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270 過去を感じながら

2020. 9. 14

ラクトは、まるで呼ばれているかのような不思議な感覚に導かれていた。


「ラクト? 場所分かるのか?」

「ああ。忘れもしない……あの腹立たしい力の気配がある」

「あのって……そうか……」


ファナを迎えに東のクリスタの所へ向かう時。バルドはずっと聞こうと思っていたことを尋ねた。


それは、過去のこと。バルドがラクトの言うバルトロークとして生きて死んだ時のこと。そして、ラクトが死んだ時のこと。


「勇者の仲間が持っていた、変な石のことか」

「ああ……あれはシャウル……そう思っていたが……」


今思えば、違うようにも感じる。あれは、もっと禍々しいものだった。それにより、自我を失った騎士に扮した語り部の男。その最後は呆気ないものだった。体は一瞬で灰となったのだ。


明らかに人には過ぎた力。


「シャウルは、九尾がいう天の神獣が生み出した空に島を浮かせるほどの力を有した石だ。人が扱えるようなものではない。それを……その力を無理に引き出そうとしたのだろう」

「どのみち、ヤバいのがこの先にあるってことだな」

「……お前はバカになったな……」

「その呆れ顔ヤメロ」


可哀想なものを見るような目を向けられたバルドは、ムッとする。


バルドも分かっている。バルトロークという人物は、騎士らしい騎士だったようだ。もちろん、本質は同じだったのだろう。かつて、バルドも騎士だった。その頃はまあ、それなりに騎士らしい性格だったと思う。


冒険者となって、色んなタガが外れたのは自覚している。少し大雑把になっただろう。


「……やっぱ、おかしいか……」

「ん? 別に。お前も大人になったんだなと」

「……は? 大人……?」

「人族に生まれて思ったがな。魔族は肉体的にも、精神的にも成長が遅いんだ。シィルを見て分かるだろ」


ラクトの視線に促されて、バルドはシィルを見た。


「そこで俺を見るのやめてよ」

「なるほど」

「納得しない」


バルドは深く頷いた。ラクトもむくれるシィルを気にせず続けた。


「だからまあ、大人になって、肩の力の抜き方がわかったんだろう。お前はあれだ。面倒なオヤジになるんだろうな」

「褒められてる? 貶されてる?」


これに今度はシィルがバルドへ目を向けた。


「残念な将来だな」

「お前、今心底そう思ったろ!」

「悪い?」


こうして、シィルにからかわれるところは、昔とまったく変わらないなと思うと、ラクトも知らず強張っていた体の力が抜けるのを感じていた。


「おい。もう着くぞ。何かあれば、すぐに逃げられるようにな」

「え? 逃げるの? 相手は一人でしょ? 仮にも元魔王が逃げるとか……ないよね?」


シィルが眉を寄せた。これに、ラクトは苦笑する。


「お前が魔王というものに何を求めているか知らんが、神にも喧嘩を売ろうとする頭のおかしい奴の相手なんて、まともにできるわけないだろ」

「王様が負けるってこと? 黒達いるのに?」

「いや、さすがにな……」


ラクトにもこの場の特異性は感じられていた。神という特別な存在の力が確かに、この場で感じられるのだ。それは絶大な力。シャウルなど比ではないだろう。


「まあ、俺でも感じるよ。神って存在……でも、その神に喧嘩売ってるバカになら勝てるんじゃない?」

「……そうかもな」

「そいつが兄さんを殺したんでしょ……」

「……」


シィルとキィラの兄のノバ。二人は本当にノバが大好きだった。その兄を殺されて、怒っていないはずがないのだ。そのことに気付いて、ラクトはハッとした。


「あの時……兄さんが死んだ時。俺やキィラは感じたんだ。兄さんの……悔しさを。守れなかったって想いを……だから、俺も戦う。一発どころか飽きるくらい殴らないと気がすまないよ」


感じたのは怒りだ。いつもなんでも、何てことないと、余裕そうに見せている大人びたシィル。そのシィルが、普段の余裕はどこへいったというように、沸々と怒りを滲ませていた。


「……そうか……分かった。五発はノルマだな」

「少ない」

「そう言うな。あくまでノルマだ」

「ならいい……」


シィルの頭を軽く撫で、ラクトは目の前に迫った扉の前で立ち止まった。


「ここ?」

「ああ」

「俺が開ける」


バルドが前に出た。それに驚きながらも、ラクトは集中する。


今度は誰も殺させない。


その一念を強く持ちながら、ゆっくりと開いていく扉の先を睨みつけたのだった。




読んでくださりありがとうございます◎

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