263 過去にもらった想い
2020. 6. 8
ファナがひと角と遊んでいる間、久しぶりに揃った家族は色々とあったようだ。
大きな変化はシィルだろう。
ファナが戻ると、そこにシィルの影の青年は居なかった。代わりに影の青年と同じくらいに成長したシィルがいた。
「おわっ。育ってる!」
「……もっと言うことないの?」
「ん? ヨカッタネー」
「そのどうでもいい感じやめて……」
実際、ファナにとってはどうでも良いことだ。影が存在したままでも良いように取り計らったのだから、この反応も間違いではない。
だが、気を遣えないわけではない。なので、もう一つの感想を口にした。
「目線とか変わって不便そう」
「……ねえ、王様。どう育てたらこんな自由な子になるのさ」
不服だったらしい。ラクトへとシィルは訴えた。
「羨ましかろう。ファナは、いつでも予想外な答えをくれる天才だ!」
「盲目的過ぎる!」
「何を言う。私はファナの事は全て見ているぞ」
「だから盲目的だって言ってるんだよ! 周り見てないだろ!」
「どこに見る必要があるのだ?」
「……どうすりゃいいんだよ……」
シィルが崩れ落ちた。そんな彼の肩を、シルヴァが優しく叩いた。
《アレを正気付かせるなど時間の無駄だ。主も含め、この兄妹は異常だと思って、己の心の平穏を守るが良い》
「……無理なんだね……」
《無理だ》
見つめ合ったシィルとシルヴァは、一つ頷いて諦めた。分かり合った感がすごい。
「で? お姉さん、じゃなかった。お母さんとお父さん? アレ、何してんの?」
落ち込んだ様子でリナーティスとその夫は、テーブルで向き合って座り、何やら一心に書いていた。
シィルは面倒くさそうに見ただけで、答えてくれたのは、奏楽詩人の男。その男の向かいでは、父親についていた青年が無心で豆のスジ取りをしていた。
「……反省文を書いている」
「何それ。なんでそんな面白いことになってんの?」
ファナは目を瞬かせる。
「……とある村での反省の仕方らしいと聞かせたら……」
「それ良いかもって思ったんだよ」
シィルが同意した結果だった。影と同化したシィルは、その記憶も受け継いだらしく、この奏楽詩人の男とも普通に話しているようだ。
「どうせ、母さんも研究書とか書くの好きだし、父さんもアレ、本の虫だし。こっちの言いたいことは全部言ったから、後は聞くの面倒だし書いといてもらった方が効率的かなと。時間できたら読むって言っておいた」
シィルは、自分が眠っている間に溜まった家事が気になって仕方がなかったらしく、今も地味に片付けに精を出している。キィラも指示されて洗濯物をたたんでいるし、バルドはスープを焦がさないように混ぜ続けているらしい。
「……兄さん、うちもコレやるわ。今度から、言いたいことあったら書いといて。気が向いたら読むよ」
良い案だ。文句なく採用だ。
「ファナ!? それでは兄妹の大事な会話がっ」
「書いてくれたら読む」
「だから、会話は!?」
「……」
「ファナ!?」
泣きそうなラクトを、ファナはもう気にしていない。因みにラクトは山と積まれた本を静かに読んでいた。
《主……どこまで面倒くさがりなのだ……》
《うわ〜、すげえな嬢ちゃん……》
神獣も複雑な表情を見せる。
「うんうん。あった、あった、こういうの」
ファナはファナで納得というか、懐かしく思っていた。
師である魔女に、ファナはよく書かされていたのだ。
「確か、読むことは出来るようになっても、書くのは難しいから、それを補うためにも書けって言われたんだよね〜」
そんな呟きを、奏楽詩人の男は聞いていた。
「知っているのか? あちらの大陸の話だったはずだ」
「それ、小さな村の話?」
「あ、ああ……勇者の生まれた村だ。学者が多く育ったと。そして、ある日忽然と消えたらしい」
さすがに彼は色んな話を知っている。語り部達とも交流があったのだろう。
「ふ〜ん」
思い出した前世。生まれ育った村で、反省文の文化を根付かせたのは父だった。だが、恐らくこれは母であった魔女がはじめたことのように思う。
今世で魔女に反省文を書くように言われた時に、他の世界での文化だと言っていたはずだ。
「その村はもうないってこと?」
「聞いた話では……一度、帰ってきた勇者が逃したと。それで散り散りになったというのがあった」
「散り散りになっただけ?」
そんな半端なことをするだろうか。かつて共にいた村人達は、父と一緒にとても大事にしてくれた。小さな村だからというのもある。生まれた子どもは村人全員の子どもだった。
「……一つだけ……復讐をすると」
「やっぱり……」
「先導者が居たと……」
そこで、男は何かを考え込むように一度口を閉じて顎を撫でる。視線が定まらないのは、真剣に思考している証。だから、ファナは待った。そこに、知らなくてはならないものがあると感じたから。
やがて、ゆっくりと彼は口を開いた。
「……教会には裏の部隊が存在する……知っているか?」
「あの子達とは違うの?」
少女にされた五人。彼女達は今シィルに教えられたらしい刺繍を真剣に、真面目に取り組んでいた。花嫁修行らしい。女になったことはもう諦めたようだ。
「違う……教会の上層部でさえ、簡単に使うことを許さない……特殊な情報部隊だと」
「……特徴は……」
ファナには予想が立っていた。
「白……白いリボンをどこかに着けているらしい」
「っ、やっぱり……マスター……」
手を握る。そこに、かつて固結びの白いリボンを握った。その感覚が蘇る。
『永遠にここで待っている』
その想いを、あの人は忘れなかったようだ。
「……会わなきゃ……」
会わなくてはいけない気がした。
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