027 凱旋?
2016. 9. 26
ファナはラクトをそれとなく観察していた。適当にあしらっていても、ふと感じる気配や秘めている力を知ろうとしていたのだ。
さすがにまだ行動パターンは読めない。だから、先ほどもいきなり消えた事に驚いていた。
まだまだ不確かな要素を含んでいるラクト。彼は兄としてファナのそばに居たがっている。その能力は未知数。不安要素をなくすためにも、少しでも情報が欲しい。
だからという訳ではないのだが、ふと気になった事を口にしていた。
「そういえば、ラクトってこの国の名前じゃない? それって愛称?」
ファナは元々、兄の名前など覚えていなかった。兄は兄だ。名を呼ぶ機会も、名を呼ばれている所にも出会った事がなかったのだから、知る由もない。
「覚えやすいだろう。あの父親は、腐っていても愛国者でな。長男に付ける名前はラクトバルにすると、ずっと前から決めていたらしい。国を愛し、国に愛されるようにだとかなんとか、家令が言っていたな」
「ふぅ〜ん……」
何だか、やっぱり面倒な親なようで、一気にまた近付く気が失せた。この国からも出た方がいいかもしれないと思いはじめれば、それをきっちりとラクトが察していた。
「大丈夫だぞっ、ファナっ。あの父母には田舎にある別荘へ引っ越してもらうからなっ。家には私とファナだけだっ!」
「……それも嫌だな……」
「っ、そんな……」
ラクトは、邪魔者は居なくなるから、気兼ねなく帰っておいでと言う。だが、それはそれで面倒くさそうだ。
その時、不意に辺りの雰囲気が変わった。
「何だろう?」
それまで聞こえていた喧騒がいきなり止み、しばらくしてざわざわとした声が一方向から聞こえてくるようになった。
人々もそちらに吸い込まれるように集まっていく。
《どうやら、何かの団体が通るようだな》
「団体?」
シルヴァは気配でそれを察した。ファナも感覚を広げ、人々の作る壁の向こう側へと意識を向ける。
「……あいつらがここを通るとはな……一つ向こうのレントに宿を取ると思ったんだが……」
「ラクト。もしかして、戦士団か?」
「そうだ。この先のフレック湖の辺りにゴブリン達が巣を作ったとかでな。討伐から帰ってきたんだろう」
この国の北にある湖。その向こう側は国境だ。そちらからゴブリンの群れが移動してきたらしい。
《大仰だな。ゴブリン如きにあれほどの人数がいるものか?》
「でも、ゴブリンの数も多いかも。北の方は今年、気候が安定しなかったみたいだから、作物の実りが遅いんだ。それで南下してきたんだろうね。だいたい五年に一回くらいの周期で不作があるから」
数年に一度、こういった討伐が必要になるのだ。こればかりは仕方がない。
ファナ達は、関わらないようにと彼らが向かう方とは逆に歩みを向けた。
しかし、不意に黄色い悲鳴が響いた事で、驚いて足を止める。
「キャ〜っ、フレット様ぁぁぁ」
「あぁっ、怪我をされているの? 薬っ、薬を差し入れしなきゃっ」
「どこに泊まられるのかしらっ」
そんな女性達の声を耳にし、ファナはバルドへ尋ねた。
「フレットって誰?」
「ファナっ、き、気になるのかっ? あいつだけはダメだっ! あいつだけは絶対にっ!!」
「だから、誰?」
ラクトは必死にファナへ注意する。しかし、ファナにはそれが誰なのかも分からないのだ。何がダメで、どんな人なのか。それくらいは知りたい。
話の通じなさそうなラクトではなく、バルドならばと、再びファナはバルドへ問いかけた。
「フレット・ラクトフィール……この国、ラクト王国の第一王子だ」
「へぇ……」
ラクトフィールの名を名乗れるのは、正統な王家の血を引く、第三位までの王位継承者と王のみだそうだ。その他、第四位以下と、王女達には、ランドールという名を名乗る事になる。
「フレット様は、第一戦士団の副隊長でもあるんだ」
「副隊長? 微妙だね」
《それはどの位置なのだ?》
「戦士団の中で二番目って事だよ」
《ほぉ……それは実力順か?》
「違うんじゃない? だいたい、あんまり強そうな気配しないもん」
《それもそうだな》
ずば抜けて強いと感じられる者がいない。ほとんど全員の力が拮抗しているのだろう。上下関係に力は関係なさそうだ。
この冷静な分析に、バルドは表情を引きつらせる。
「そ、そうか……だが、一応、ゴールドに匹敵する力がある者しか、戦士団に入れないんだぞ……」
「そうなの?」
そう聞くと、王子であるにも関わらず、かなり強いのだと感心してしまう。
《しかし、それにしては怪我人が多そうだ。ゴブリン相手にかなり苦戦したようだな》
「ふんっ、ザマァない。私なら、一人ででもゴブリンの群れなど蹴散らしてくれたものを」
「おいおい、もう少し声を落とせ……」
「いいんじゃない? 確かに、あんなゴテゴテの機能的でもない鎧を着て、目立とうとしてる人達なんて、兄貴の足下にも届かないよ」
「ファナっ……」
比較された事は微妙だが、ファナが実力を認めてくれているという事が嬉しかったようだ。ラクトは感動で打ち震えていた。
幸い、ファナ達の周りには誰もいなかったので、この会話はここだけの話になった。
「さてと、ねぇ、バルド。何か美味しいものでも食べに行こうよ。さっきギルドで薬も売ったしね。お金はあるでしょ?」
ファナは、ギルドを出る時に作った薬を数個売っていたのだ。鑑定結果は全て、最高ランクのクラウン。お陰で驚くほどの収入になった。
イクシュバのギルドが払えるギリギリの上限までの金額を受け取り、それを全てバルドが管理していた。
これほどのお金の重さをかつて感じた事があるだろうかというほど、バルドはファナから預かったお金に存在感を感じていた。
「あ、あぁ……わかった。あっちにいいところがある。行こうか」
「わ〜い」
《うむ。今ならば、あれらが人を引きつけているからな。店も空いているだろう。今のうちだな》
「わ、私も行くぞ」
こうして、凱旋の喧騒から離れ、ファナ達は人を避けるようにして食事に向かったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
このまま王子達を避けて……なんて出来ないんだろうな……。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎




