274 心にあった後悔
2020. 11. 9
ほぼ同時に目を覚ましたファナとラクト。
けれど、動いたのはラクトが先だった。
「え、王様!?」
「ラクト!!」
シィルとバルドが驚いて思わず声を上げるほど、素早い動きで起き上がると、ラクトは固まっているローアの顔を抉るように殴り飛ばした。
「っ!!」
ファナの魔女の力で、動くこともできず、声も出なくなっているローアは、当然だが何の抵抗も出来ずにそのまま後ろへのけぞるようにして倒れる。
「捻りのある良いストレートだったね〜」
「ちょっ、ファ、ファナ!? ラクトのやつ、大丈夫なのか!?」
「キレてるだけだから大丈夫」
「ラクトがキレるとか、見たことねえよ!」
バルドが動揺していた。
ファナ関係ではしゃぐことはあっても、キレることは今までなかった。どんなことでもスマートにやってしまえるのがラクトなのだから。
そのままラクトはローアの体を跨いで身を屈めると、人形のように動けないローアを無心で殴りだした。
「おいおいおいっ。アレはダメだろ! ちょっ、ラクトやめろっ」
バルドが慌ててラクトを背中から羽交い締めにしていく。まさかの素手での攻撃にも驚いていた。
「離せ、バル! こいつはっ、こいつだけは!」
「落ち着けってっ。ファナ! どうにかしろ!」
「え? 殴り殺しちゃった方が良くない? そいつ、生きてても役に立たないよ?」
「だからって、ラクトに殺させられるか!」
「まあ、気分は良くないか〜。分かった」
唯一殴り殺した者として、ラクトの記憶に残すのは良くないかなとファナは結論付けた。
「兄さん。こいつには、全ての元凶として晒し者になってもらわないと。こっちの大陸でも、向こうの大陸でもね」
「っ……こいつが……っ、こいつが居なければあのままずっと……っ」
ラクトは思い出してしまった。一番幸せだった時を。それを奪われたのだと思えば、その悔しさも理解できる。
項垂れるラクトに、ファナは一つ爆弾を落とすことにする。腑抜けてもらっては困るのだ。
「あのままは無理だったかもよ? だって、ファルナは魔女が作ったものだったんだもの。肉体の寿命とかどうなってたか、知るのが怖いんだけど」
「……は?」
バルドに羽交い締めにされたまま、ラクトが振り向いた。すごく間抜けな顔だ。
「だから、ファルナって魔女の子どもだったんだよ。でも、魔女って普通に妊娠できないらしくて。体の中で魂から全部作るんだってさ。だから、ある意味作られた人形? みたいな。だから、肉体の寿命がどれくらいだったか不明なんだよ。怖くない?」
「……それは……怖いな……」
「でしょ? 老衰ってなっても死なずにゾンビみたいになってたかもだよ? 師匠、どうする気だったんだろ。その辺、ちょっと気になるんだけど」
「……」
ラクトもさすがに混乱したらしく、殴り殺そうとするほどの熱は冷めたようだ。
「師匠のことだから、肉体よりも魂の方に力入れてたと思うんだよね〜。だから、ある意味リセットされて良かったと思わない? 何より、親はアレだったけど、正真正銘血が繋がってるし」
「……確かに……」
「殺されたのが良かったとは言わないけど、執着はもうなくない?」
「……諦める……」
「そうして」
あのままが良かったと、惜しいと、諦めきれないと思う気持ちは、ラクトの中でようやく整理がついたようだ。
「バルとノバのことは許せないけど、こうしてまた魂は巡ってきた。それも、兄さんの近くに。これって、嬉しいことだよね」
「……そう……だな……それも、あちらの大陸に……」
こちらの大陸の者について悪感情を持つことなく育ったのも奇跡に近い。
ラクトはバルドを見上げる。落ち着いたことを確認して、バルドも手を離した。そして、照れたように頭を掻く。
「あ〜……その……なんだ。話したことなかったけど、俺もノークも、なんかお前と出会った時、嬉しかったんだよ。今まで、何でか分からんかったけど、生き別れの弟に会ったみたいに、変な感覚があってさ……それって、そういうことだろ?」
「っ……」
バルドとノークは、突然現れたラクトに戸惑った。その戸惑いの中に、自分たちの知らない感情があったのだ。それに気付いたのは、ラクトの前世の話を信じはじめてから。
そして今回、この大陸に来て、自身の前世で生まれた土地に降り立った時。バルドは確かな懐かしさを感じた。
シィルとキィラと話をして、コレだと感じた。それが、前世で確かにここで生きていたのだという証明だった。
「記憶はねえけど、やっぱ。こっちに来て懐かしいとか思ったんだよ。それって、そこまで強く、魂ってえのに残ってるってことだろ? なら、きっと昔の俺やノークは、あっちでお前を待ってたんだろうよ」
「……っ、そうか……」
ラクトは静かに涙を流していた。ずっと、二人の死が心にあったのだろう。納得できない思いがあったはずだ。だから、生まれ変わって二人の存在を知って飛び出した。
前世の話など信じてもらえなくても、変に思われても口にしたのは、死に別れた時からやり直したいと思ったからだ。新しくではなく、あのままの思いをやり直したかった。
いつもよりも少し下がってしまったラクトの頭に、バルドは手を伸ばす。
「っ……」
「もういいだろ。あんま追い詰めんな。ただでさえ余計な情報が入ってんだから、パンクしちまうぜ? それに、多分前の俺は早く忘れて欲しいかもしれん」
「っ、なんで……っ」
避難するような目が上げられる。それにバルドは苦笑を返す。
「騎士だったんだろ? なら、王を主を守れんかったのはな……死んでも死に切れんくらい恥ずかしくて悔しいんだよ。最期の時に隣に居られないってのは、騎士にとってはかなり許せんものがある」
「……」
「たがらな。お前のせいだとか考えんのはナシだ。ノークもきっと同じだぞ」
「……分かった……」
スンっと鼻を鳴らして、ラクトはふっと笑った。それは、青年らしい笑みだった。
「よし。なら、アレの始末だな。ファナ、どうすんだ?」
これに、ファナはニヤリと笑って応えた。
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