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026 密かに観察中です

2016. 9. 25

「さぁ、ファナ。帰ろう」

「気が向いたらね」

「……ファナ、帰っ……」

「そのうちね」

「……ファナ……」


ファナとバルド、それに、子猫の姿になったシルヴァとそこに背負われているドランは、ハイテンションで家に帰ろうと言うラクトを気にせず、町の散策に出ていた。


ファナはオズライルに、魔女の提案通り後見人になってもらうよう手続きを済ませると、今後の予定もあるので、要り用な物を探す意味でも、町を見ておきたいとバルドに頼んだのだ。


そうして出てきたは良いのだが、ラクトはしつこくつきまとっていた。


《飽きぬな》

「ラクト。諦めろ。家に帰るなんて予定は、今のファナの頭には欠片もない」

「なんだとっ! そんな事がなぜ分かる!!」

「さっきから目も向けてもらえていないぞ」

「くっ、う、うるさいっ」


泣きそうだ。ファナの視線は向けられないが、ラクトは確実に多くの者の視線を釘付けにしていた。


きっと、周りにはその見た目のお陰で言っている言葉の意味どころか、声さえ聞こえていないだろう。


《見た目は良いのに、残念な男だな》

「本当……見た目は良いのにな……」


神秘的なオッドアイの切れ長な瞳と、自然にまとまった金糸の混じる薄茶色の髪。均整の取れた体と、優雅に見える所作。


多くの女性達がため息をつくのも仕方がない。


「ファナも美少女だしな」

《うむ。こうして見ると、兄妹に見えるな。顔立ちが似ている》


兄を適当にあしらう妹と、今にも泣きそうになりながら必死で妹に構ってもらおうとする間抜けな兄。その実態を知るバルドとシルヴァにはそう見えているが、どうも周りには、クールな兄妹が町を散策しているように見えているらしい。


「ファナ、一緒に帰ってくれないと、私の心が寂しくて死んでしまうよ」

「メンタル面が弱い人って、私、苦手だな〜」

「し、心配ない! 次の日にはしっかりと回復するよっ。だから一緒に帰ろうっ!」

「こっちの都合も考えない人って、疲れるね」

「っ、行きたい所があったら言ってくれ。どこへだって案内してみせようっ」

「喉が渇いたかも」

「任せなさい!!」


すかさずどこかへと飛んでいくラクト。そんな様子を見て、バルドとシルヴァは呆れていた。


《我の目がおかしいのか? 兄妹というより、話に聞いた事のある、必死で妻を引き留める夫のように感じるのだが?》

「大丈夫だ。俺もそうとしか見えねぇから……」


のらりくらりと交わす妻と、必死に追いすがる夫。そんな間抜けな状況にしか見えないのは、気の所為ではないかもしれない。


すぐに消えていたラクトが飲み物を片手に戻ってきた。


「ファナ、ほら。この町のジュースもおいしいが、クルトーバには、もっとおいしい紅茶があるんだよ?」


クルトーバとは、ハークス侯爵領の首領都の名だ。ラクトはファナに戻ってきてもらおうと、故郷をアピールしているらしい。


しかし、ファナにはいまいち伝わらない。


「その紅茶に合うケーキがあるといいよね」

「っっっ、そ、そうだなっ、今すぐ開発するように手配してくるっ!!」


待っててくれよと言い置いて、ラクトは再び消えていった。


「ファナ……本当に戻る気はないのか?」


バルドは、気になっていた事を尋ねてみた。別にラクトの味方をしようと考えているわけではない。純粋に、帰る家があるのなら、そこに帰る方が幸せではないかと思ったようだ。


ファナはまだ十二の少女なのだ。それも貴族の令嬢。ラクトの妹ということは、ハークス侯爵家の侯爵令嬢だ。本来ならば、何不自由ない生活が約束されている。


どれだけ侯爵夫妻が嫌な人達でも、政治的な手腕がある。侯爵は国にとって必要な人物で、夫人もツテは多い。癖があってもこの大国を支えるには重要な人達なのだ。


「う〜ん。道すがら寄ってもいいかなとは思うんだけどね。帰るって言われると違うかな」

「そうか……まぁ、家が無くなる事はないからな。いつでも行けるか」

《うむ。そうそう、魔女殿のように家を消す者はいないはずだ》

「そ、そうだな……」


バルドとしては、親がいるのならどれだけ最低な親であっても会うべきなのではないかと思っていた。貴族の令嬢なら尚更、まだまだ親の庇護を受けている年齢だろう。


しかし、ファナを改めて見て気付く。ファナは自由だ。侯爵家なんて小さな器には収まらない。それは、ファナも自覚があった。


「今更、窮屈そうな所に戻りたくないよ」

《主は枠に収まらない方が主らしい》

「……そうか。確かにそうだな。ドレス着て人形のように座らされてるファナなんて想像できないぜ」

「そう? ダンスぐらい踊れるよ?」

「本当か?」


頬を膨らませるファナに、バルドは笑う。


「ちゃんと本で勉強したもの。それに、あの人がちっさい時に教えてくれたしね」

「ラクトが? それはまた……何考えてたんだろうなぁ。だが、ただの真似事だろう?」


貴族の令嬢としては、いずれは会得しなくてはならない技術だろう。しかし、ラクトがという事は、ファナが六才よりも前だ。遊び程度だったのではないかと思ったようだ。


「違うって。ちゃんとステップの練習とかしたよ。教科書通りで体に染み付いてたもの。実際のと確認済みだよ?」


密かにラクトはファナへ英才教育を施していたらしい。文字や計算なども幼い頃に教わっていた。だからこそ、魔女の所でも、それほど不便を感じなかったのだ。


そんな話をしていた時だ。ラクトが不意に姿を現した。


「当然だろう。ファナに手取り足取り教えて良いのは私だけだ。教師役などという、その辺の男になど触れさせてなるものかっ」


どこかからか戻ってきたラクトはそう言い、胸を張る。これに、ファナは絶句し、バルドは表情を引きつらせた。


「ラクト……お前……心が狭いのな……」


予想してはいたが、ここまでくると誰もが異常だと判断するだろう。しかし、あえてそこからは目を逸らした。


「ところで、どこに行って来たんだ?」

「ファナの為に紅茶に合うケーキの開発を指示してきた。楽しみにしていてくれ、ファナ」


満足気に言うラクトに、ファナは頭の整理をつけ始める。


「……行って帰ってきたんだ……ふ〜ん……空間と時間ね……」


ラクトが空間転移できる事は、認めなくてはならないなと、ファナは冷静にラクトを分析していたのだった。


読んでくださりありがとうございます◎



ファナちゃんのあしらい方に季が入っているように見えるのは、気のせいではないかもしれません。

我が道をいくタイプなので、影響は受けません。



では次回、また明日です。

よろしくお願いします◎


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