260 大陸の小さな神獣
2020. 4. 27
ファナは屈みこんで小さなイリタを見つめる。
「師匠の図鑑だとイリタはイタチ……うん。名前似てるね。初めて見たー」
《ん? なんだよ嬢ちゃん。イリタ初めて見んのか?》
「うん。なんか、あっちの大陸では、十年くらい前に乱獲があったらしくてね。『イリタの肉を食べると寿命が伸びる』っていうバカげた迷信が流行ったんだってさ」
時折、そういう流行が来る。それに魔女が悪態をついていたので覚えていた。
《マジかよ……ってか食われたんか……》
「あんま美味しくないんだってね。けど、薬的な感じで、不味いからって変な信憑性が出たらしいよ」
《あ〜、それたまにあるよな〜。しょうもない根拠》
「でしょー。薬が不味い方が効くとかも違うし」
《子どもへの言い訳みたいなもんも入ってんだろ? 大人が信じちゃいかんよな〜》
「それそれっ。師匠も笑ってた」
ケラケラとイリタと一緒に笑う。
「……」
「……」
《……主よ……》
「何?」
呼ばれたので目を向けるファナ。シルヴァの声に呆れが入っているということには気付かない。
だが、見ると青年とシィル達の父親はポカンと口を開けているし、泣いていた少女達も涙を止めて目を見開いていた。
「どうしたの?」
まるで信じられないものを見るようなそんな目がこちらに向いている。だが、こういう時、それがなぜかが分からない。それがファナだ。自分は驚かれるようなことなどしていないと思い込んでいる。
《ありゃあ、俺と普通に喋ってる嬢ちゃんにびっくりしてんだよ》
「なんで? 別に神獣とは普通に喋るの当たり前じゃん」
《それ普通じゃねえからな? ってか、一目で俺が神獣だって分かんの、嬢ちゃんと魔王の兄ちゃんくらいだぜ》
魔王の兄ちゃんというのは誰かと一瞬考える。思い浮かぶのは兄のラクトしかいない。そして気付いた。そこには繋がっている力。
「あ、兄さんと契約してるんだ?」
《分かんの? 嬢ちゃん……案外すげぇのな》
「一応、これでも魔女だもん♪」
《魔女……あっ! 渡りのっ。あの魔女の娘じゃん!》
「ん? いや、弟子だけど」
《あん? いや、娘だから弟子なんだろ?》
「ん?」
意味が分からんと首を傾げてアピールする。これにイリタは一度動きを止め、姿を変えた。
「おおっ。きゅ、九尾だっ! ねえっ、九尾でしょっ。狐のっ」
《あ、分かる? 分かってくれるヤツいなくて寂しかったんだよな〜》
もさもさとした太い尻尾が九本ある狐になったイリタ。もうイリタとは呼べない。魔女が妖怪だとか言っていたと記憶している。
「そっかぁ。でも師匠は狐なら先ず尻尾の数を数えろって言ってたんだよ。意味分かんなかったけどねっ。狐は一本でしょっ」
確認するまでもなく、狐は一本だ。九本って意味分からんと教えられた時は思ったものだ。
「この時のためだったんだねっ。さすが師匠っ」
《いや、話聞いてると俺限定じゃねえな……あれか。魔女の渡ってきた別の世界に居たんだな》
「そうかもっ。妖怪とか言ってたし」
《ようかい……?》
ちょっと『用かい?』的な発音になっている。きっと伝わらないだろう。ファナも理解するのに苦労したのだから。
「気にしないで。それより、何か用があって来たんじゃないの? 兄さんの所行く?」
『用かい』と聞いて思い出した。なぜここに現れたのかを聞かなくてはいけなかった。
《あ〜。まあ、兄ちゃんとこには行きたい。それより、アイツらに用があったんよ》
「ん? オンナノコになったあの子達?」
《そうそう。アイツらの仲間、今度見つけたら焼いてやろうと思ってたんだが……あんな成りのは焼けんなあ》
焼かれると聞いて、少女達は身を寄せ合って震える。今の姿ならいいが、元の姿を思い出せと言いたい。そんな可愛らしい態度、元の姿でやれるかと。
「アイツら何したの?」
《俺の住処を燃やしやがったんだよっ》
「あ〜……狐だもんね。巣穴に帰ったところを燃やすとかやるね」
《けっ、ただの狐と侮りやがってっ。九尾の恐ろしさ教えてやんぜっ》
「で、焼くの?」
カタカタと震える少女達。とっても可愛い。けど、元は男。それもきっといい年した男。ちょっとイラっとした。
「なんだろ……元の姿に置き換えて見えちゃうっていうか……アザとさがイラッとする」
《主よ……アレを少女にしたのは主だろうに……》
「うん。それでも何か……なんでかな」
《主にはああいう可愛らしさがないからな……》
「……別に可愛らしさは欲しくないけど……」
憧れているのだろうか。まさかと思う。
「自分にない可愛らしさ……それを欲しいと思ってる? だからイラつくの? ないものねだりってやつ?」
《嬢ちゃん……自分分析出来んの凄いな……そういうとこ、魔女だわ》
「え? ありがと」
やっぱり可愛らしさとか要らないやと、あっさり気持ちの整理がついた。
「で? どうすんの? 焼く?」
《それな……う〜ん……よしっ。嬢ちゃん、この大陸にいる教会の奴、全部アレで良い。そんで島流ししようぜ》
嬉しそうに、名案を思いついたと尻尾を揺らす九尾。
「島流し……ああ。語り部の島にってことねっ。距離的には半分だけど、あの時の慣習を実体験できていいんじゃない?」
ファナは、自分が前世でこの大陸へ小さな小舟で流されたことを思って頷く。彼らはあの時、絶対にこの大陸までは流れつかないと分かっていたはずだ。嫌がらせにはいいだろう。
《お? 嬢ちゃん、前世覚えてんの? ん? そっちの白銀と契約したの今の生でだよな?》
「そうだけど? なんで?」
《いや。俺らと契約してた奴は、次の生でもかなりの確率で前世を覚えてんだよ。契約は魂で繋がるもんだからな》
「ってことは……兄さんが覚えてるのって……そういうこと?」
《そういうことだ》
「なるほど」
納得した。神獣は寿命を迎えてもまた同じ魂で再生する。その影響が契約者にも出るようだ。
《でも嬢ちゃんは違うだろ?》
「うん。シルヴァと契約したのは今生でだよ。それに、思い出したのは、ほんのちょっと前だし」
《へえ……けど、まあ、嬢ちゃんが魔女の娘ってことを考えるとな……アリなんかもしれん》
「……それ……やっぱり師弟だから娘って言ってるんじゃないの?」
今気づいた。九尾の言い方だと、本当の親娘という意味で言っている。
《ん? だから、嬢ちゃんは魂から魔女に作られた娘だろ? 魔女ってのは、時の枠から外れる。だから、基本子どもを作ることができんらしい。で、どうしても欲しい場合は、魂から自分の体の中で作るんだよ》
「……へ?」
ファナの思考は停止した。
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