268 特殊なお部屋ですね
2020. 8. 17
階段の先には通路が広がっていた。
「迷いそ〜」
そう言っていながら、ファナは迷わず左に進んだ。すると、バルドが慌てて手を伸ばす。
「ちょっ、ファナ? 勝手に行ったら本当に迷うぞ」
「ん? でも、セルクの素があっちに居るみたいだからさ」
「素って……」
バルドは半笑い。セルクも微妙な表情をしていた。
「ファナが言うなら行こう」
ラクトは肯定することで好感度を上げようとしているようだ。そんな中で一番冷静なのはシィルかもしれない。
「最初にセルクの素? の所に行っていいのか?」
「うん。だって、イドが言ってたでしょ。セルクを見て『大司教』って。大司教って偉い人でしょ? 一番上か二番目かってとこ」
「あ〜……なるほどね。頭から落としたいんだ?」
「その方がやりやすいでしょ」
魔女のやり方は『目立った奴から処分する』だ。今回の場合はセルクの本体だった者。
「因みに、ここで一番偉いのって誰?」
イドに聞いておくんだった。だが、この場にはもう一人、教会や語り部について詳しい者が居た。
セルクだ。どうやら、本体の記憶もかなり整理できたらしい。今までは触れないようにと、暗示に近い形で本体について知ろうとはしなかった。だが、個となったことで色々と制限がなくなったようだ。
「大司教の上に大神官が居る。あのイドという者よりも、太古の血が濃い特別な者だ……この教会の創設者の一人と言われている。滅多に姿を現さない」
「へえ……人とは違う変な気配はそいつかな」
「……確かに居るな……」
感じ取ったのは、異質な存在の気配。ラクトも感じたらしい。
ファナはそっとラクトの表情を盗み見る。緊張しているような、そんな表情だった。ファナが感じているものと同じものを感じているのだと確信する。
「ふう〜ん……」
目を細めて気を引き締める。それからファナは緩めていた歩調を速めた。
「結局どっちに行くのさ」
シィルが尋ねる。どっちというのは、セルクの元本体か、一番の頭の大神官のところかということだろう。
「先にセルクの素」
「分かった」
迷わず進んだ先。淡い灯に照らされる回廊を進むと、突き当たりに扉があった。ファナはご丁寧にもノックした。
「こんにちは〜。お邪魔しま〜す」
遠慮なく開けた。
目に飛び込んで来たのは、昼間の室内と同じ光量。赤い絨毯が敷かれ、ソファーやベッドなどの家具は少ないが、品の良い淡い色合いで統一されている。
室温も丁度よく、空気も循環しているのがわかった。
しかし、唯一おかしな点がある。それは、扉より数歩先から鉄格子によって部屋が区切られていることだ。
「え? 囚人部屋? こんなVIP仕様の牢とかすごいね。あ、元王様とか用の設計?」
ファナは少し興奮した。
バルドやシィルは引いていた。
「おいおい……なんでこれで目を輝やかせられるのか分からねえ……」
「変態が用意する部屋に見えるのは俺がおかしいの?」
「ああ、愛妾用? よく知ってるな」
「やっぱあるんだ? うわあ、人族の貴族ってイヤな生き物だよね」
「なんだよ。こっちではねえの?」
「複数の伴侶を持つの合法だもん。あっちはダメな国とかあるんでしょ」
「あるな……へえ、一夫多妻制ってやつか?」
「一妻多夫もあるよ。強くて養えればどっちもあり」
なんだかファナの後ろで盛り上がっている。これになるほどと密かに納得する。魔王だったラクトには、沢山の嫁候補がいたのだ。全部娶っても問題なかったらしいと知ってほっとした。
あの頃、納得はしていても、正妻だなんだと優劣をあの優しい姉達に付けて欲しくなかったのだ。もちろん王の妻、正妃の役割りは特別だろう。それもあの姉達ならば上手くやったように思う。
「さてと。そんで……お兄さんがベラル大司教で合ってる?」
「っ……君は?」
セルクと同じ顔。だが、少しセルクよりも老けている。こんな部屋に入れられているからという理由だけではない。純粋に歳を取っているようだ。
「不思議だねえ。影よりも歳を取るなんて。やっぱり、早い段階から個として確立されかかってたんだね」
「影……っ、わ、私の影っ」
「……」
ベラル大司教は、驚愕しながらも自身の影であるセルクを見つめる。少し怯えてもいるようだ。
「間違いなくあなたの影だよ。けど、彼は特殊。神獣の力の影響を受けて、影から一人の人になったんだ。けど……お兄さんは不安定なままだね。魂が欠けた状態になってる」
「……っ」
「どうする? このまま弱っていくのを受け入れるか、魂を補完するか」
「っ、そんなことが出来るのですか?」
希望を見つけたというように、ベラルは鉄格子に近付いてきた。
「場所も良いし、セルクの存在がしっかりしてる分、簡単かな」
神が過ごしていたというだけあり、この場所は魂に触れやすい。
「それは……どうやって……」
「精神によって補完するの。ここはそういうのを感じられやすい土地だから、やりやすいはずだよ。あなたの場合は特に、完全に影と切り離された状態だからね」
「……他の……他の者達も何とか出来ますか……」
「出来るよ?」
「っ、お願いします! どうかっ、どうか助けてやってください……」
座り込み、頭を下げるベラル。それに、ファナは頷いた。
「いいよ〜」
「ありがとうございます!」
実験にも良い人数が揃っているしと満足げなファナ。そんな心情を知らないベラルは、感謝しきりだ。
「……知らないというのは幸せなんだな……」
「そうだね……」
ファナという子がどういう子なのかを知っているセルクとシィルはベラルから目を逸らした。
「よーし。それじゃ、兄さんは一番上の人を頼むよ」
「ファ、ファナが頼むって……っ、任せてくれ!」
「ん〜」
どうでも良いように誘導したと見えるだろうが、そうではない。恐らく、ラクトかファナくらいしか相手にできない相手。そんな予感がしていたのだ。
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