266 真実を受け入れるなら
2020. 7. 20
ファナ達はその小さな島へ向かった。
「兄さんまで来なくていいのに」
「ファナにだけ行かせるわけないだろ。あの石が残っているかもしれんしな……」
「ふう〜ん」
ラクトは島へ向かうと決めてから、少し様子がおかしい。ラクトらしくないのだ。
ドランに乗り、隣で静かに思考する様子は、魔王であり、父であった頃のようで、なんだか懐かしくて嬉しかった。思わず笑みを浮かべてしまう。
「……なんか、昔に戻ったみたい……」
「ん? 何か言ったか? も、もう一回! ファナの言葉を聞き逃すなんて……っ、すまない! 頼むからもう一度!」
「……」
ファナは一瞬で表情を消した。台無しだ。
「ファナ!」
「……寡黙で誠実な兄さん、どこかに落ちてないかなって」
「お、落ちてたらどうするんだ?」
表情は抜け落ちたままだ。
「代わりに煩くてウザい兄さんを捨てて拾おうと思うんだ。探してきてくれる? 今すぐに」
「ファナに兄さんは二人も居ないぞ? どこに煩くてウザい兄さんが居るんだ? いつの間にそんな奴を兄と?」
「お前だよ。バカ兄貴」
「っ、な、なんと!?」
もう知らん。相手にできんと前を向いた。そんなファナの足元に九尾が歩み寄る。
《なんかアレだな……魔王は残念な感じになったな……死んでもバカは治らんというが、死んでバカになるとは……バカしか居なくなるんじゃねえよな?》
九尾が本気で怯えているのを見て、ファナは頷く。
「絶望的な未来ダネー。どうする? 一回人族を死滅させる?」
《それでいったら、バカになって戻って来るだけじゃねえ!?》
「あ、そっか。でも、こういうバカなら、世界が平和になるかもよ?」
《なるほど》
表情を緩ませ、クスクスと笑ったファナ。一方の九尾も納得だと何度も頷く。これに、シルヴァは呆れていたらしい。
《これはツッコミ待ちなのか? 我では出来んぞ? バルド、早くしろ》
「俺? あ〜、平和になるのは良いことだな」
《そうではないわ!!》
「ぐはっ、ちょっ、ツッコミできんじゃん……痛い……」
シルヴァが前足で普通にバルドの横腹を蹴飛ばしていた。手加減はしたらしい。
「……何やってんの、あれ……」
「楽しそうだな」
「なに? ああゆうのが良かったの? ってか……あんたがそうやって笑うの、初めて見たかも」
「っ、そうか……」
「うん。なんか……余計な力が抜けた感じ。いいんじゃない?」
「そうか……っ」
シルヴァ達の後ろでは、奏楽詩人の男とシィルも笑い合っていた。
「……」
静かにその側でファナを中心としたこれらの様子を一心に見つめているのはイドだ。
「……魔女とは……怖いものだと……でも……」
突拍子もないことを言うが、ファナはいつでも中心だ。そして、悲観することがない。いつでも飄々としているファナに思う所もあるが、今は悪い気がしないのだ。
イドは見守ることのみ許された。そう、ファナが術をかけたのだ。そんな術を知らない人からすれば、かけられた自分がどうなるのかが不安になる。
しかし、不思議と受け入れられたのだ。イドはもう、教会の側では考えられなくなっていた。どちらかといえば中立。神獣を側で見たことも大きい。人がどうこうしていいものではないと理解したのだ。
何より、ファナを見ていて、ファナの周りを見ていて考えた。
「魔女は……誰よりも正しかったのかもしれないな……」
教会が、かつて魔女から受けた被害は、たしかに恐ろしいものだった。だが、思い出してみれば、間違いなくこちらから手を出している。
過剰な報復ではあったが、それでも、きっと手を出さなければ、あんなことにはならなかっただろうと思えた。
「……神獣様方のことを考えれば……こちらに非があるのは明らか……」
不条理に暴れていたように当時は思えた。魔女とは怖いものだと。天災のようにどうにもできないものだと思ったし、教えられた。だが、そうではないと今ならばわかる。
「真実を……真実を教えなければ……っ」
教会側に、きちんと伝えるのだ。神獣のことを。天の神獣のことを。それがイドが出来るせめてもの罪滅ぼしだった。
イドは聞いていたのだ。かつてあった生贄の話。教会が魔族を悪者にするために行っていた聖女流しを。
リナーティスは、全てをイドに話していた。
流されて来た少女の話。魔王が保護し、娘とした少女を勇者達が殺したのだという話を。
「……っ」
魔王が愛した義娘。それが打たれたというのに、魔族は、魔王は攻めてこなかった。許してはいない。けれど、それはしないでくれた。
その魔王の生まれ変わりだという青年は人族。そして、その義娘が妹である魔女。二人は、果たして教会が討つべきと判断するような邪悪なものだろうか。
暗い復讐心を持つ者も教会に居れば、向き合うこともあった司祭のイド。けれど、二人からはそんな負の感情を読み取ることはできなかった。
真実を知り、正そうとする者にしか見えないのだ。
「間違ったのは私たちか……」
それを認めざるを得なかった。
そして、それが誰の目にも入った。
「うわあ……見事に中央に着地したねえ」
「そんなっ……」
眼下にある光景にはイドは絶句する。教会本部のある島の中心は深くえぐれていた。煙が何本か立っている。
「それなりに防御はしてあったんだね。まあ、半壊以上ではあるけど、結果としてはまあまあじゃない?」
そんなファナの感想を聞きながら、一行は島の端に降り立ったのだ。
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