264 落ちていく大陸
2020. 6. 22
前世、こちらの大陸に流されて保護された後も、ファルナはあの白いリボンを大事に持っていた。
半ば喧嘩別れした情報屋のマスター。儀式の日のパレードで、ファルナの乗る船に投げ入れてきた固結びされた白いリボン。『恋人じゃないんだから』と呆れたあの日のことをはっきりと思い出した。
王城で暮らすようになってからも、怪我をした時に止血のために巻く布のように、腕にいつも巻いていた。服の下だったし、あの頃のラクトには知られていなかっただろう。
魔王であったラクトをかばって倒れた日も、そうして身に付けていたリボンは、どこに行ったのだろうと考える。
ドランに散歩に誘ったファナは、大陸の上空に居た。不可視の術をかけたので、下からは見えないはずだ。何より、かなり高い所を飛んでいる。下から見ても、大きめな豆くらいの大きさでしかないだろう。
「……あっちが流れ着いた漁村。あっちの大きな建物がお城」
遠く見えるそれらを確認しながら、マスターのことを考えた。
「……やっぱり怒ってたのかな……」
ファナはドランの背で仰向けに倒れ、空を見上げる。ドランは久し振りに飛べたことで機嫌よく同じ場所をクルクルとゆったり飛んでいた。
目を閉じれば、巻いていたリボンの感覚まで戻ってくるようで、そっとそこに手をやる。
「なんでマスターは……」
組織を作ったのだろう。ファナの中では、白いリボンを付けた情報部隊がマスターの作ったものだと確信していた。
《ギャギャっ》
「ん?」
何かを知らせるようにドランが鳴いた。
「どうしたの?」
《グゥ、グゥっ》
「上?」
首を何度か伸ばして示す先は空。
「……何かある……」
目を凝らすと、豆粒大の何かが見えた。鳥ではない。ドランがゆっくりと近付いていく。
「……土……飛ぶ島? これって、伝説の大陸……」
かつて天翼族という翼を持つ種族が住んでいたという島。天の神獣を神としていた国。
「……なくなったんじゃ……」
そこに、ファナを目印にして天狐が転移してきた。
「天狐? ねえ、アレって……」
《おう。まだ落ちずにいるとはなあ。核の一つが落ちたから、もうとっくにどっかに落ちてると思ったんだが》
「核……シャウルのこと?」
これも、きちんと思い出した。こちらの大陸で姫と呼ばれていたのだ。歴史の勉強はしている。
《ソレソレ。あの空陸には、あの核が三つあった。一つは白蛇が粉々になって遠い海に落ちていったのを見たとか言ってたか。一つはこの大陸に落ちてきた。残りは一つだ。一つきりじゃ、あの大陸は支えられん》
白蛇とは、ボライアークのことらしい。夢で時折顔を合わせる神獣達だ。そこで聞いたのだろう。
見上げる先にあるのは、大陸とは言えない小さなもの。村一つ入るかどうかの大きさだろうか。
「見えなくする術とか、かかってないんだね」
《それも一つじゃ無理だぜ》
「あ、核ってアレ? 何か消えかけてない?」
《だなあ。もう落ちるんだろうよ。この高さとか、もうかなり落ちてきてる》
確かに、高度が一気に下がってきている。時折揺らぐのも落ちる寸前なのだろうと思えてならなかった。
「……どこに落ちるかな」
《そうだなあ……》
「引き合うものとかないの?」
《あるぞ。俺らの周りが多いのがその証拠だ。こっちの大陸に落ちたのも丁度、黒が暴れてた近くだったしな》
「へえ……けど、通り過ぎるね」
《力放出してねえからな》
ボライアークの傍に落ちたのも、海に流れた毒を浄化していた時だったらしい。最近だなと思った。
「なら今は?」
《特に力出してんのは居ないな。そうなると次点で……バカな術行使しようとしてる所か》
「バカな術……おお。アイツらかあ。まあ、あれくらいの質量なら全部死にはしないでしょう。兄さんに報告しよ〜」
ファナ達が泳がせていた教会の者達が本拠地に到着したらしい。そこで、ファナ達に何か仕掛けようとしていたのだろう。大掛かりな術を行使し始めていた。
そこに真っ直ぐ向かっていく。
「あれだけ求めてたものが降ってくるんだもん。嬉しいよね?」
ニヤニヤと笑った。いい気味だ。
《うわあ……そういうとこ、やっぱ魔女さんだよな〜》
「褒められた!」
《うんうん。褒めてんよ〜。それでこそ!》
そうして、ファナは地上に降りる。そこで、尋問を終えたらしいリナーティスに預けていたイドという司祭が青い顔をして、奏楽詩人の男と向き合っている現場に行き合ったのだ。
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