272 駆けつけた先で
2020. 10. 12
ファナはずっと嫌な予感がしていた。ラクトは強い。それこそ、一つの大陸を覆う結界を死して尚、保つ結界を張れるくらいの力を持っているのだ。
魔女に次ぐと言っても過言ではないほどの力を持っている。実戦経験もあるし、この世界ではもはや最強だろうと思える。だが、それでも湧き上がる焦燥感が訴えてくる。ラクトが危ないと。
ファナは、全ての影を元の人物達と融合し終え、後をベラル大司教と影であるセルクに託す。
「外にシルヴァや九尾……神獣が居るけど、手を出しちゃダメだからね? ちょっと話でもして上で待っててくれる?」
セルクはこれに頷いた。シルヴァと九尾とは顔合わせも済んでいるし、話もできるので問題ない。だが、神獣と聞いて、ベラル大司教は不安そうだ。
「あの……我々にとって神獣は……」
「一方的にそうだって決めつけてきた存在でしょ? っていうか、仮にも神に仕える神官が、一方向からの見解だけで行動するってのはどうかと思うんだけど」
「っ……た、確かに……」
後ろにいる神官達も、はっとしていた。この事実に気付かなかったらしい。
「あ、神官って所は否定しないんだね。全世界共通の神官の最低限の定義は無視してないんだ」
「て、定義ですか?」
「うん。神に仕えるってことと。慈愛と慈悲の精神? っていうの? 仲違いした両者を取り持つお悩み相談とかやれる?」
「え、ええ。双方の意見を聞いて……多方面から……あ」
言っていて、はっきりと自覚したらしい。
「そう。それ。その教会のお約束。それをなんで神獣に当て嵌めなかったの? 寧ろ、絶対って思ってる片方の天の神の方の意見? 思い? っていうの、まる無視じゃん。信じてる神さまのこと、勝手に決めつけちゃダメだよ。かわいそ〜」
「え?」
勝手に神聖視して、持ち上げられた天の神獣も可哀想だ。本人(?)的には償いのつもりで助けたのに、それを慈悲だとか愛だとか言われては、恥ずかしくて出てきたくても出て来られないだろう。
反省して独房にいるようなものなのに、それがなかったことにされているのだから、余計に居たたまれない。
「その辺もきっちり九尾に聞いておいて。語り部の一族が真実を曲げに曲げてるなんて、腹抱えて笑いたいわ」
「……分かりました……」
「セルク。よろしくね」
「ああ。その……シィルのこと……」
「うん。任せて」
ずっとシィルの影と旅をしてきたのだ。セルクにとってシィルは家族で、ベラル大司教よりも気心の知れた相棒なのだろう。
一方のシィルは、ようやく会えた魔王と兄の親友であった人の生まれ変わりと離れたくないと思っている。
それは、一度失くしたからだ。二度と失くしたくないと思っている。二人の側に居たいのだろう。その思いを優先させたのはファナだ。ラクトも、弟のように思っているらしいシィルが居れば、無茶はしないと思った。
「それじゃあ、上で待っててね」
ファナは大きくなっていく焦燥感を無理やり抑え込みながら、奥へと走った。
扉は開いていた。
紅い色の光がそこから淡く溢れていた。
知っていると思った。
「……兄さん?」
倒れているラクトを見て、ファナは部屋に一歩踏み入れた所で足を止めた。
ラクトが倒れている。
その隣でバルドが。二人を見て泣くシィル。そこで、プツンとファナの中で何かが切れた。
「おや。まだ居たのかい?」
「……」
目を向けた先に居たのは、気持ちの悪い存在。見た目は少年のよう。けれど、中にある魂は歪み過ぎて腐り果てる寸前だった。そして、その手にあるのが見覚えのある剣。
「魔王の仲間? にしては、えらく可憐なお嬢さんだね」
紅い石のはまる剣を見つめる。声はほとんど聴こえていない。
これは仕方ない。
その紅石から聴こえる怨嗟の方が、ファナにはよく聴こえていたのだから。
『騙された……っ
『殺してしまった……』
『許せない』
『解放してくれっ』
それらは周りに力なく座る多くの人の声。
そして、その声が一番強く響いた。
『いや! ファルナを返して!』
『ファルナ!!』
この声を。想いを知っている。過去に囚われた想いのカケラだ。
「っ……」
「どうしたんだい? ああ。彼らを殺されたのがそんなにショックだったのかな?」
「黙れ……」
「ん?」
「【口を閉じていなさい】」
「っ!!」
その瞬間。ローアの口が開かなくなった。
カランっと剣が落ちる。突然、開かなくなった口を指でこじ開けようと悶える。
ファナは一歩ずつラクトに近付く。大丈夫。呼吸はある。怪我は肩の刺し傷だけ。
バルドの方が重傷だ。それを急いで癒す。
「ごめんね。シィル。遅くなって」
「うっ、ううん……間に合った……っ、から……っ」
シィルは、ヒクリとしゃっくりを上げながら、涙を乱暴に袖で拭う。
「ひと角さんの力だね。時間、止めてくれてたんだ」
「うん……っ」
仮死状態に保ってくれていたから、バルドは助かった。
「これで大丈夫。兄さんは……」
その時。ローアが再び剣を拾ったのが見えた。見えたと言っても、目の端に映っただけ。シィルが息を呑むのに気付いて、仕方なく再び力を使う。
「【動くな】」
「っ!?」
ピタリと上げようとした足も止まった。
「え……」
シィルはそんなローアを見て驚いている。
「大丈夫だよ。魔女の言霊は強いんだ。私が許可するまであのままだから」
「……魔女……」
「ん? 魔女だよ?」
「そ、そうだった……」
「それより、兄さんはどうしたの?」
「あ、そうだっ。なんか、急にっ」
剣を見て動きを止めたラクトが刺され、それに驚きながら、二撃目を凌いだバルドが刺されると、急に倒れたらしい。
「……思い出しちゃったのかな……」
「ね、ねえ……王様……大丈夫……だよね?」
「うん。少し待ってて。この状況でだと不安かもしれないけど、ちょっとだけだから。私も動かなくなるけど、アレは動かないし。何かあったら……ひと角さんに結界をってお願いしてみて」
「わ、分かった」
「よろしく」
そうして、ファナはラクトに折り重なるようにして意識を手放した。
ラクトの中へ意識を飛ばしたのだ。
読んでくださりありがとうございます◎




