ラクトフィール王家の王女セシアが嫁いだ国。政略結婚で、夫となった王太子は体が弱く、ほとんど顔を合わせることがなかった。
そして、この結婚を良く思わない者と、セシア自身を邪魔に思う者たちが画策し、セシアは毒殺されかけた。命は取り留めたが、セシアは見た目を変貌させ、魔女に助けを求めて国へと密かに帰ってきたのだ。
結果的にファナと出会ったことでそれらも解決し、健康な体を取り戻したのだが、シェントルへ帰ることはなく、城へ戻ってきていた。
「非礼と言われるが、そちらの国も大変だった様子。全ては教会の謀りによるものだと聞いている。これについては、責任を問わないと代表会議で決まったことだ」
教会の真実が知れ渡った後。各国の代表が一同に会した。そして、そこでローアの処刑も行われたのだ。
「勇者の真実も知られ、貴国は特に被害を被っているのだ。セシアのことも許している」
「……本当によろしいのでしょうか……確かに教会によるものがありましたが……」
本来ならばあり得ないだろう。国同士のやり取り、それを反故にしたようなものなのだ。多額の賠償金だけでなく、今後の外交でも差が出てくる問題だ。
「セシア自身が良いと言うのでな。ただ、一つ良いだろうか」
「はい……」
テリアがこの場で了承できることは少ないが、王には王太子としての権限を充分に与えられていた。
「セシアのことだが、今度我が国の者と新たな婚約を取り付けるつもりだ。そのことを了承してほしい」
「それは……もちろん、構いません。夫との死別により帰られたということで、了承しております」
前、王太子は体が弱く、夫婦の時間も取れなかった。よって、子どももいる訳ではないため、シェントル側からすれば、全く構わない。
「そうか。だが、それならば貴殿が来られたのは、謝罪のためだけか?」
王は今度はセシアをテリアの妻に望むために来たのだと思っていた。だから、先にこの話をしたのだ。しかし、あっさりとセシアの次の婚約を了承されてしまった。ならば他に何をと少し警戒する。
「私がこちらへ参りましたのは、セシア様への謝罪と……この国の御令嬢への求婚をお許しいただくためです」
「我が国の……一体誰にだろうか?」
王太子の妻にと望む者がこの国に居るという事実に、王は動揺していた。予想はできる。王太子との出会いなど、そう易々とあるものではない。
「ファナ……ハークス侯爵家令嬢のファニアヴィスタ様です」
「……」
一瞬、誰だっけとなった。ファナはほとんどその名を名乗ることはなく、ファナとして生きている。現在では魔女の弟子、救世の魔女などと呼ばれており、更にその名が忘れられてきている。
「ファナ嬢か……なるほど。すまないが、彼女への求婚については、手を貸すことが出来ない」
これを王ははっきりと伝えた。だが、反対をした訳ではない。だから、テリアはホッとした。だが、その後に続けられた事を呑み込むのには時間がかかった。
「我が国の王子も彼女に求婚をしているのだ。良い返事は未だ来てはおらぬ故、貴殿にも機会はあろう」
「……よろしいのですか……」
まさかの王子の求婚。だが、王は反対していない。それがテリアには不思議だった。
「構わん。それに、セシアが今度婚約するのは、その兄のラクトなのだ。どのみち親族としての関係は出来る。私はそれで満足だ。友人としての関係も許してもらっているのでな。それ以上は望まん」
「……」
話がおかしな方へ向かっていた。嫁より友人が良いと言っているようなものだ。
王は愚痴るように尚も続ける。
「アレが国母にというのはな……もちろん、彼女は他の令嬢より遥かに頭も良い、王妃になるのに申し分ない能力を持っている。だが、制御が大変だぞ。いや、貴殿の手にも余るぞと言いたいわけではないのだ。ただ、ここに更にラクトが居るとなると余計にややこしいというか……」
「……」
頭を抱える王が不憫に思えてきた。周りに居る宰相や近衛騎士達も、どこか遠いところを見ているように感じる。
「仮に上手くいっても、間違いなくフレットでは、ファナを抑えられんだろうと思っている……貴殿には是非とも頑張ってもらいたい」
「……それは、私が求婚することを了承するということでしょうか……」
「そう言うことだ。あ、だが、私よりも魔王をどうにかするのが大変だぞ……まあ……その……健闘を祈る!」
「ありがとうございます!」
ちょっと最後は投げやりに、物騒な言葉が聞こえたが、王には了承をもらえたため、テリアはハークス家へと向かった。
魔王が揶揄でもなく本当だと知るのはすぐだった。
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