265 真実は違いました
2020. 7. 6
ファナは、もうその存在を半ば忘れていた。
イドという司祭は、天翼族の血を引いているのだという。見た目は青年だが、実際年齢は百を越えているはずだ。
「っ、なぜ、なぜ、大司教様がここに……っ」
「……」
奏楽詩人の男を見て、イドは目を丸くし思わずというように告げた。言われた男の方は、少し考え込む。そして、胸を押さえた。
「ぅ……っ……」
「あ〜、本体を知ってるんだ。こらこらお兄さん。あんまり繋がろうとしない。きちんと自分を認識して」
「っ……あ、ああ……」
ファナは奏楽詩人の男へ歩み寄り、肩を叩いた。そして、イドとの間に入る。
「っ……」
イドは怯えながら二歩下がった。
「ちょっと、なにその顔。相変わらず失礼なヤツだなあ」
「っ、も、申し訳ありません……っ」
「で? この人の本体を知ってるんだね? その人、あの島に居る?」
「っ、し、島のことっ……は、はい……」
結構素直に話してくれる。これは、ここでの成果だろうか。逃げるような素振りを見せないのも良いことだ。
「ふ〜ん。ちょっとお兄さん、確認するよ」
「あ、ああ……」
ファナは振り向いて奏楽詩人の男に触れる。
これに反応するのは、当然というかラクトだ。
「ファナっ、そういうことは私以外にっ」
「ちょっと黙ってて」
「……はい……」
視線さえ向けずに言えば、ラクトは落ち込みながらも口を閉じた。
「……一応、切り離しも出来てるから大丈夫かな……お兄さん、ここに来て良かったね。影とはいえ、そっちの神子と一緒に行動してたのもよかったよ。ここの神獣の影響で、個として完全に固定され始めてる。間に合ってよかったよ」
「それは……どういう……」
ファナは、先ほどの光景を思い出していた。
「さっき、少し揺れなかった?」
「揺れたわ。だから、念のためにその子を下から出したの」
反省文を書き終わったらしいリナーティスが、机に突っ伏しながら答えた。シィルが歩み寄ってくる。
「何かあったのか?」
「うん。さっき、空陸が落ちていったんだよ」
「っ、空の大陸が……まだあったのですか……」
これはイドだ。かなり驚いていた。
「知らなかったんだ? まあ、最後の欠片みたいなものだったよ。村一つなんとか入るくらいの大きさのね」
「っ……本当にあったのですね……」
「天翼族ってのが存在したんだから、あるって分かってたでしょうに」
「……いえ……私たちの中でも伝説のようなもので……」
「は? だから天の神獣がどうのとか言ってたんじゃないの?」
「……神を見た者はおりませんし……」
「呆れた……」
それでよくそれが真実だと突っ走れたものだ。
《仕方ねえよ。だいたい、天のやつが姿を見せてたのは、人族がかなり減った時だったしな。天のは、アイツが荒らし回った大地を俺らが調整してる間に人族が死滅しないよう、天翼族ってえのにしたことを最後に俺らに封印するように頼んで眠ったし》
九尾の何気ない話を聞き、ファナは目を向ける。
「……なにそれ。色々と知らない話が入ってるんだけど」
《んあ? あ〜、まあ、伝説とかってえのは、分かりやすく、納得できるように変化していくもんだ》
「ちゃんと説明してくれる?」
《いいぞー》
そうして聞いた。
そもそもの始まりは、この世界の創造神が消えたことに起因するという。唐突にその存在が消えたらしい。
これにより天の神獣は悲しみに暮れ、力の制御が出来なくなり大地を荒らした。なんとかその暴走を止めた地の神獣は、人族が生きられるよう、残された土地を調整するため、六つに分かれた。
多くの人族達が荒れた土地に残されていたが、中には、それでも天の神獣を信じようとする者たちがいた。そんな人族達を知り深く反省した天の神獣は彼らに加護を与え、大地が清浄化するまでの間、天に浮かせた大地に住まわせて守った。
しかし、大地を浮かせるための力で天の神獣は力を使い果たし、そのまま休眠状態に入ったらしい。二度と大地を荒らさないために、九尾達の力を借りて封印してもらったのだという。
「……で、教会はその天翼族側の考えで来てるってこと? 休眠状態に入ったのは天の神獣の意思でしょ。それを知らずに、この世界の正しい神は天の神獣だって考えでここまできたと……迷惑な人達だなあ……」
天の神獣の復活と大地を返すことを目的としていた教会。それは天の神獣の意思など無視したもののようだ。
「百歩譲って、シャウルの恩恵を手に入れたい、取り返したいって言うのは、まあ、天翼族にとっては正当な主張とも取れるけど、ものすっごく的外れな考えになってるって……教えてあげてよ」
《俺が言ったところであいつら聞くかよ。見つけたとか言って問答無用で攻撃してくるんだぜ? 言葉も合わせてやってんのに、あいつら会話を知らんし》
九尾も、何度か試みていたらしい。『お前らのやろうとしていることは、天のヤツの望みじゃない』と告げても、まるで言葉の通じない者達のように、速攻で攻撃してきたのだという。それで会話を諦めたのだ。
これをそのままイドに放ってみた。
「だってさ。ちゃんと聞こえてた?」
「っ、は、はい……そ、それが真実ならば私たちは……っ」
「真実ならばじゃなくて、真実だよ。その場を見てるんだから、疑うのが間違ってるよ」
「っ……」
なんだか、色々と考え出したようなので、イドはしばらく放っておく。
ファナはもう一つ確認したかった。
「天の神獣の封印って、シルヴァ達が消えると解けるの? なんか、封印が解けると滅ぶ的な感じの話も聞いたんだけど」
シルヴァが以前そんなことを言っていたはずだ。
《解けるぞ。俺らと天のは対の存在だ。どっちかだけだとバランスが取れねえ。俺らが存在しない状態で天のが仮に大地に降りれば、大地は砕ける。陸地がなくなるだろうな》
そこをシルヴァは滅びると解釈したようだ。どうも、神獣の中で知識に偏りがありそうだ。九尾はそういう情報を正確に記憶する部分の役割を持っているのだろう。
《ただでさえ、力の制御が甘いところがあってな。唯一アレが降り立てる場所ってのがあるんだが……あ、そうだ。あそこだ。さっき落ちてった所》
「教会の本部があるところ?」
ファナは呑気に答えたが、これにイドと奏楽詩人の男が反応していた。
《おう。あそこはあんま人が入るべき所じゃないんだけどなあ。それこそ、天のが知ったら怒り狂うぞ》
「お気に入りの場所だったとか?」
《それもあるが……創造神の地上での隠れ家ってえの? 聖域指定してた場所なんだわ》
とんでもない言葉を聞いた気がすると、ファナも一瞬息を止めた。
「……教会本部を置くのにある意味相応しいかもしれないけど、ダメな所でもあるね」
《俺らも良い気がしねえよ。いずれ出て行ってもらおうとは思ってたんだぜ? 今回のでどうなってるかだな。なんで、魔女さんよ。ちょっと行って、追い出しと浄化頼むわ》
「ものすごく軽く言われた! でもいいよー。神域は大事にしろって師匠も言ってたし」
《よろしくー》
そうして、早急に現場に向かうことになった。
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