269 実験は趣味といえる
2020. 8. 31
この場所は魔女の言う精神世界という場所にとても近い。それは、魂のある魔力の満ちた場所だ。
神界とも繋がっていたのだろう。魂の補完をするには理想的な場所だった。
ファナはラクトとバルド、それとシィルを送り出し、ベラル大司教と向き合った。
この場に残ったのはベラル大司教の影であったセルクだけ。
「セルク、ちょっとそこに立って」
「ここ……か?」
影は本体の欠けた分だ。側に置くことでその大きさを認識しやすい。とはいえ、これはファナだから分かるだけ。本来の魂の形を知っているからできることだ。
ベラル大司教の檻は、早々に壊した。人一人が余裕で出入りできる大きさの穴が開いている。そこからファナとセルクは中に入り、ベラルとセルクを並べた。
「うん。ハイ、チーズ!」
「「は?」」
サイズを測るにも、これが一番良いと魔女に教えられた。両手の指で四角を作ってその中に納める。
そして、それをやった時の合言葉は『ハイ、チーズ!』らしい。
今、綺麗に同じ表情、同じ緊張感の二人が出来上がった。
やはり魔女は正しい。
これを魔女と同郷のユウヤが知れば『多分、違います』と真面目な顔で言っただろう。彼には披露していないため、その指摘はもらえない。
「よし、そんじゃ、行くよー。動かないでね〜」
「は、はい……」
軽い掛け声と共に、ベラル大司教の足下に光のサークルが現れる。それがゆっくり上へと移動し、頭上でパっと消えた。
「補完完了♪」
「もう?」
セルクがベラル大司教の見た目を確認する。シィルのようには特に変わっていない。けれど、ベラル大司教本人は変化に気付いていた。
「……体が軽くなりました……どこか制限されたような感じが……消えました」
「うんうん。ばっちりだね。やっぱり、魂が欠けると動きに制限がかかるんだよ。ほら、痛みはないけど怪我してる状態だから」
足りない所があるというのは、当然、違和感を生む。
「感覚的には、夢の中で思うように動けないのと似てるんだよね」
「あ、なるほど。確かにそんな感じです!」
そうだそうだとベラル大司教は頷く。本来の状態を知っているからこそ、違和感を感じるものだ。これは影の方ではわからない。けれど、おそらく感じている感覚は同じはずだ。
セルクも思う所があったらしい。
「……夢か……」
「夢なんだし、思ったように動けるはずなのに出来ないって感じがね〜。ある意味悪夢? を見てるんだけど、私の場合はイライラしちゃって」
ファナにとって悪夢だと思えるものは今までなかった。怖いというものではなく、ひたすら腹の立つ夢だったというのがファナの悪夢だ。
魔女もこれには同意。寧ろ、それが魔女の資質だと若干褒められた。
「……影のこと、研究されていたのですか」
この時には、ベラル大司教もファナが何者であるか予想できていたようだ。
こんなことができるのは魔女しかいない。
「ん? うん。気になったからやってみたの」
「……何をですか?」
ベラル大司教は首を傾げる。少し嫌な予感を感じながらである。なんとなく気付いてはいた。魔女様の正解はこれだ。
「自分で影を作ってみたんだよね〜。アレ、困るのは性格っていうか、根本的な所が似るってとこ。影まで実験しようとするから、戻すのめっちゃ苦労した」
「……」
「……」
ベラル大司教とセルクはお互いへゆっくりと顔を向ける。
この魔女に任せて本当に大丈夫かと。
「さてと。次行こうか。案内してね〜」
「……はい。くれぐれもよろしくお願いします……」
「……」
セルクはもう何も言えなかった。
ベラル大司教が先頭に立って、暗い通路を進む。ファナはそもそも気になっていたことを尋ねた。
「あそこから出たことあったの?」
「影が生まれた頃からあの部屋に……それからは数えるほどですが……ローア大神官様に案内されて……」
「あ、自慢された感じ?」
「……はい……」
話しながらも進むと、セルクが反応して立ち止まる。ベラル大司教が行こうとする方とは逆の通路を見ていた。
「居る。こっちに……影だ」
「え……あ、まさか、別の部屋に……」
「前は同じ部屋に入れられてたの?」
「いえ。正面の部屋に居りました」
「ふ〜ん……実験好きそうな感じするね」
なんだかファナと同じような人種の臭いがする。感じたのは同族嫌悪だろうか。魔女としてのプライドを刺激されたような、そんな気に入らないという感情だった。
「まあ、いいか。そっちには兄さんが行ってるし。何とかするでしょう」
「……危険なのではありませんか? 私から見ても、大神官様は少し……」
「異常?」
「……考えが読めません」
ベラル大司教がローア大神官に対して思うのは、恐怖だろう。魔女に対してのものに似ている。だが、決定的に違うようにも思えるはずだ。
「魔女とその大神官だと、どっちが気味悪い?」
「……正直に申しまして……大神官様かと」
「ふふ。だろうね。ここで神の存在を感じていながら、その神を蔑ろにし過ぎてる感じがする。まるで……自分が神にでも成り代わろうとしてるみたい」
「っ!?」
魔女とローアの違いは恐らくそこだ。
「自分の力を過信したバカは潰しがあるよ」
「……っ」
「……」
ニヤリと暗闇で笑うファナに、二人はゴクリと喉を鳴らしていた。
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